第二十四話 暗躍
「何? 帝国が国境に兵を集結させているだと?」
教会の最奥にある教皇の間。静謐な空間に教皇スーリアの凛とした声が響く。
「は。間違いありません」
「……兵力と軍容はどのようになっている」
「兵数はおよそ五千、攻城兵器等は用意しておらず兵士も野戦に備えた装いです」
「ふむ……」
オズワルド帝国が王国に攻めてくるのはそう珍しいことではない。が、少し前にラミリアが散々蹴散らし将軍の首もとったことでしばらくは大人しくなると考えていたのだが。
「おそらくですが、本格的な戦闘は想定していないかと。嫌がらせというか様子見というか。帝国としては将軍の首をとられて返しもできていない状況ですから」
スーリアも同じ考えだ。王国の上層部もそのように考えるであろうが、それでも軍を送らないわけにはいかないだろう。
「……手紙を書く。少し待て」
スーリアは御簾越しに密偵へ伝えると、その場で何やら手紙をしたため始めた。
「枢機卿。これを」
シャロン枢機卿はスーリアから恭しく手紙を受け取ると、それを密偵に手渡した。
「その手紙をあの男に渡してこい。ああ、そうだ。『これは最高の機会かもしれない』そう伝えろ」
「は。かしこまりました」
密偵は短く返事をするとすぐさま踵を返し教皇の間から姿を消す。再び水を打ったように静まりかえる室内。
「猊下。あの手紙はどこの誰に? 何をしたためたのですか?」
スーリアはシャロンの顔をちらりと見ると、つかつかとそばに近寄り顔を近づけるよう合図した。口元を隠してそっと耳打ちをする。
「…………」
「…………!?」
手紙の内容を聞き終えたシャロンは驚きに目を見開く。
「……なぜそのようなことを?」
「ふふ。うまくいけばこの国は大きく変わる」
スーリアは微かな笑みを浮かべると、自分専用の一人用ソファへ体を預けた。
「ラミ……」
目を閉じたスーリアがぼそりと呟いた声はシャロンの耳には届かなかった。
「ああ? 帝国の軍が?」
「うん。まあ兵数からして本気で攻めてくる気はなさそうだけどね」
自室でゴロゴロしているところにやってきたヴァンから報告を受けたラミリアは、すぐさまソファの近くに立てかけてあった愛刀を手にした。
「よし、行くぞヴァン!」
「いや、行かないよ」
「何でだよ!?」
「ラミはこの前勝手に戦場へ出て陛下や王妃様から叱られたこと、もう忘れたわけ?」
「う……」
「それに、もうフランドル将軍が軍を率いて出る準備をしているしね」
フランドルは長きにわたり将軍として国を支えてきた人物である。齢五十を超えてなお前線に立ち続け、兵士たちからの信頼も厚い。
「マジか。フランドルが出るんならあたいらお呼びじゃねぇな……」
「そういうこと。向こうの出方にもよるけど、今回はラミも僕も出番はないよ」
あーあ、とため息を吐きソファに身を投げ出すラミリア。実に王女らしからぬ振る舞いである。
「やっとまともに刀を使えると思ったのにな。とんだ肩透かしを喰らった気分だぜ」
「うーん……じゃあ練兵場行ってみる? フランドル将軍が結構な数を連れていくみたいだから、今なら空いていると思うよ」
「お、いいねぇ」
というわけで、昂った気持ちを鎮めたいラミリアとお守り役のヴァンは二人そろって練兵場へ足を運ぶのであった。
「……あれ?」
案の定、練兵場にはほとんど人がいなかったが、見覚えある人物が木剣を振っていた。
「陛下!」
何と、木剣を振っていたのはラミリアの父であり国王でもあるイングリド八世であった。
「おお、ラミリアか」
「おお、じゃないですよ。陛下が練兵場に来るなんて珍しいですね」
「失礼じゃのぅ。儂もこう見えて昔は剣が得意だったんじゃぞ」
そう口にするなり、国王は「えい、えいっ」と剣を振り回し始める。いや、めちゃくちゃ危なっかしい。
「へ、陛下! あまりご無理をなされては……!」
堪らずヴァンが止めようとするが、娘の前でいい恰好をしたいのか国王は延々と剣を振り続ける。
「はぁ、はぁ……どうじゃ、ラミリア……儂もなかなかのものじゃろう?」
「え、ええ……はは」
苦笑いしかできないラミリア。仮にも剣聖と呼ばれる娘に剣技を披露する何とも残念な国王であった。
「まあ、儂にラミリアほどの剣才がないのは分かっておるよ。だが、我が国を取り巻く状況は決してよくはない。いつ何があるか分からんからの。国王である儂も鍛錬を怠らないようにしたいと思ったのじゃ」
「陛下……いや、父上。剣を振るい敵を倒すのは私やヴァンの仕事です。戦いのことは私たちに任せて、父上は国全体のことを考えていただかないと」
「何を言っておるラミリア。そなた、サラッとかっこいいことを言いおったが、儂はそなたが剣を振るうのも戦場に出るのも大反対なのじゃからな。はあ‥…どうしてこんなお転婆娘に育ったのか……」
その言葉に思わず噴きだすヴァン。一方、ラミリアは唇を尖らせている。
「父上……! 私は……!」
「ラミリアよ。幼少時から類まれなる剣才を発揮したそなたを儂や息子たちは喜んだ。軍部も大層喜び、その結果そなたは幼いころから戦場へ出る羽目になった」
「……」
「儂は今でも後悔しておる。なぜ幼いそなたを戦場に立たせたのかと。いかに剣の鬼才と呼ばれようと、なぜ幼くかわいい我が娘に人殺しをさせたのかと」
初めて聞く父の本音に、ラミリアは言葉が出てこなかった。ラミリアは幼いころから幾度となく戦場で舞い続けたが、あるときから父や母がいい顔をしなくなり、出陣する数は次第に少なくなった。
決定打となったのは聖女の称号だ。教会から聖女の称号を得たことで、ラミリアは戦場へ出るのを禁じられた。
もしかすると、父はずっと私を戦場に出さずに済む方法を考えていたのかもしれない。
「父上……」
「ラミリアのおかげで国が助かったことは何度もあるがな。それでも、儂は今でも後悔しておるのじゃよ」
「……」
「できれば、もう剣を握らず早く誰かと結婚してほしいと思っておる。おお、何ならヴァンと結婚するか?」
とんでもないことを口走り始めた国王に、ラミリアとヴァンは顎が外れそうになってしまった。
「な、何を言っているんですか! 私とヴァンはそんなんじゃ……!」
「んー? そなたら幼いころからいつも一緒だったではないか。部屋にもいつも連れ込んでおるようじゃし。儂もヴァンなら安心なんじゃがのぅ」
「そ、そ、そんなんじゃありません!!」
顔を真っ赤にして否定するラミリア。ヴァンも苦笑いしかできない。
「そうなのか? まあすぐ決めることはない。ゆっくり考えればよいわ」
ふぉふぉふぉ、といかにもな笑い方をしながら練兵場を後にする国王。すっかりペースを乱されてしまい、二人はどっと疲れてしまった。
「……部屋戻るか……」
「……うん、そうだね……」
先ほど父からいつも部屋に連れ込んでいると言われたそばから、当たり前のようにヴァンと二人で自室に戻ろうとするラミリアであった。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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