暴食の蜂蜜酒
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「……チッ! 本当にイライラさせてくれるわね……!」
[イヴァン]が投げた鉄鞭をギリギリで躱したせいで倒れ込んでいた悠木は、舌打ちをして[クヴァシル]に支えられながらゆっくりと立ち上がると、ギロリ、と俺と[シン]を睨んだ。
「ハッ! というかこの状況で、まだオマエ、勝てると思ってんのか?」
俺はわざとニヤニヤしながら、煽るように悠木にそう告げた。
そうだ……俺と[シン]に集中しやがれ。
「……ええ、勝てるわよ。だって……私、には……私には、このスキルがあるッッ! 【暴食の蜂蜜酒】!」
悠木の振り絞るような叫びと共に、[クヴァシル]が俺達に向かって右手の杯をかざすと、その中身……黄金色の粘性の高い液体が床へと零れる。
すると、その黄金色の液体はまるで生きているかのように、俺達にへとゆっくり向かって来た。
「アハアアアアアッ! アナタ達はもう終わり! 杯から蜂蜜酒が零れてしまった以上、アナタ達は食われて死ぬのよッ!」
その黄金色の液体を求め、どこからともなく蜂がやってきた。
右から、左から、上から、下から、ありとあらゆる方向から、大量に。
「……来たか」
そう、これが悠木の精霊、[クヴァシル]が持つスキル……【暴食の蜂蜜酒】。
『まとめサイト』には、当然そのスキルの詳細も載っているし、俺だってちゃんと目を通している。
対処方法は……ない。
「アハハハハハハハハハ! さあどうするの? こうなったらもう、この私でも止められない! アナタ達は蜂蜜酒に塗れ、それを求める無数の蜂によって骨まで食い尽くされるのよ!」
「ああ……確かにオマエの言う通りだ」
「っ!?」
悠木の言葉に、俺は素直に頷く。
ただし……最っ高にニヤけたツラでな!
「[シン]!」
『ハイなのです!』
[シン]が俺達と黄金色の液体との間に、二枚の呪符を展開する。
そして。
『【模】!』
そう唱えると、目の前に俺と[シン]が現れた……いや、俺達のニセモノ、つまりデコイを作ったんだ。
[シン]の、呪符で。
当然、最も近くにいる俺達に、黄金色の液体はまとわりつく。
蜂も、黄金色の液体と俺達のニセモノを、ただ食らい尽くす。
全てが終わると……そこには、もう何もなかった。
「さて……どうする?」
「……あ……ああ……あああ……っ!」
俺は冷たくそう問いかけると、もうなす術がないと悟った悠木は、頭を抱えて今度こそその場で崩れ落ちた。
「さすがに、今回のオマエはやり過ぎた。ここを出たら、覚悟しておくんだな。[シン]」
『ハイなのです! 【縛】』
念のため、[シン]は[クヴァシル]に呪符を貼り、その動きを封じる。
「サンドラ、もう出てきても大丈夫だぞ」
通路の陰に向かってそう声をかけると、サンドラがヒョコッと現れた。
「お疲れ様なのですワ」
トコトコと俺の傍によると、サンドラが俺の背中をポン、と叩く。
「イテッ!?」
「アッ! も、申し訳ありませんワ!」
チクショウ、悠木を倒したところで、俺の背中が治るわけじゃないんだよなー……。
ハア……やっぱりさあ、回復魔法使える奴が仲間に欲しいよなあ……って、何考えてるんだ? 俺……。
大体、回復魔法の一番の使い手はあの木崎だから、そもそもこの学園にすらいねーじゃん。
あとは……これも主人公に続いて転校してくる、あのお姫様くらいかあ……。
でも、木崎や悠木みたいに俺を目の敵にする可能性大だ。むしろ、サンドラがイレギュラーなだけだろう。
……ま、この辺は対策がないわけじゃない。おいおい考えよう。
「さて……んじゃ、帰るか」
「エエ!」
『ハイなのです!』
『(コクリ)』
[イヴァン]が呪符で拘束されたままの悠木を抱えると、俺達は階段を下りて出口を目指した。
◇
「二人共、よく無事で……っ!?」
「あはは……ただいま戻りました……」
扉をくぐると、前で待ち構えていた先輩が一瞬ぱあ、と笑顔を見せるが、俺の状態を見て慌てて駈け寄ってきた。
「こ、これはどうしたんだ!? 領域ボスのタロースは物理攻撃しかないはず! こんな火傷のような怪我をするなど、あり得ない!」
「先輩! この女がワタクシ達の邪魔をして、そして……ヨーヘイをこんな目に遭わせたのですワ!」
「グウッ!?」
先輩の問い掛けに、サンドラが吐き捨てるようにそう言うと、[イヴァン]は無造作に悠木を地面に放り投げた。
「……望月くん、本当なのか……?」
「はい……」
俺が頷くのを見て先輩は、身動きが取れないまま地面に這いつくばって呻き声を上げる悠木の目の前に立った。
「貴様……どういうつもりだ」
「ヒイッ!?」
[関聖帝君]の青龍偃月刀の切っ先を悠木の喉元に突きつけられ、【威圧】スキルもあって痛みも忘れて慄く悠木。
そんな悠木を、先輩は射殺すような視線でただ睨みつける。
「答えんかあッッッ!」
「ハハ、ハイッ! そ、その! 彼……そう! 彼がこの私の誘いを断って、パーティーを組んでくれないから! そ、それに! 彼は生意気なんです! もうどうしようもないくらいムカついて! 彼がいなくなれば、元通りになるんです! それでっ!」
先輩に一喝され、しどろもどろになりながら悠木が答える。
だけどコイツ、言ってることがメチャクチャだぞ!?
そんなの……俺を襲おうとした理由には到底ならない。それどころか、そんな短絡的な理由や感情で、一歩間違えば人殺しをしてしまうような真似をしたのか?
この……『ガイスト×レブナント』では頭脳派で、常に冷静沈着なキャラ設定の“悠木アヤ”が。
「とにかく! ……貴様、このままタダで済むと思うな」
「ヒイイイイイイイイッッッ!?」
先輩の最大限の【威圧】スキルを一身に浴び、悠木は泡を吹いて気絶してしまった。
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