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第一話 戦場を駆ける聖女

「隊長! もうここは限界です! 退却しましょう!」


目の前に広がる死屍累々の光景。同胞たちが流した血の匂いが鼻腔の奥にこびりつき、無情な殺し合いが繰り広げられる戦場ならではのチクチクと肌を刺すような感覚が全身を支配する。


軍の規模は同程度だった。だが兵の練度に明らかな差があった。よほど入念な準備をしてこの戦いに挑んだのであろう。


イングリド王国の軍は隣国オズワルド帝国の軍に散々蹂躙され、もはや軍としての体裁を保つのもやっとの状態だ。


兵士があげる断末魔の叫び声が耳の奥でこだまする。次第に狭まる敵軍の包囲。死の足音はすぐそこまで迫っていた。



「……もはやこれまでか……!」


イングリド軍の一部隊を率いていた部隊長は、撤退か玉砕か究極の選択を迫られた──が。



「ぎゃっ!」


「ぐぁっ……があっ!」


「や、やめ……ぎゃあああ!」



我々を囲んでいた手勢の一角が突如崩れた。敵の後方から何者かが攻撃を仕掛けているようだ。


「あ、あれはもしや……」


目に飛び込んできたのはイングリド王国軍の旗。


さらに、大きく崩れゆく敵陣のなかで一枚の軍団旗が誇らしげに高らかと掲げられた。



黒地の旗にくっきりと浮かびあがる「上等」の二文字。それが意味すること──



「ラ……ラミリア様の援軍だーーー!! よし……よーし……! 貴様ら、これで勝てるぞ!」


すでに満身創痍の兵が多くを占めていたが、援軍の到着を聞いてイングリド兵は一気に士気を盛り返した。しかも、援軍がラミリアと聞けばなおさら彼らの士気は高まる。


彼らにとってラミリアは特別な存在なのだ。



ラミリア・ラングレン。


イングリド王国の第一王女であり、教会から認定を受けた聖女でもある。


それだけではない。幼少期より非凡な剣才を発揮した彼女は、これまで数多くの戦争で戦果をあげてきた歴戦の剣士でもある。


これまで大勢の手練れが彼女を討ち取ろうとしたが、誰もがまともに剣を交わすまもなく斬り伏せられた。


誰に習ったわけでもない独自の剣技を使い、戦場の真ん中で舞うように兵を斬り捨ててゆく彼女を人々は畏怖と畏敬の念を込めて剣聖と呼んだ。




「おいヴァン! ちゃんとついてきてっか!? ちんたらしてっと置いてくぞ!」


馬を駆りながら片手に携えた剣で次々と敵を屠っていく金髪の美少女。


美しい顔立ちと聖女の肩書きに似合わぬ粗野な言葉遣い。彼女こそ、戦場の流れを一変させた張本人、剣聖ラミリアである。


「ラミ! あまり前に出すぎないようにね! 弓で狙われてるよ!? あ、ほら、危な──!」


一本の矢が風を巻いてラミリアの頭部へ迫った──が。


「あ? 何か言ったか?」


ラミリアは飛んできた矢を素手でパシッとキャッチしてしまった。


「あ、何でもない」


苦笑いを浮かべるヴァン。よく考えたら、弓ごときでラミリアを殺せるわけがない。


「よーし、このまま総大将の首いっとくか」


美しい顔に獰猛な笑みを浮かべたラミリアは、一直線に敵の本陣目掛けて駆け始めた。


「ちょ! ラミ待って! ああもう! おーいみんな、このまま本陣までぶっ込むみたいだから気合いいれてついてきてねー!」


ラミリアの幼馴染であり護衛、軍を率いる将軍でもあるヴァンの言葉に、軍団の兵は猛々しい咆哮で応えた。




「し、将軍! 敵陣から何やら単騎で駆けてくる者が……!」


オズワルド帝国軍の本陣がにわかに色めき立つ。


先ほどまで明らかに優勢だった自軍が押し返され始め、単騎とは言え本陣に迫る者がいるのだから当然だ。


「ふん! たかが一騎ではないか。あれはおそらく援軍の将であろう。あれを討ち取れば再び流れはこちらに傾くわ」


帝国の将軍、ジャキは余裕たっぷりに言い放つ。


が──


「し、将軍! 敵将止まりません! 迎撃に向かった一隊がすでに全滅しました!」


「なっ! そんなバカなことがあるか! 敵はたったの一騎であろう! 剣で殺せぬのなら矢を射かければよい!」


「やってます! しかし、あの敵将矢がまったく当たらないのです!」


ジャキは絶句した。


そのようなことができる者はそう多くない。


何故だ。あの者はもう戦場に出てこないはずでは──



「よう、おっさん。ごきげんようだこの野郎」


あっという間に本陣へ斬り込んだラミリアは、護衛の兵をまたたく間に斬り伏せるとジャキの前に降り立った。


「あ……ああ……!」


「何だぁ? 化け物でも見るような目しやがって」


年は僅か十六歳、身長も自分より遥かに低いラミリアに凄まれ、ジャキは身動きひとつとれない。


「な、何で……! 聖女に認定され、もう戦場には出てこないはずじゃ……!」


ワナワナと震え始めるジャキ。


「ああ、そういうことか。残念だったなおっさん。あたいが何かに縛られることはない。自分がやりたいこと最優先だ」


「や、やりたいこと……?」


ラミリアはニヤリと笑うと剣を構えた。


「とりあえず今はあんたを斬ること、んでこの戦いを終わらせることかな」


「く……! とことんついていないな……だが、俺とて一軍を任された将だ。せめて一矢報いて骸を晒そう……!」


ジャキが剣を抜く。刃が厚いロングソードだ。


「お、いいねぇ。そういうのは嫌いじゃねぇ。その心意気に免じて先手は譲ってやる」


ラミリアは自身の愛剣を鞘に収める。


「な、舐めやがって……!」


「舐めちゃいねぇよ。てめえとあたいじゃこれくらいしなきゃ勝負になんねぇだろうが」


ラミリアに睨みつけられたジャキは一瞬怯んだが、意を決して正面から斬りかかる。


上段から袈裟に鋭い斬撃を見舞った──はずだった。



「……あ?」


全力で斬ったはずなのに目の前のラミリアは無傷。


何故? おそるおそる自分の剣に目をやると……。


「あ、ああっ……! うああああ!!」


ジャキの両腕は肘から先が切断されていた。ラミリアの手にはいつの間にか剣が握られている。


「……残念だったな、おっさん。あばよ」


膝をついたジャキの首に剣を一閃させると、ラミリアはすぐさま踵を返す。背後からドサっと首が落ちる音が聞こえた。



遠くからヴァンが呼んでいる声が耳に届く。


あっちも終わったかな。


ふぅと小さく息を吐いたラミリアは、どんよりとした空を見上げて目を閉じた。

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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!


https://book1.adouzi.eu.org/n3094hw/

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