ステータスの秘密
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どれくらい時間が経っただろう。
もう何時間も経過したようにも感じるし、あっという間のような気もする。
でも……これだけは分かる。
俺はこの温もりから離れたくない、離したくない。
だから。
「先輩……もう、大丈夫です」
俺は、藤堂先輩の背中をポンポン、と叩いて彼女から離れた。
本当の意味で、先輩を絶対に離さないために。
「うむ……ふふ、澄んだ綺麗な……そして、覚悟と意志を湛えた、強い瞳だ」
俺の泣き腫らした目をジッと見ると、先輩はそう言って柔らかい表情を見せた。
それは、この世のどんなものよりも綺麗で、素敵で、吸い込まれそうで……。
「先輩……俺と[ゴブ美]は強くなります。絶対に」
「ふふ……ああ、君達は強くなる。私はそう信じているぞ」
そうだ。初めて出逢った時からずっと、先輩は俺達の可能性を信じてくれた。だから、俺達は先輩に見せよう。
俺達の、可能性を。
「それで……今日はもうこんなことになってしまったし、君も怪我をしている。“グラハム塔”領域の攻略はやめておこう」
先輩は俺の両手をチラリ、と見やった後、そう告げる。
でも。
「先輩……ならせめて、初心者用の領域には行かせてくれませんか?」
「初心者用の領域……」
そう呟くと、先輩は口元を押さえながら考え込む仕草を見せた。
「……なあ望月くん。前から気になっていたのだが、君は何故あの領域に入り浸っているんだ?」
顔を上げ、先輩はその真紅の瞳でジッと俺を見る。
「こう言っては何だが、確かに君の精霊のステータスは弱いものの、それでも君達はその戦略や対策など、ステータスに見えない部分を駆使して“グラハム塔”領域でも見事に攻略している。正直、今の君達には初心者用の領域は物足りないはずだ」
驚いた。
確かに俺は、あの『攻略サイト』の情報から[ゴブ美]の戦い方や領域での振舞い方を研究して、それを実践している。
[ゴブ美]のステータスに惑わされず、先輩は本当に、俺のことをよく見てくれているんだな……。
……先輩なら、いいよな。
「先輩、これを見てください」
俺はポケットからガイストリーダーを取り出し、今の[ゴブ美]のステータスを見せた。
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名前 :ゴブ美
属性 :ゴブリン(♀)
LV :43
力 :G+
魔力 :F-
耐久 :G+
敏捷 :A+
知力 :E-
運 :G+
スキル:【集団行動】【繁殖】
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「むう……なんだこの『敏捷』のステータスの上がり具合は! この項目だけなら、私の[関聖帝君]よりも上ではないか……!」
[ゴブ美]のステータスを見た先輩は、思わず唸った。
そう……誰が見てもこのステータスの変化は異常だ。
「その理由を教えますので、先輩もついて来てください」
「む……あ、ああ……」
俺がそう言うと、先輩は戸惑いながらも頷く。
そして、俺達は初心者用の領域へと向かい、中へと入った。
「ここは?」
「見ててください」
俺はあの部屋に先輩を案内すると、床の仕掛けを踏んだ。
「っ!? これはっ!?」
突然現れた扉に、先輩が驚きの声を上げる。
「……この扉は、この領域に初めて入った時に偶然見つけたものです」
俺は『攻略サイト』のことは伏せ、あくまで偶然見つけたことにして説明した。
「だ、だが! 初心者用の領域にこんな仕掛けがあったなんて今まで聞いたこともないぞ!?」
「はい。おそらくは、ここがあまりにも難易度が低すぎて、誰からも注目されなかったからだと思います。実際、新入生の見学でしか使われていませんから」
「む……た、確かに……」
俺の説明に、先輩が納得して頷いた。
偶然っていうのは嘘でも、今の話自体は嘘じゃないからな。
「では、行きましょう」
「う、うむ……」
先輩は緊張した面持ちを見せるけど、すぐに落ち着きを取り戻す。
こういうところは、さすがだと思う。
俺達は扉をくぐって“ぱらいそ”領域へと足を踏み入れると。
「おお……!」
先輩がこの領域の幻想的で荘厳な雰囲気を目の当たりにし、感嘆の声を漏らした。
分かります。俺も初めて入った時、同じリアクションでした。
「こちらです……あ、それと、チラホラとこの領域の幽鬼を見かけることがあるかと思いますけど、絶対に声を出したり、先制攻撃を加えたりしないでくださいね」
「む? 何故だ?」
俺がそう言うと、先輩が怪訝な表情を浮かべた。
「単純に、この領域の幽鬼が強いからです」
「それは……この私より、ということか?」
「はい。先輩も見れば分かると思います」
「むう……」
先輩は半信半疑なのだろう。
納得できないようだけど、それでも僕の言葉に従ってくれた。
そして。
「な、なんだあれは……!?」
「先輩、静かに」
俺は口元に人差し指を立て、先輩に静かにするように促す。
だけど、先輩が驚くのも当然だろう。
あの通路にいる幽鬼の名は“クイーン・オブ・フロスト”。
まるでチェスの女王のような姿をしており、上位の【氷属性魔法】を使うレベル八十の幽鬼だ。当然、レベル六十七の[関聖帝君]じゃ太刀打ちできない。
「先輩、大丈夫です。あの幽鬼は僕達の姿を視界に入れない限り、気づくことはありませんから」
「そ、そうなのか?」
「はい。見ててください」
俺と[ゴブ美]はいつものように幽鬼が向きを変えるのをジッと見守る。
「今だ!」
「あっ!?」
幽鬼が後ろを見せたタイミングで、俺は先輩の手を引っ張って向こう側の通路へと渡った。
「ふう……無事、やり過ごせましたね」
一息吐いて先輩へと振り返ると……先輩は、何故か眉根を寄せて俺を見据えていた。
「え、ええと、先輩……?」
「君はこれまで、いつもこんな危険な真似をしていたのか?」
あ、これは先輩怒ってるぞ。
「そ、そのー……あの幽鬼は毎回同じ動きをしまして……な、なのでパターンさえ分かっていれば安全に……そ、それと、一応対策も……」
などと、上目遣いでおずおずと行ってみるが……当然先輩には通用しなかった。
「本当に君は!」
「アイタ!」
先輩に小突かれ、俺は思わず頭を押さえた。
「もうこんな危険な真似、一人では絶対にするな! どうしてもというなら、必ずこの私を連れて行くんだ! いいな!」
「は、はい……」
俺は思わずシュン、となって頷いた。
ま、まあ、ここの秘密も明かしたんだし、先輩の都合がつくならぜひ一緒に行きたい。
というか、この“ぱらいそ”領域の攻略は先輩無しでは考えられないから……いや、違う。
俺は……この先輩と一緒に、最後までいきたいだけなんだ。
そして俺達はさらに進み、例の行き止まりにたどり着いた。
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