クラスチェンジ
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「さあ先輩、今度こそここを脱出しましょう!」
「うむ!」
俺と藤堂先輩はクイーン・オブ・フロストを閉じ込めている瓦礫に背を向けると、出口へと向かって駆けだした。
「あ、そうだ先輩……」
「む……?」
俺は走りながら先輩にそっと耳打ちすると。
「分かった! 任せてくれ!」
先輩は頷き、[関聖帝君]を後ろに従わせた。
俺も、[ゴブ美]を先頭にして斥候の役割を担う。
さっきみたいなイレギュラーもあるんだ。警戒するに越したことはないからな。
「ふふ……だが、君も存外無茶をするな。傍にいる私としては、気が気じゃないぞ」
「何言ってるんですか先輩、俺はいつだって安全第一ですよ……」
先輩にからかうようにそう言われ、俺は思わず肩を落とした。
いや、本当に俺は決して無茶はしない主義なんだぞ? ただ、無茶をしないと生き残れないような状況に追い詰められてしまうだけで。
「だが……やはり、君はすごいな……本音を言うと、私はあの幽鬼と対峙した時、生還を諦めた……」
先輩は少し視線を落とし、そう呟いた。
だけど、先輩が言うように俺はすごくない。
ただ、必死なだけだ。
そして……俺にはそれしか方法がないだけだ。
「……本当にすごいのは、先輩ですよ。そんな絶望ともいえる状況で、先輩が選択したのは俺を助けることでした。やっぱり先輩は、俺の憧れです」
「あう!? き、君はまたそういうことを……!?」
あはは、先輩が照れてる。
だけど……俺にとっては、先輩こそが目指すべき女性、ですよ。
「なあ……望月くん」
三叉路に差し掛かったところで先輩が走るのを止め、口元を緩めながら俺に呼びかけた。
「? なんですか?」
「その……君さえよければ、私と……っ!?」
その時……炎に焼かれてひび割れ、欠け、すすで汚れてボロボロになったクイーン・オブ・フロストが突然現れ、俺達に襲い掛かる。
だけど。
「……待っていたよ」
――斬ッッッ!
いつの間にかクイーン・オブ・フロストの背後に回り込んでいた[関聖帝君]が、その胴体を袈裟切りにした。
「おおおおおおおおおおおおおッッッ!」
[関聖帝君]はさらに何度も青龍偃月刀を叩き込む。
そのあまりの激しく凄まじい連撃に、クイーン・オブ・フロストはその身体をズタズタに破壊され……とうとう沈黙した。
「先輩っ!」
「ふふ……君の言った通り、だな……」
俺が声を掛けると、先輩はニコリ、と微笑んだ。
そう……俺は走って出口を目指す中、先輩に耳打ちした。
『あの幽鬼はあの程度の炎でやられたりはしませんが、ダメージは確実に負っています。だから、途中にある三叉路で待ち伏せ、[関聖帝君]を僕達の背後から見て死角になるように配置し、幽鬼を[関聖帝君]の【一刀両断】で確実に仕留めましょう』
と。
そして、俺と先輩が見つめる中、切り刻まれたクイーン・オブ・フロストが、幽子とマテリアルへと変わる。
「あ……」
大量の幽子が、[ゴブ美]と[関聖帝君]へと流れ込んでいった。
「ふふ、ひょっとしたら君の精霊もかなりレベルが上がっているんじゃないか? 私の[関聖帝君]も、久しぶりにレベルアップできそうだ」
そう言って、先輩は自分のガイストリーダーを取り出して画面を眺めると、満足げに頷く。どうやらレベルアップしたみたいだ。
俺も、ポケットからガイストリーダーを取り出す。
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名前 :ゴブ美
属性 :ゴブリン(♀)
LV :51
力 :F-
魔力 :F+
耐久 :F-
敏捷 :S
知力 :E
運 :F-
スキル:【集団行動】【繁殖】
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「はは……[ゴブ美]! とうとうレベル五十を超えたぞ!」
『! (ブンブン!)』
俺と[ゴブ美]は、嬉しさのあまりその場ではしゃぎ回る。
長かった……だけど、俺達はとうとうここまでこれたんだ!
「ふふ、君達にとって、そのレベル五十というのは、何か思い入れがあるのか?」
「はい! レベル五十は、[ゴブ美]がクラスチェンジするために必要なレベルなんです!」
「そうか……だったら、早速クラスチェンジしてみてはどうだ?」
柔らかい表情を浮かべながら、先輩は俺達にそう促した。
「はい! [ゴブ美]がクラスチェンジするところ、ぜひ見ていてください!」
「うむ、しかと見せてもらうよ」
俺は[ゴブ美]へと向き直る。
「[ゴブ美]」
『……(コクリ)』
目を閉じ、ゆっくりと頷いた[ゴブ美]の頭に俺は手を添えると。
「クラスチェンジ……開放」
そう告げると、[ゴブ美]はその身体から放出される幽子の渦に包まれる。
これこそが、クラスチェンジの儀式。[ゴブ美]はこの幽子の渦の中で、その身体が再構成されているんだ。
俺と先輩は、その様子をただ眺め続けていると、幽子の渦が徐々に消え、[ゴブ美]の姿が徐々に現れていく。
さあ……[ゴブ美]、“レッドキャップ”へと生まれ変わって、俺の前にその姿を……っ!?
幽子の渦が全て消え去り、俺達の目の前に現れたのは……“レッドキャップ”、ではなかった。
背の低い黒髪の美少女が、道士が身にまとう冠と道袍と呼ばれる服、金属製の籠手に、何故か不釣り合いなホットパンツと金属製のブーツという出で立ちだった。
「そ……その姿は……!」
それは、俺が[ゴブ美]の強化プランを練る時に真っ先に切り捨てた……いや、諦めた選択肢。
あの『攻略サイト』によると、この『ガイスト×レブナント』の世界とは違う世界において、全国規模のゲームイベントでのみコード配布されたという、限定仕様の精霊。
「しん、こう……たいほう……」
そう……この世界において最速の精霊。
さらに、【方術】という特殊なスキルで、あの主人公の精霊すら凌駕する実力を持った稀有な存在。
それが……[神行太保]。
「お、お前は[ゴブ美]……なの、か……?」
『……(コクリ)』
震える人差し指を向けながら尋ねると、[神行太保]……[ゴブ美]はそのオニキスのような瞳からぽろぽろと涙を零しながら、確かに頷いた。
「こ、こんな……奇跡、が……!」
信じられなかった。
夢だと思った。
だけど……俺の知っている[ゴブ美]は、目の前に……確かに、ここにいた。
「あ……ああ……!」
気がつけば、俺は駆け出していた。
同じように[ゴブ美]も、俺に向かって勢いよく駆けてくる。
そして。
「[ゴブ美]いいいいいいいいい!」
『マスタアアアアアアアアアアア!』
俺は[ゴブ美]を強く抱きしめ、嬉しさのあまり[ゴブ美]を抱えてその場でクルクルと回った。
――パチ、パチ、パチ。
「ふふ……クラスチェンジ、おめでとう」
どこまでも優しい先輩の祝福の言葉と惜しみない拍手が、俺の心に深くしみわたった……って。
「「しゃべったあああああああああ!?」」
『?』
俺と先輩の絶叫が、この“ぱらいそ”領域に響き渡った。
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