第二十六話 隠れた強者
眠りに落ちたラミリアに一瞬目を向けたヴァンは、自分たちを取り囲む兵士たちにぐるりと視線を巡らせる。三十人ほどの屈強な兵士が、男性にしてはやや小柄なヴァンを仕留めんと少しずつ包囲を狭めてきた。
刹那、二人の兵士が素早く駆け寄り斬りかかるが、一瞬で抜刀したヴァンがあっさりと斬り捨てる。自分たちの優位を疑わない兵士たちにやや戸惑いの色が見えた。
「……怖気づくな! 相手はたったの一人だ。我らが勝てぬ道理はない!」
兵長であろうか。ひと際屈強な体つきの兵士が剣を構えながら兵士を鼓舞した。二人の兵士をものともせず斬り倒したヴァンは無表情のまま再び抜刀の姿勢をとる。
「侮るな。妹の陰に隠れて目立たぬが、奴こそこの国における軍事の要だ」
ラミリアの兄であり、謀反を企てた張本人であるロジャーの声が謁見の間に響く。が、兵長や兵士たちの目には懐疑的な色が浮かんでいる。
「まさか。このような優男が?」
「ロジャー様も人が悪い。このようなときにご冗談を」
兵士たちはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながらヴァンに視線を向ける。
「……奴こそ一騎で一個兵団に匹敵すると言われた国軍最強の剣士。戦場で並ぶ者なき常勝将軍、双剣のヴァンだ。剣聖と呼ばれる妹ラミリアに唯一剣でまともに戦える男でもある」
その言葉に兵士たちの顔が途端に強張った。
「ま、まさかこいつが……?」
「で、でも剣は一本しか……」
と、そのとき――
ヴァンが風を巻いて兵士たちに襲いかかる。包囲網の一角に接近するや目にも止まらぬ速さで抜刀し、またたく間に数人を斬り伏せた。だらりと下げた両手には一本ずつ剣が握られている。
「い、いったいどこから……?」
戸惑いの表情を浮かべながらも攻撃の体制に入ろうとした兵士の首をそのまま刎ねる。右手で薙いだかと思うと左の剣で斬りあげ、左の剣で突いたかと思うと右の剣で襲いかかる。まさに縦横無尽の剣。
僅かな時間に十人近くの兵がヴァンに斬られ地を舐める羽目になった。
「ふう……」
ひと暴れしたヴァンは再びラミリアのそばに戻る。
久しぶりに使ったけどなかなか疲れるな……。普段からもっと使ってりゃ違うんだろうけど。それにしても、人数自体は大したことないけど、ラミを守りながらとなるとこれは少し厳しいかも……。
ヴァンの愛剣は特注品である。見た目は一本の剣だが、柄のボタンを押してロックを解除すると二本の剣に分かれる。つまり、二本の剣を一つに合わせた造りなのだ。
この剣をヴァンは双龍剣と名付けたのだが、ラミリアから厨二っぽいと馬鹿にされた挙句、「ニコイチ」という大変不名誉な名称を与えられてしまった。
ヴァンの実力を目の当たりにし、兵士たちの目つきが変わる。
「見よ。あれこそ奴とともに戦場で大勢の兵を屠ってきた愛剣ニコイチである。警戒せよ」
兵たちの前で恥ずかしい剣の名称をバラされてしまい赤面しそうになるヴァン。思わず奥歯をグッと噛みしめる。
さっきのような奇襲は何度もできない。次同じような動きをすれば、間違いなくラミが攻撃されるか人質にとられる。それだけは避けなければならない。
全方位から一気に攻められればひとたまりもないのだが、それは向こうも避けたいようだ。何せ、近づいたらほぼ間違いなく斬り伏せられてしまうのだから。
睨みあいの膠着状態が続く。ヴァンとしてはあまり時間をかけたくなかった。外にはきっとロジャーが引き連れてきた軍が待機しているはず。ロジャーの戻りが遅ければ、外で待機している兵がなだれ込んでくるおそれがある。
ラミを抱えて一か八か斬り込む……? いや、危険すぎる。
雄叫びをあげながら斬り込んできた数人の兵士を瞬時に斬り伏せつつ、ヴァンは次にどう動くべきかを考えていた。
と、そのとき。
おそらく城の外からであろう。驚くほど大きな音が響き渡り足元が揺れた。何か巨大なものが地面に墜落したような音。隕石でも落ちたのだろうか? ヴァンはまじめにそう思った。
よく聞こえないが、何やら外が騒がしくなっている……気がする。
ヴァンたちを包囲していた兵たちも、顔を見合わせながら戸惑っているようだった。
一か八か、今ならいけるかも……行くしかないか……!
ヴァンは覚悟を決め、ラミリアを抱えて決死の斬り込みを敢行しようとした……のだが。
「ん~? ここかな?」
のんびりとした女の子の声が謁見の間に響いた。一斉に声がする方向へ視線を向ける兵士たち。そこにいたのは――
「あ、いたいた。ヴァンにラミ、大丈夫?」
黒いワンピースにオシャレなクロッシェ。魔王ルナマリアであった。
「ル、ルナマリア!」
「いや~、ラミの部屋行ったらさ、侍女の二人が泣いてたからびっくりしちゃった。何となく状況は把握してるんだけど、ラミは大丈夫?」
「ああ、眠っているだけだ」
「そう。ならよかった」
ほっとした表情を見せたルナマリアは、ただただ困惑するしかない兵士たちをかき分けるようにヴァンとラミリアのもとへやってきた。
「な、何だお前は……?」
怪訝な表情を浮かべてルナマリアを凝視するロジャー。雰囲気から何となくただの子どもではないことに気づいているようだ。
「え、私ですか? 魔王ルナマリア・ディル・スタンダールです」
その言葉に、ロジャーをはじめ兵士たちも完全に固まってしまった。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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