第三十四話 カイン
Happy Christmas⭐︎
レンガ造りのおしゃれな店構えのカフェに入ったラミリアにヴァン、ストーカーもといカイン。
ラミリアとヴァンが並んで着席し向かいにカインが座った。サラッとした黒髪にしゅっとした顔立ち。あっちの世界にいてもきっとモテるだろーなー、とラミリアは漠然とした感想を抱く。
「実は僕、以前からラミリアさんの情報を集めてたんです。肖像画もたくさん持ってますし、ラミリアさん関連の本も全冊そろえてるんです!」
前言撤回。やはりただのストーカーだ。
「ラミリアさんの活躍を耳にするたびにお会いしたいなって思ってました。でも、僕はこの国の人間ではないので……」
「ん? そうなん? もしかして帝国?」
「いえ、バラスト共和国です」
バラスト共和国の名前が出た瞬間、ややラミリアの表情が曇ったのをヴァンは見逃さなかった。
「へえ。でもバラスト共和国ならイングリドとも近いし、その気になればすぐ来れるよね。ラミはよく街中ふらふらしてるし、会いたきゃいつでも会って握手もしてもらえるよ?」
「いや、人を会いにいけるアイドルみたいに言うなし。これでも一応王女だっつーの」
軽口を吐くヴァンにジト目を向けると、脇腹に肘打ちを見舞う。
「ラミリアさん、いえ王女にヴァン将軍。とても仲がいいんですね。噂でも聞いています」
カインが少し羨ましそうな表情を浮かべた。
「んー、仲いいっつーか幼馴染だしな。まあ家族みたいなもんだ」
「家族……ですか」
ごくわずかに表情を曇らせたカインだが、すぐに笑顔を取り戻すと紅茶のカップに口をつけた。
「それより、あたいに憧れてるってことはカインも剣を使うのか?」
「あ、はい。でもなかなか上達しないし、才能ないのかなー、なんて」
はぁ、とため息をつき俯くカイン。
「そんなすぐ上達するわけないだろ。ひたすら稽古すんだよ。その繰り返しだ」
珍しくまともなことを口にするラミリアの横顔に、ヴァンはそっと視線を向けた。だが、ラミリアが口にしたことは正しい。
転生前の世界でもこっちでも、ラミリアはたゆまぬ努力を続けてきた。それはヴァン自身も同様である。
「そう、ですよね。ラミリア王女も剣聖と呼ばれるまでにたくさん努力を続けてきたんですよね」
「ああ。それだけは間違いねぇ。どんなに才能があってもそれを引き出し使いこなせなけりゃ意味はねぇしな」
「……ありがとうございます。ラミリア王女のおかげで少しやる気が戻ってきました」
にこりと微笑むカイン。やはりイケメンだと改めてラミリアは思った。
「じゃあ、気をつけて帰れよ?」
「はい。ラミリア王女にヴァン将軍、今日は本当にありがとうございました」
丁寧に二人へ頭を下げると、カインは踵を返してその場をあとにした。
「変わった奴だったな。まあ悪い奴じゃあないと思うけど」
「うん、そうだね。それに何となく……」
「……? 何となく?」
「いや、何でもないよ。さあ帰ろう」
──イングリド王都から少し離れた郊外の寂れた小さな歓楽街。夜でも人通りがまばらな歓楽街を昼間通る者はまずいない。その歓楽街の通りを一人歩くカイン。
「……出てきたらどうです? ずっと僕をつけていたのは分かってますよ?」
カインの呼びかけに応えるように、物陰から一人の男が姿を現した。ぱっと見はどこにでもいる市民の格好をしているが、纏う雰囲気が只者ではない。
「いったいどちら様ですか?」
「ん? 俺はただの通りすがりだ。君の気のせいじゃないか?」
子ども相手だから簡単にはぐらかせると思ったようだ。若干見下すような雰囲気も見てとれる。
「そうですか」
刹那、カインの姿が男の目の前から消えた。実際には消えたわけではなく、驚くべき速さで男との距離を詰めたのだ。気づいたら、男の首筋には剣が突きつけられていた。
「な……何を……!」
「それは僕の言葉です」
子ども相手と完全に油断していた男だったが、誤りだと気づかされた。冷たい光を帯びた少年の瞳。平気で人を殺せる目だと判断した男は、袖に隠してあった短刀を取り出そうとした。のだが──
「……あ? あ、あぎゃあああ!!?」
男が動こうとした刹那、カインが目にも止まらぬ速さで剣を振り男の腕が斬り落とされた。膝から崩れ落ちた男の口をカインが手で塞ぐ。
「……このままではあなたは死にます。僕への尾行が誰の命令なのか教えてくれたら治癒魔法で治してあげますよ」
耳元でそう囁かれた男は、目に涙を浮かべて何度も頷いた。
「わ、私は教皇の密偵だ……ラミリア王女に近づく者はすべて身元を調査するよう仰せつかっている……それだけだ……決して害をなそうとしたわけでは……」
「そうですか。情報提供感謝します」
そう口にすると、カインは男の首元に剣を一閃する。ごろりと転がる首。
「ふぅ。やはり教会と教皇は厄介だな」
エルミア教は世界各国に信徒を擁し多大な影響力ももっている。教会本部があるこの国では尚更だ。
カインは男の衣服をちぎると、剣に付着した血を丁寧に拭ってから鞘に収めた。
僕の素性がバレる心配はない。ラミリアたちにはバラスト共和国の者と伝えてある。たとえ教会がラミリアに聴取したとしても、今日の会話から素性を知られるおそれはない。
それにしても、危険を覚悟でやってきてよかった。十分すぎるほどの収穫だ。
カインはやや口角を上げると、歩いてきた通りを振り返る。その瞳には強い意志が宿っていた。
「君の好きにはさせないよ、優衣」
踵を返すと、再びカインは人通りのない道を歩み始めた。
「【書籍化&コミカライズ】森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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