第三十七話 魔王のお仕事
「さあ、やりますかね」
側近のジンを伴い執務室にやってきたルナマリアは、クロッシェを脱ぐと机に向かった。机の上は大量の本と資料で埋め尽くされている。
頻繁にラミリアのもとへ遊びに出かけているルナマリアだが、魔王としての仕事はきちんとこなしていた。もともとこの部屋もただの物置だったのだが、ルナマリアが仕事用にと整備させたのだ。
「あ、そうだ。ジン、あの人たちに使いは出してる?」
「はい、陛下。使い魔を飛ばしていますので、一、二時間以内には登城するかと」
魔王の仕事は主に魔族の管理である。どこでどのような魔族が暮らしており、どの程度の勢力なのか、周囲の種族と問題を起こしていないかなどを管理する。
また、魔族からの要望や相談ごとなどをヒアリングし、対処するのも魔王の仕事だ。机の上に積み重ねられている大量の書類は、主に魔族や人間以外の種族から寄せられた要望や相談をまとめたものである。
そしてもう一つ。種族間のトラブルを仲裁、解決するのも魔王の役割だ。実はこれが相当面倒くさい。先日ラミリアに伝えた、解決しなくてはいけないゴタゴタというのもまさにこれである。
ルナマリアは書類の束を手に取ると、一枚一枚記載されている内容に視線を這わせていく。
「ふむふむ。人間の村ができてうるさいから排除してほしい……却下」
目を通した書類にサインしてジンに渡し、処理済と書かれた木の箱へ次々と入れていく。
「えーと、これはリザードマンからか……なになに? 最近湖の水が汚れている? うーん、一応調査したほうがいいか」
書類を受け取ったジンが素早い動きで、今度は要検討と書かれた箱へ収納する。
「次は……ダークエルフね。吸血鬼の娘を名乗る子どもに魔法でボコられ立ち直れません……? いや、知らんがな」
その場でくしゃくしゃと丸め手のひらの上で燃やす。
――約一時間かけてほとんどの書類を片づけた。なお、先代や先々代の魔王もこのような仕事をしていたわけではない。ルナマリアがまじめすぎるだけなのだ。
「あー、疲れた。ジン、そろそろ来るころだよね?」
「は。仰る通りかと」
と、まさにドンピシャのタイミングで使い魔から来客の知らせが入る。ルナマリアはジンを伴い再び謁見の間へと向かった。
謁見の間ではすでに来客が跪いた状態で待っていた。一人は髭面のずんぐりむっくりした男、もう一人は美しい女性。男はドワーフ、女性はエルフである。
「お待たせ。楽にしていいよ」
そう伝えると、ドワーフの男は即座にあぐらをかきエルフの美女は正座した。ちなみに先ほどからずっと横目で睨み合っている。うん、面倒くさい。
「えーと、話は以前と同じだよね?」
若干うんざりした表情を浮かべたルナマリアが口を開く。
「そうです! もう我慢できません! 魔王陛下、こいつらを根絶やしにする許可をください!」
「はぁ!? 我慢できないのはこっちなんですけど! 魔王様、我々エルフはいつでもこのむさ苦しい奴らと戦争する準備ができていますの! お願いですから許可をください!」
「はい、却下」
「「なぜですか!?」」
いや、戦争の許可なんて出すわけないでしょ。はぁ……。
エルフとドワーフ、この二種族はとにかく仲が悪い。いわゆる犬猿の仲というやつだ。おそらくお互いのDNAに刷り込まれているんだと思う。
先代や先々代の魔王はまじめに仕事していなかったから、こういう案件もすべて放置していたらしい。その結果、血みどろの戦いに発展することも多かったようだ。
でも、ルナマリアさんはそんなこと許しませんよー。仲良くしろとは言わないけど、何とか妥協点を見つけられないものかね。
「えーと……お互いが暮らしている地域の中間にある森の扱いで揉めまくってるんだっけ?」
「そうです! 俺たちゃ鍛冶のために木を切らなきゃならねぇ! なのに、その都度こいつらが矢をいかけてきやがる!」
「あったり前でしょうが! あんたらは年若い木でも平気で切るじゃない! 私たちは森と木々と精霊たちを守るためにやってんのよ!」
はぁ……何も成長していない……って思わず安〇先生みたいなこと言いそうになっちゃったよ。
「あのね、私前にも言わなかったっけ? ドワーフが木を伐採したいときはエルフに一声かける。で、エルフは伐採してもいい木がどれかを教えてあげる。これで解決じゃない?」
「どうして俺たちがエルフなんぞに頭を下げなきゃいけないんですか!?」
「私たちだってこんなずんぐりむっくりどもに教えてあげるなんて絶対嫌ですよ!」
「んだとおっ!?」
「なによっ!!」
あああああああ。ほんっとうざい。どうして建設的に話ができないのよ。あんたら人間よりずっと長く生きているんだよね? なのにどうしてこんなにおバカさんなの?
「はぁ……あのさぁ、あなたたち本当に問題を解決したいんだよね? だったら、お互いの妥協点を見つけなきゃでしょ? てゆーかそうするべきなのよ」
少し眉間にシワを寄せて不機嫌そうに言葉を発するルナマリア。さすがにドワーフとエルフも勢いを落とした。
協力しろや、って魔王として命令してもいいんだけど、正直私はそういうことはなるべくしたくない。恐怖や力で押さえつけられるのは誰だって嫌だもん。転生前の私がそうだったしね。
まあ、どうしても仕方ないときは力づくになっちゃうけど、できることならなるべく話し合いで解決したい。せっかくコミュニケーションをとれる言葉があるんだもん。
「ドワーフとエルフで戦争してどうなるのよ。お互いが傷つきあって消耗するだけだよ? こんなバカバカしいことないと思うんだけど。それで死んじゃったらどうするの? 好きな鍛冶もできなくなるし木々を愛でることもできなくなるんだよ?」
真剣な表情で訴えるルナマリアに、ドワーフとエルフが顔を伏せる。多少は堪えたようだ。
「とりあえずさ、こっちでも何か案を考えておくから。あなたたちもできるだけ歩み寄ってほしいかな」
ドワーフの男とエルフの女は、がっくりと項垂れつつも、小さな声で「はい」と返事した。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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