死の天使
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俺達は扉を開け、部屋の中に入ると……一番奥で、黒檀の立派な机に向かって座っている、軍服の上から白衣を身にまとっているスケルトンがいた。
「っ!? あれは、領域ボスか!?」
藤堂先輩がそのスケルトンを見て叫ぶ。
そう……奴こそが、この“アルカトラズ”領域の第十階層で待ち構えるボス、“トーデスエンゲル”だ。
その時。
「っ!? 扉が閉まった!?」
俺達が通った扉が突然閉まり、部屋の外と遮断された。
つまり……俺達を逃がすつもりはないらしい。
そして、幸か不幸かは分からないが、俺達と分断されたプラーミャは、扉の外で待機する恰好となった。
『カタカタカタ……』
トーデスエンゲルはこちらを一瞥した後、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、突然右手を斜めに突き上げて敬礼したかと思うと。
「っ! 来ます!」
「「っ!」」
俺が叫ぶと同時に、先輩とサンドラが二手に分かれて散開するなり、俺に向かって医療用のメスが無数に飛んできた。
「[シン]!」
『ハイなのです! 【堅】!』
[シン]が俺達の目の前に呪符を展開すると、メスは見えない壁のようなものによって全て弾かれた。
「はああああああああああああッッッ!」
その隙に回り込んでいた先輩の[関聖帝君]が、トーデスエンゲルに向かって突進する。
「獲った!」
[関聖帝君]の青龍偃月刀の刃が、トーデスエンゲルの首元へと迫った、その時。
「っ!? 何だと!?」
何故か青龍偃月刀は、トーデスエンゲルの首をすり抜けて空を切った。
「クソッ! 【ミラージュミスト】か!」
そう、トーデスエンゲルは水属性の幽鬼で、【水属性魔法】も駆使する。
つまり……【水属性弱点】を持つ[関聖帝君]とは、非常に相性が悪い。
「サンドラ! お前の[イヴァン]が持つ【雷属性魔法】なら、水属性のアイツと相性がいいはずだ! 俺と先輩はサポートに回るから、お前がアイツを仕留めるんだ!」
「わ、分かりましたワ!」
俺はそう指示を出すと、頷くサンドラの傍へと駆け寄った。
「行きますワ! [イヴァン]!」
『(コクリ!)』
サンドラの掛け声と共に、[イヴァン]が鉄鞭を振り回しながらトーデスエンゲルに突っ込む。
その時、突然部屋の中に紫色のガスのようなものが充満し始めた。
これは……っ!?
「先輩! サンドラ! このガスを絶対に吸い込んじゃ駄目だ! これは……毒ガスだ!」
「っ!? な、何だって!?」
俺の言葉に、先輩が驚きの声を上げる。
だが、この毒ガスこそがトーデスエンゲルの最大のスキルである【ツィクロン】。この部屋という密閉された空間を最大限に活かす、最悪のスキルだ。
『攻略サイト』によれば、ガスが部屋の隅々まで行きわたるのは約十分。その間にトーデスエンゲルを倒すことがクリア条件となっていた。
つまり……十分以内にこの領域ボスを倒さないと、俺達は最悪死ぬってことだ。
「サンドラ! お前は俺が守るから、防御は気にするな! とにかく……ソイツをぶちのめせええええ!」
「任せなさイ!」
俺の檄に応えるように、サンドラはなりふり構わずトーデスエンゲルに突っ込む。
「[シン]! お前は[イヴァン]より先にあの領域ボスの元に行って、呪符でアイツの【水属性魔法】を無効化するんだ!」
『ハイなのです!』
俺の指示を受けた[シン]は、目にも止まらぬ速さで[イヴァン]の胸に手でタッチしてからトーデスエンゲルに肉薄すると、奴の周辺に数枚の呪符を展開した。
『それー! なのです! 【封】!』
トーデスエンゲルは[シン]に向かって両手をかざすが……何も起こらないことに、首を傾げる仕草を見せた。
ハッ! これで後はメスによる物理攻撃しかないだろう!
「今だ! サンドラ!」
「エエ! 食らいなさイ! 【裁きの鉄槌】!」
[イヴァン]が鉄鞭を真上に振り上げ、トーデスエンゲルの頭部目がけて叩き落すと、雷鳴と共に、パキン、と乾いた音が聞こえた。
「アアアアアアアアアアアアアッッッ!」
サンドラの咆哮に呼応するかのように、[イヴァン]は鉄鞭を何度も叩き込む。
その時。
「ッ!?」
『カタカタカタ……!』
トーデスエンゲルは最後の力を振り絞り、その口から一本のメスを射出した。
そしてその切っ先は、[イヴァン]の左胸に突き刺さ……『させないのです! 【堅】!』
……らず、その直前で弾かれて床に落ちた。
「はは! さすがだぞ! [シン]!」
「えへへー、なのです!」
俺がガシガシと[シン]の頭を乱暴に撫でてやると、[シン]は自慢げに胸を張りながら人差し指で鼻の下をこすった。
実は、[シン]はトーデスエンゲルに肉薄する直前、万が一に備えて[イヴァン]の胸に呪符を張りつけていたのだ。
「トドメ! ですワ!」
――バキンッッッ!
[イヴァン]が最後の一撃を叩きつけると、トーデスエンゲルの頭部が粉々に砕かれ……とうとう沈黙した。
「ハハッ! やったな!」
「うむ! 見事だ!」
俺と先輩はすかさずサンドラの元に駆け寄り、ねぎらいと祝福の言葉をかけた。
「ハイ! これも二人のおかげ、ですワ!」
「はは、まーな!」
「キャッ! モウ……フフ」
俺はガシガシとサンドラの頭を撫でると、一瞬驚いたサンドラだったが、すぐに嬉しそうに目を細めた。
「むむ……も、望月くん、この私も牽制をしたり、そ、それなりに頑張った……って」
先輩が口を尖らせながら拗ねる前に、そのワインレッドのウェーブのかかった綺麗な髪を優しく撫でた。
「もちろん……先輩のおかげでもありますよ」
「ふふ……分かってるなら、いい」
先輩も嬉しそうにそっと瞳を閉じる。
――バタン。
すると、閉じられていた扉が開き……プラーミャがそこにたたずんでいた。
「プラーミャ、この領域ボスはサンドラが倒した」
「…………………………」
「オマエもこの領域で幽鬼の相手をしたんだ。この意味……分かるよな?」
そうだ。つまりはサンドラに、それだけの力があるってことだ。
オマエが見下していたサンドラは、ここにはいない。
「……認めなイ」
「プラーミャ?」
「認めなイ! サンドラは……サンドラは、弱くなくては駄目なノ! この私がいないと何もできないサンドラでないといけないのヨ!」
「「「っ!?」」」
そんな叫び声と共に、突然、プラーミャの身体が幽子の渦に巻き込まれた!?
こ、これって……まさか!?
『ワタシガ……ワタシダケガ、サンドラヲオオオオオオオッッッ!』
幽子の渦が少しずつ晴れていき、姿を現したのは。
――闇に堕ちたプラーミャと、巨大な鉄槌を持った美しいエルフの女性の姿をした幽鬼だった。
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