第四話 教会
あらゆる魔物や魔族を従え人類に仇なす存在、それが魔王である。
魔王は過去に幾度か誕生しており、その都度いくつもの都市が壊滅し大勢の人々が殺戮された。
……と言われている。
魔王は生まれながらに強大なカリスマをもち、魔物や魔族以外の種族にも多大な影響力をもつ。
恐ろしい見た目に違わず凶悪な魔法を操り、物理攻撃の威力も尋常ではない。性格は極めて残忍であり、情け容赦なく人々を手にかける、
……と言われている。
「ってことらしいよ、ラミ」
ヴァンは読み終わった分厚い本をパタンと閉じると、ベッドの上でゴロゴロしているラミリアに目を向ける。
「へー。そりゃ大変なこって」
ここは王城にあるラミリアの自室。国王や王妃、お付きの侍女、そしてヴァンくらいしかここには入れない。
ソファに腰掛けているヴァンは、読み終わった本をローテーブルに置くとティーカップに手を伸ばし冷めた紅茶に口をつけた。
扇情的なネグリジェ姿でゴロゴロしてたラミリアは、突如ガバッと身を起こしてベッドから降り、ヴァンの向かいにどかっと座り本を手に取る。
「……ねえラミ。一応僕も男なんだけど」
ネグリジェ姿を堂々と晒すラミリアに苦言を述べるヴァン。生地も薄いため目のやり場に困ってしまう。
「ああ? 今さら何言ってんだ。ガキのころは一緒に風呂も入ってたじゃねぇか」
「いや、それ転生前のことだし。しかも子どものころの話だし」
「ははーん。さてはヴァン、あたいの魅力的すぎるナイスばでーにムラムラしてんな?」
ニヒヒと意地悪な笑い方をしたラミリアは、クネクネとモデルのようなポーズをとり始める。
「いや、それはない」
きっぱりと切り捨てるヴァン。と言いつつ、ラミリアには並々ならぬ感情を抱いているのは事実だ。
ただ、彼自身これが恋愛感情なのか、それとも家族のように近い相手に対する感情なのかよく分かっていない。
「それよりさ、ラミ。もし魔王が本格的に活動し始めたらマズいんじゃない?」
ソファに背中を預けたヴァンは、天井を見つめながら胸の上で手を組んだ。
「はっ! そもそもここに書かれてること自体が眉ツバもんだがな。何せあいつらが書いた本だ」
ラミリアはペラペラとめくっていた本を閉じると、ヴァンのほうを向いたまま背後のベッドへ本を投げ捨てた。
「ああ……教会ね」
この世界では教会の発言力が非常に強い。この国においても、教会関係者は王族や貴族に匹敵する権力をもっている。
「魔王は怖い存在なんですー、人類の敵なんですー、退治しなきゃですー、って言ってんのあいつらだからな。そもそも、てめぇら自身も魔王なんて見たことねぇだろうよ」
魔王は数百年に一度の周期で誕生するらしい。つまり、今の教会関係者のなかにも実際に魔王を見た者、脅威を感じた者はいないのだ。
「まあ、あの宗教の教義では魔物や魔族は人間の敵。魔王ともなれば不倶戴天の敵だから倒すべし、となるのは仕方がないことなのかもね」
ヴァンはソファから立ち上がり窓のそばに近づく。王城から目と鼻の先にある白く巨大な建物。あれこそ今話題にのぼっている教会だ。
と、そのとき──
コンコンとドアをノックする音が室内に響いた。
「入っていいぞー」
ソファに片膝を立てて座ったまま、ラミリアが入室を許可する。
入ってきたのは黒い髪を肩まで伸ばした、可愛らしい顔立ちの女の子。ラミリア専属の侍女、バレッタである。
「んもう、姫様。またそんな格好をして。ヴァン様もいるんですからせめてネグリジェ姿はやめましょうよ」
ラミリアと同い年のバレッタは、両手を腰にあてて頬を膨らます。
「いやー、だって楽だしさ。それにしても、バレッタは今日もかわいいね」
ニヤニヤしながらバレッタのつま先から頭の上まで舐め回すように視線を巡らせる。
「もうー! からかわないでください!」
頬を赤く染めて両手をバタバタとさせるバレッタ。幼少期からラミリアのお付きになった彼女とラミリアは、主従というよりは友達のような距離感の関係性である。
「んで、バレッタ。何かあったの?」
「あ、そうでした! 姫様、大司教様がお見えになっていますよ」
うあ。マジ最悪。
まーたあのハゲの相手しなきゃなんねーのか。
「お腹痛くて眠ってるから会えないってのは無理かな?」
「もう三回くらい同じ言い訳してますからね」
「実は父が危篤で、ってのは?」
「いや、それ国中が大騒ぎになりますよ」
そりゃそうか。
「はあ、仕方ねーな」
ラミリアは頭をかきながらため息をつく。
「とりあえず応接室に通しておいて。用意ができたら行くわ」
かしこまりました、と告げるとバレッタは部屋を出て行った。
「あーー! マジめんどくせぇな……」
「まあ仕方ないよね。一応聖女様、なんだしさ」
ヴァンは口元を押さえて笑いを堪えている。
「こらヴァン。笑ってんじゃねーぞこの野郎」
「いやー、未だにラミが聖女様ってのがね。今さらながら思うけど、何で剣聖じゃなかったんだろうね」
まあ、剣聖の称号持ちよりラミのほうが強いのははっきりしてるけど。
「あたいが知るかよ」
若干不機嫌な口ぶりで答えたラミリアは、着替えるためおもむろにネグリジェを脱ぎ始めた。
「ちょおおおお!」
ヴァンは慌ててラミリアに背を向ける。
「あ? 何今さら照れてやがんだ」
まったく動じず着替えを続けるラミリア。
背後から聞こえる衣擦れの音に心臓の鼓動が速くなる。いや、マジで勘弁してほしい。
そんなヴァンの様子を気にすることなく着替えを終えたラミリアは、ベッド脇に立てかけてあった愛剣を手に取った。
「よっしゃ。行こうか」
ギラリとした光を瞳に携えたラミリアは、そう呟くとヴァンを伴い大司教が待つ応接室へと向かった。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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