第二十五話 謀反
「姫様。お茶とお菓子をお持ちしました」
「んー、あんがと」
トレーを片手に部屋へ入ってきたバレッタに、ラミリアはソファに寝っ転がったままで返事をする。
昨日、帝国軍が国境近くに集結してるとの報告を受け、イングリド軍も出陣した。小競り合いはあるものの、現在は睨み合いが続いている状況のようだ。
「んもう。姫様ったらまたそんな格好で。ヴァン様からも何か言ってあげてくださいよ〜」
「あはは……僕はもう慣れてるしね」
頬を膨らませて苦言を呈すバレッタに苦笑いしかできないヴァン。渦中のラミリアはというと、「よっこらせ」っと身を起こしすぐお菓子に手を伸ばした。
「ん? 珍しいお菓子だな」
「あ! そうです。このお菓子はロジャー王子からラミリア様にとのことです」
「へ? 兄さん来てんの?」
ラミリアは丸くカラフルなお菓子を一つ手に取ると、マジマジと眺めてから口に投げ入れた。
んー、美味い。ってかまんまマカロンだな。
「ええ。少し前においでになっています。珍しいお菓子が手に入ったからぜひ姫様に食べてほしいと。あとで感想も聞かせてほしいって言ってましたよ」
感想ね。まんまマカロンですね! ってのは通じねぇよな。
「ヴァンも食べなよ……って、そうか、ダメだったよな」
意味深な笑みを浮かべるラミリア。実はヴァン、転生前の世界で賞味期限切れのマカロンを口にしてとんでもない腹痛に見舞われた経験があるのだ。
「まあ……これはマカロンじゃないけど見た目が似すぎてるから……」
思い出した嫌な記憶を押さえ込むように、ヴァンはバレッタが淹れてくれた紅茶を喉に流し込んだ。
「王城にはどれくらいの兵が残っている?」
「は。およそ千五百から二千かと。大きな戦争の前でもないため招集がかけられておらず、近衛兵団が中心となり王城と王族を警護している状況です」
「ふむ。かの男が率いてきた兵の数は?」
「およそ三千」
「そうか……分かった。下がってよい」
教皇の間で御簾越しに密偵とやり取りしたスーリアが微かな笑みを浮かべる。蒼く美しい瞳はいつにも増して冷たい光を宿していた。
「……枢機卿」
「は。猊下」
「まず問題ないだろうが、万が一ということがある。聖騎士から精鋭を選んで……」
周りには二人以外誰もいないが、念のためスーリアはシャロンの耳元に口を近づけて小声で言葉を紡いだ。
「……かしこまりました、猊下」
丁寧に腰を折り頭を下げたシャロンはそのまま踵を返して教皇の間から退室する。
「……ラミ……ヴァン……」
誰もいなくなった室内で、スーリアはそっと親愛なる友人の名を口にした。
「……おい、何か騒がしくねぇか?」
兄からの差し入れをすべて食べ終え、ヴァンとお喋りを楽しんでいたラミリアの耳に、何かが割れる音や甲高い声のようなものが聞こえた。
ドタバタと何人かがこちらに向かって走ってくるような音も聞こえる。
ラミリアはすぐさま壁に立てかけてあった愛刀を手に取り、ヴァンは立ち上がって腰の剣に手をかけた。
「姫様!!」
勢いよく部屋に飛び込んできたのは侍女のカタリナ。その顔は青く目には恐怖の色が浮かんでいる。
「何があった!?」
「そ、そ、それが……兵が突然……」
カタリナは相当気が動転しているのか、次の言葉が出てこない。
「カタリナ、落ち着け。兵って何のことだ? 兵がどうした?」
ヴァンは素早く窓際に移動すると、そっと外の様子を確認する。
「こ、近衛兵とは違う兵士がいきなりたくさん入ってきて……謁見の間に……!」
「……!? ヴァン!」
「ああ!」
「カタリナ、お前はバレッタを連れてここにいろ! 鍵も閉めて構わん! あたいら以外が来たら絶対に開けるな! 分かったな!?」
それだけ伝え、ラミリアとヴァンは急ぎ謁見の間へと駆け出した。不思議なことに、先ほどまでは確かに聞こえていた喧騒がもう止んでいる。
とてつもない胸騒ぎを覚えつつラミリアは必死に謁見の間へと走った。
「父上!!」
謁見の間に続く豪奢な扉を勢いよく開け放つ。そこでラミリアの目に飛び込んできたのは、二十〜三十名ほどの兵士と彼女がよく知る兄の姿。そして──
血の海に横たわる父、イングリド八世の骸だった。
よく見ると、国王を護衛していたと見られる近衛兵や母たる王妃も血まみれで倒れている。
「に……兄さん……これは……!?」
ラミリアにはさっぱり意味が分からなかった。なぜ父や母が血まみれで倒れているのか。なぜ兄ロジャーの手に血の滴る剣が握られているのか。
「ラミ……謀反だ」
剣の柄に手をかけたままの姿勢でヴァンが口を開く。
「む、謀反……? 何を言って……なぜ兄さんが……?」
ラミリアには理解が追いつかない。あの優しい兄がどうして? 優しい兄がどうして優しい父を殺す?
不意に足元がぐらついた。あまりにものショックで力が抜けた……わけではない。
「く……これは……?」
急激に襲ってきた強烈な眠気。ラミリアは今にも霧散しそうな意識を必死に手繰り寄せた。
「ラミ!?」
「く……やべぇ……意識が飛びそうだぜ……」
そんな二人を兵たちが一定の距離を保って取り囲む。国王のそばに立っていたロジャーが二人に視線を向けた。
「ラミリア……君には危害を加えたくない。だから差し入れのお菓子に薬を盛った。眠っていてもらおうと思ってね」
「に……兄さん……どうして……」
「……父王と愚兄ではこの国を守ることはできない。私は以前から何度も国力と辺境における軍備の強化を父に進言してきた。だが、父は私の言葉に耳を貸さなかった……」
ここ最近ロジャーと顔を合わせたとき、いつも疲れたような表情を浮かべていたことをラミリアは思い出した。
「この国を守れるのは私しかいない。私を後押ししてくれる存在もいる。父王暗殺の件はうまく処理し、ラミリアには他国へ嫁いでもらおうと考えていたのだが……」
ロジャーが兵士たちに目で合図を送る。じりじりと狭まる包囲。
「私がしたことをその目で見た以上、君は私のことを許せないだろう。かわいい妹よ……残念だが、ここで君にも死んでもらうしかない」
「……勝手なことを……! クソ兄貴……ぶっ殺し……て……」
ロジャーがお菓子に混ぜたのは強力な即効性の睡眠薬である。ラミリア以外の者ならとっくに意識を失っていたが、彼女は気力で今まで意識を保っていた。が、それも限界に達した。
無情な言葉を吐く兄の顔に、何とも言えない表情が微かに見てとれたのを最後に、ラミリアの視界は白く染まった。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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