第三十五話 戴冠式までには
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします☆
「……何? それはまことか?」
静謐な空間に教皇スーリアの声が響く。落ち着いた物言いではあるものの、わずかに苛立ちを含ませた声色に報告へ訪れた密偵の心臓が激しく波打つ。
「は。ラミリア王女の周辺を警護、および監視していた密偵の一人が殺害されました」
「……もう少し詳しく聞かせろ」
眉間にシワを寄せ目を細めたスーリアが静かに言い放つ。
「は。ラミリア王女とヴァン将軍に接近した身元不明の少年がいたため、「目」の一人が尾行したところ気づかれました。そのあと戦闘になり、あっさりと殺害された模様です」
スーリアが市井や王城内部に放っている密偵、「目」は基本的に単独で尾行や戦闘に及ぶことはほとんどない。一人が尾行する際には、その目をさらに別の目が尾行し事の顛末を上役や教皇へと報告する。
「殺害された八番目を尾行したのは十一番目です。彼の話によれば、その少年は手練れの密偵をものともせず瞬時に腕を切断、何やら一言二言交わしたうえで首を刎ねたとのこと」
スーリアの表情は変わらない。が、貴重な目を一人失ったこと、得体の知れない者がラミリアに近づいたことに内心苛立っていた。
「十一番目は我らのなかでも相当な手練れ。それにもかかわらず、少年との戦闘は避けるべきと判断した模様。尾行も気づかれるおそれがあったため断念しています」
思わず舌打ちをしそうになるスーリアだったが、何とかそれを呑みこむ。
「……分かった。報告ご苦労。下がってよい」
密偵が下がったのを確認したスーリアは、専用の一人用ソファへ深く腰かけ天井を見上げた。何やらきな臭い。おそらくその少年がラミに近づいたのは偶然ではないだろう。
手練れの目を瞬殺できる少年。いったいどこの誰だ? どのような目的があってラミに近づいた?
考えがまとまらない。一言二言交わしたのちに首を刎ねた、ということはおそらく何かしら情報を聞き出したのだろう。ラミに関することか、それとも尾行を命じた者の名か。
目がそう簡単に口を割るとは思えないが、命の危機に陥っている場面であればそうとも限らない。
スーリアは深くため息を吐くと目を閉じた。少年の目的が分からないものの、やるべきことは変わらない。私とラミの邪魔をするのならそれはすべて敵だ。今後、目の前に立ちふさがることがあればそのときは……。
目を開いたスーリアは天井に向けて手を伸ばす。その瞳には意志の強さを窺わせる鋭い光が宿っていた。
――イングリド王城。ラミリアの自室でテーブルを挟み向き合う二人の少女。部屋の主である王女ラミリアと魔王ルナマリアである。
ニマニマと笑みを浮かべるルナマリアに対し、ラミリアは先ほどから「ぐぬぬ」と呻きながら顔を歪めている。
「まだかなー? まーだーかーなー?」
「くっ……! これでどうだ!」
「お! いいね。でも、それだとこうなっちゃうよ?」
テーブルの上に置かれた碁盤目のボード。円形に加工された木の板をルナマリアがパチンとボードの升目に置くと、盤上の白く丸い板が次々とひっくり返されほぼ黒一色になった。
「あー-! ちっくしょう……!」
「ふふーん。また私の勝ちだね」
悔しがるラミリアに得意げな表情を浮かべるルナマリア。二人が楽しんでいるのは、いわゆるリバーシである。もともとヴァンが暇つぶしに作ったものだ。
ヴァンとはいい勝負を繰り広げてきたため、ルナマリアにも勝てるだろうと挑んだものの、結果は五戦五敗、惨敗である。
「く、悔しい……!」
「私もともとこういうゲーム得意だったんだよ。ちなみに将棋でも囲碁でも負けたことないし」
「こ、こうなったらもう一戦だ!」
往生際が悪いラミリアにヴァンが呆れた視線を向ける。勝負事には人一倍こだわることを知っているだけに、延々と付き合わされるルナマリアが不憫に思えてくる。
「あ、ごめん。今日はそろそろ帰らなきゃ」
「そうなのか? 何かあんの?」
「ん-。ちょっと魔族のあいだでもいろいろゴタゴタが発生していてね。ちょっとのあいだ遊びに来れないかも」
「マジか。てことはしばらくリベンジもできねぇのか……はぁ……」
目に見えて落胆するラミリアに、ルナマリアは笑いかける。
「でもまあ、解決にはそれほどかからないと思うし。またすぐ遊びに来るよ」
そう口にしたルナマリアはソファからぴょんと立ち上がり、トテトテと扉のほうへ歩いていくとラミリアに振り返った。
「ラミの戴冠式までには片づけておくから。ラミの戴冠式、本当に楽しみだなー」
小悪魔的な笑顔を振りまいたルナマリアは、「じゃあね」と手を振り部屋から立ち去った。
「ルナマリアもいろいろ大変なんだなー」
「そりゃまあ、魔王陛下だからね」
先ほどまでルナマリアが座っていた場所へヴァンが腰かける。
「てゆーか、そろそろラミも忙しくなるはずだけど?」
ジトっとした視線を送られたラミリアの顔が苦々しく歪む。
「まあそうなんだけどよ……はぁ、マジめんどくせー……」
降って湧いたようなラミリアの王位継承。そのようなつもりがまったくなかったラミリアにとって、自身の王女就任はいまだに現実味がない。
「式典に着るドレスだの段取りだの、もうほんっとうに面倒だわ……」
ラミリアにとって唯一の息抜きが、ヴァンやルナマリアとすごす時間である。そのルナマリアがしばらく遊びに来れないとのことで、ラミリアのテンションは露骨に下がった。
「まあまあ。ルナマリアも戴冠式までにはゴタゴタを片づけるって言ってるし。しっかりと準備してルナマリアにお披露目してあげようよ」
そうだな、と頷いたラミリアはソファにもたれかかり天井を仰いだ。
だが、ラミリアの戴冠式当日を迎えてもルナマリアがやってくることはなかった。
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