第三十六話 謁見
イングリド王国から遥か北に位置する不毛の大地。人間が足を踏み入れることはない魔族が支配するエリアである。
荘厳かつ巨大な城の門前に立つと自動的に門が開いた。整備された石畳の上をテクテクと歩くルナマリア。彼女の姿を目にした下級魔族が次々と跪く。
「おかえりなさいませ、陛下」
「うん、ただいま。何か変わったことは?」
音もなく背後に現れたのは側近の魔族ジン。ルナマリアの護衛でもあるジンだが、最近はどこへも連れていってもらえずやや不満顔だ。
「これといって変わったことはありません……が」
口にするのをやや躊躇うジンに向き直ったルナマリアは、その目をじっとのぞき込む。
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「は……レイド卿が陛下に謁見したいと何度も申し入れをしております」
レイド卿は先代魔王の親族である。先代魔王はかつて人間を含むすべての種族を支配下に置こうと画策したことがあった。が、それは魔王自身の考えではなく、レイド卿が絵を描いたと言われている。
「はあ……あのお爺ちゃん苦手なんだよね。どうせまた人間に戦争をー---って話でしょ?」
「おそらくそうかと。あの方は昔から魔族至上主義ですから」
「めんどくさいなー。でも無視するわけにもいかないか」
レイド卿はルナマリアよりも遥かに長い時を生きている。先代魔王の親族でもあるため魔族への影響力も大きい。機嫌を損ねると何をしでかすか分からない老害だ。
「じゃあ、三時間後くらいに謁見してもいいよって伝えといて」
は、と短く返事をするとジンはその場から姿を消した。ルナマリアは城のなかへは入らず、敷地内の片隅にある小さく古ぼけた建物の前に立った。
「ただいまー」
慣れた様子でドアを開けて建物のなかへ入るルナマリア。
「おかえり、ルナ。最近忙しいみたいだけど大丈夫かい?」
「うん、元気だよー。パパも元気?」
温和な表情を浮かべる初老の男性。ルナマリアはパパと呼んでいるが、本当の父親ではない。そもそも、ルナマリアは生まれたとき一人だった。父親も母親もいないのだ。
もちろんパパ活でもない。幼いルナマリアが生活できるよう、さまざまなサポートをしてくれた魔族だ。
「ああ、私のことは何も心配いらないよ」
ルナマリアと言葉を交わす初老の魔族クライス。温和そうな顔には優し気な表情が浮かんでいる。
「パパも王城のなかで暮らせばいいのに」
「それはできないよ。私はただの魔族でルナマリアは魔王なのだから。そんなことしたら、私もルナマリアもほかの魔族から何を言われるか分からないよ?」
「むー……そんなことどうでもいいのに」
頬を膨らませるルナマリアの頭に優しく手を置く初老の魔族。大きな手で頭をぽんぽんされることがルナマリアは大好きだった。
「ルナマリアは相変わらず優しいね。それはそうと、もう仕事は終わったのかい?」
「んー、あとで謁見が入ってるけどまだ時間あるから。少しお茶してから行くとするよ」
はいはい、と微笑んだクライスはキッチンへ向かい、ルナマリアが好きなお茶を淹れる準備を始めた。
――三時間後。静謐な魔王城謁見の間へ姿を現したのは、魔族に多大な影響力をもつレイド卿。背後には二名の側近を従えている。
レイド卿と側近の二名が玉座から少し離れた場所で跪く。
「普通にしていいよ」
「は……魔王陛下におかれましては――」
「いや、そういうのもいいよ」
軽い感じで手をひらひらと振るルナマリア。レイド卿の顔がわずかに歪んだ。
「それで、いったい何の用?」
「……以前からお願いしている通りです。人間どもへ戦争を仕掛ける許可をいただきたい」
「却下」
「なぜですか!」
「いや、何度も言ってるよね? そんなことして何になるのよ。人間いなくなったら美味しいお菓子も食べられなくなるじゃない」
やれやれ、と言わんばかりの表情を浮かべるルナマリア。レイド卿のこめかみには早くも太い血管が浮き出ている。
「人間を滅ぼすのは魔族の悲願ですぞ!」
「初耳なんだけど。それってレイド卿からしか聞いたことないんだけど」
「ぐ……!」
実際、そこまで人間に敵意や悪意を抱く魔族は多くない。むしろ、人間のおかげで生活が豊かになっている面があるため、うまく共存しようと考える魔族のほうが多いくらいなのだ。
「言っておくけど、勝手に軍を興して人間の国に攻め込むとか絶対禁止だから。そんなことしたらどうなるか分かるよね?」
ルナマリアの瞳がギラリと光る。漏れ始めた凶悪な魔力にレイド卿の側近二名は腰を抜かしそうになった。
「見損ないましたぞ陛下……あなたほどの力がありながら……」
刹那、目にも止まらぬ速さで飛来した雷の槍がレイド卿のそばに突き刺さった。
「黙れレイド卿。魔王陛下に対し無礼であるぞ」
ルナマリアのそばに控える側近のジンが怒気を込めた視線を向ける。雷の槍はジンの魔法だ。
「いいよ、ジン。レイド卿、先ほどの言葉は聞かなかったことにしてあげる。だからこの話はもうおしまい。いいわよね?」
ジンを手で制したルナマリアはレイド卿に目を向けたまま玉座から立ち上がる。謁見終了の合図だ。
「……分かりました。魔王陛下」
渋々口を開いたレイド卿だが、その声色からは明らかな不満が感じられた。踵を返して謁見の間から出ていくレイド卿の顔に浮かぶ苦々しい表情。
「はあ。これで諦めてくれたらいいんだけどね」
謁見の間から去るレイド卿の背中を見送るルナマリアはそっとため息をつく。このときはまだ、レイド卿があのような行動を起こすとはまったく考えていなかった。
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