第二十九話 青天の霹靂
国王や王妃、王子たちの葬儀は速やかに執り行われた。突然のことに国民たちも大いに動揺したものの、優秀な執政官たちが実務をしっかりとこなしてくれたおかげで、人々の暮らしには大きな変化は見られない。
葬儀が終わったあとすぐ、次期国王を決めるための大々的な会議が王城で開かれた。参加しているのは、王女であるラミリアをはじめ第一王子ルドの正妃アリシア、その息子ラルゴ、その他内政を担う高級文官に軍事担当の高級武官たちである。
「クソだりぃ……今すぐ部屋に戻りてぇ……」
ぼそりと呟いたラミリアに対し、隣に座るヴァンが肘打ちを喰らわして嗜める。
「絶対にダメだからね? ラミにも関係があることなんだから」
「分かってんよ……」
案の定、会議は最初から紛糾した。ルドの息子であるラルゴに王位を継がせるべきであると主張するラルゴ派に、軍事国家を樹立したい一派によるフランドル将軍派。二つの派閥が互いに主張を続け会議はどこまでも平行線のままであった。
それだけならまだしも、ここにきて聖女であり剣聖と名高いラミリアを女王にすべき、と主張する一派まで登場した。ラミリアの人柄を古くから知る文官、そして彼女の戦いぶりを見知る武官たちのなかには、ラミリア王女こそ王位にふさわしいと主張し始めたのだ。
ラミリアにとっては青天の霹靂である。いきなりそんな話を聞かされ、思わず思いきり咽こんでしまった。
いや、そんなの絶対無理だから、と言いだそうにも、先ほどから会議は紛糾しっぱなしでとても口を挟める余裕がない。
「あなた方、本気で言っているんですか!? 次期国王は第一王子ルドと私の息子であるラルゴにこそふさわしい。それは誰もが理解しているはずです!」
ヒステリックな金切声をあげているのは、ルドの正妃アリシア。どうあっても自分の息子を国王にしたいらしい。と言っても、ラルゴ自身はまだ三歳の子どもである。
そのため、後見人が必要だが、そうなると後見人がいいように国を操ってしまうおそれがある。
「ラルゴを国王にし私が後見人になる。これが最善です! それこそ亡くなられた陛下や王子も望んでいるはず!」
いや、死人に口なしとはよく言ったものだ。とラミリアは思わずため息を吐く。そんなラミリアの様子をアリシアは見逃さなかった。
「ラミリア王女、何か言いたいことがあるのかしら?」
「いえ義姉さん、別に。ただ、死んだ者はもう口を開かないしその思いを知るすべもない、って思っただけですよ」
忌々しそうな表情を浮かべたアリシアだが、すぐ嘘くさい笑顔を貼りつけた。
「まさかラミリア王女。あなたが王位に就くなどと言い出すのではないでしょうね? それこそ亡くなられた陛下はどう思うかしら」
「いや、だから死んだ者の気持ちや考えを知る方法なんてないでしょうよ。同じこと言わさないでください」
思わず舌打ちしそうになるのを堪え、軽くアリシアを睨みつける。
「私としてはこの国が今まで通り、今まで以上にいい方向へ向かうのなら誰が国王になってもいいと思っている。ただ、ラルゴはまだ三歳だ。後見人次第で国が傾く可能性もある」
ラミリアは毅然とした態度でアリシアへ言い放った。みるみる顔が赤く染まるアリシア。
「わ、私が後見人になるのが不満と言いたいの!? 言っておくけど、私は元公爵令嬢。政治についても幼いころから勉強を続けてきた! 戦うしか能がないあなたとは違うのよ!」
その言葉に、数人の武官が一斉に席を蹴る。ヴァンも立ち上がり剣の柄に手をかけていた。
「アリシア妃! 口のきき方にきをつけよ。あなたはしょせんルド王子の妃だが、ラミリア王女は陛下の実子であられる」
「その通り。そしてラミリア王女は幼いころから戦場に立ち、この国を守り続けてきた偉大なる剣聖でもある。侮辱的な発言は我々が絶対に許さん」
一斉に剣呑な空気を纏う武官たちの姿を目にし、アリシアもさすがに発言がまずいことに気づいたようだ。ぶつぶつと何か言いながらおとなしく席に着く。
一方、ラミリア自身は極めて冷静だった。一瞬イラッとはしたものの、自分が王位に就くことなどまったく考えていないうえに、アリシアが置かれている状況を考えると同情の余地があるからだ。
このまま平行線の会議がいつまで続くのか、とうんざりし始めたタイミングでドアがノックされる音が室内に響く。
「失礼いたします」
ドアを開けて入ってきたのは一人の使用人。何やら戸惑った表情を浮かべている。
「どうした? 今は重要な会議の真っ最中だぞ」
瘦せ型でキツネのような目つきをした文官が使用人を咎める。
「そ、それが……お客様がいらしておりまして……」
「客? いったい誰にだ? 何にせよ今はそれどころではない。出直してもらえ」
「ええと……それが、エルミア教の教皇猊下なんです」
使用人の言葉を聞き、その場にいた者全員の顔が強張った。エルミア教の教皇は国王に匹敵する権力を有するのみならず、世界中に多大な影響力をもっている。
会議に参加している者のなかにもエルミア教の信徒が少なくない。おいそれと追い返してよい相手では決してないのだ。
「き、教皇猊下がなぜここへ……?」
混乱する一同。ラミリアとヴァンも思わず顔を見合わせる。と、そこへ――
教皇服を纏ったスーリアが部屋へ入ってきた。背後には護衛と思わしき二人の聖騎士と枢機卿シャロンの姿が。凛とした空気を纏うスーリアの姿を見て、その場にいた全員が一斉に席を立ち頭を下げた。
「よい。楽にしてくれ」
齢十六歳の少女とは思えぬ威厳と存在感。参加者のなかには、初めて教皇の尊顔を目の当たりにし涙を流している者もいる。
「……次期国王を決めるための重要な会議であることは理解している。そのうえで、私にも席を用意してもらいたい」
スーリアは蒼い瞳を参加者たちに巡らせる。なぜ? などと言い出す勇気がある者は誰もいない。一人の文官が弾かれるように椅子を用意しスーリアへ勧めた。
参加者全員がゴクリと唾を飲み込むなか、スーリアは優雅に席へ着く。
「そ、それで教皇猊下。いったいここへは何用でいらしたのでしょうか?」
先ほど使用人に対応していたキツネ目の文官が恐る恐る尋ねる。
「ああ。次期国王の件について、私と教会の意思を告げにきた」
その言葉に、参加者全員の目が驚きに見開かれる。絶大な権力と影響力を有する教皇の言葉となれば、実質それが次期国王を決める決定打となるのは明らかだ。
「長々と話しこんで邪魔をする気はない。とりあえず我々の考えと意志を伝える」
その場にいる全員が息を吞みスーリアに注目する。
「エルミア教の教皇である私と教会は、ラミリア王女を次期国王に推薦したいと考えている」
「ぶー---っ!」
自分には関係ないと呑気にお茶をすすっていたラミリアだが、驚くべき言葉を耳にして思わず噴きだしてしまった。
驚いたのはラミリアだけではない。フランドル将軍派やラルゴ派の全員も、愕然とした表情を浮かべている。
「な、な、何を馬鹿なことを! この国では女性に王位継承権はありません! ラルゴこそ次期国王に――」
「黙れ無礼者! いったい誰に口を聞いている!」
アリシアの言葉を遮り、枢機卿シャロンが鬼のような表情で怒鳴りつけた。相変わらず恐ろしい姉さんである。
スーリアは激高するシャロンを手で制し、アリシアに視線を向けた。どこまでも蒼く冷たい瞳にじっと見つめられ、アリシアの全身から嫌な汗が噴き出る。
「教会が認定した聖女であり、幼いころから戦場に舞い国を救い続けてきた剣聖、英雄。これほど国王にふさわしい者がほかにいようか」
スーリアはアリシアから目を外し、すべての参加者へじろりと視線を巡らせた。教会のトップからそう言われてしまえばもう何も言えない。黙り込む参加者たち。アリシアも俯き悔しそうな表情を浮かべ全身を震わせている。
「もう一度言おう。エルミア教の教皇である私スーリア・マリアンヌと教会は、ラミリア王女こそイングリドの次期国王にふさわしいと考える。異論がある者は挙手して口にせよ」
その言葉に反応する者はもはや誰もいなかった。
ブックマークや評価をいただけると小躍りして喜びます♪ (評価は↓の⭐︎からできます)
「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
https://book1.adouzi.eu.org/n3094hw/




