天津甕星(あまつみかぼし)
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俺達はさらに道を進み、とうとう領域ボスである“天津甕星”のいる祭壇へとたどり着いた。
「……あれが、ここの領域ボス、か」
「はい」
藤堂先輩の呟きに、氷室先輩が頷く。
腰まである黒髪で容姿端麗な天津甕星は、巫女装束を身にまとい、その両手に流星錘をたずさえて、祭壇の上で目を瞑りながらたたずんでいた。
……まあ、氷室先輩からすれば、的にしてくださいと言っているようなモンだな……って!?
「ふふ……ならば、参る!」
そう叫ぶと、藤堂先輩は獰猛な笑みを浮かべながら、天津甕星へと突撃していった。
いや、もう少し様子を見てからにしましょうよ!?
すると天津甕星はゆっくりと目を開き、流星錘を振り回して[関聖帝君]へと投げつけた。
「フッ!」
[関聖帝君]は青龍偃月刀で弾こうとしたところを、鎖で上手くからめとられてしまう。
「ふふ……この[関聖帝君]と力比べとは、いい度胸だ!」
『ッ!?』
そう言うと、[関聖帝君]は青龍偃月刀を力任せに振り回し、天津甕星が体勢を崩した。
「隙ありですワ!」
いつの間にか天津甕星に肉薄していたサンドラの[ペルーン]が、巨大なメイスを高々と振り上げていた。
「食らいなさい! 【裁きの鉄槌】!」
メイスを中心に、稲妻がほとばしる。
そして、今まさに天津甕星の頭上へと振り下ろされようとした、その時。
「ッ!? ナッ!?」
天津甕星が、一瞬で藤堂先輩に入れ替わり、[ペルーン]は慌ててメイスを止めた。
そう……これこそが天津甕星のスキル、【転身】。
敵と自分を瞬時に入れ替え、形勢を逆転してしまう面倒なスキルで、その有効範囲は流星錘が届く範囲の十メートル。
特に足場が狭く、一歩間違ったら奈落へと落ちてしまうこの“葦原中国”領域においては、まさにうってつけのスキルだ。
当然、天津甕星の能力を解析済みの氷室先輩は、その有効範囲の外に位置取りをしている。
「先輩! サンドラ! ソイツは俺達に任せてください!」
「エエ! お願イ!」
「むう!? だ、だが……!」
俺がそう告げると、サンドラはすぐに引いてくれたが、先輩は悔しそうに唇を噛んだままだ。
だけど、たとえ『ガイスト×レブナント』最強の先輩だって相性ってものがあるし、苦戦することだってある。
だから。
「先輩! 俺達はチームなんです! だから、俺に頼ってください! もちろん、俺じゃどうにもならない時は、全力で先輩に頼りますから!」
「っ! ……分かった!」
俺の言葉の意味を理解してくれたのか、先輩はようやく天津甕星から距離を取った。
「さて……覚悟しろよ? 言っとくが……俺の[シン]はそう簡単じゃないぞ!」
『行くのです!』
その言葉を合図に、[シン]は一気に天津甕星に詰め寄ると。
『ッ!』
天津甕星が当然のように【転身】によって[シン]と体を入れ替え、勢い余った[シン]は祭壇を飛び越えてそのまま奈落の暗闇の中に溶けて行った。
『…………………………』
そんな[シン]を眺め、天津甕星は嘲笑を浮かべる。
だけど……甘いんだよ!
『はうはうはうはうはうー! 【神行法・跳】!』
叫び声と共に[シン]が奈落の中から飛び上がり、そのまま空中を駆ける。
まあ、【転身】なんてスキル、[シン]には何の意味もないんだよ!
『ッ!』
すると今度は、流星錘を投げつけて牽制しつつ、本命である魔法を発動した。
あれは……即死効果のある闇属性上級魔法の【デスブレイク】か。はは、馬鹿な奴。
「領域ボスに俺の言葉が理解できるかどうかは分からないけど、とりあえず教えてやる。[シン]には【状態異常無効】のスキルがあるから、オマエの【デスブレイク】は無意味だよ」
『ッ!?』
そう告げると、天津甕星は明らかに動揺する仕草を見せた。
へえ、領域ボスは言葉の意味が分かるのか……これは新しい発見だ。といっても、馬鹿なことには変わりないけどな。
だって。
『背中がお留守なのです!』
俺の言葉に気を取られている隙に、[シン]は天津甕星の背後を取り、ペタリ、と呪符を貼り付けていた。
『【裂】』
『アアアアアアアアアアアアアッッッ!?』
天津甕星の全身がズタズタに引き裂かれ、絶叫がこだまする。
「さあ[シン]! トドメだ!」
『ハイなのです! 【雷】!』
祭壇の上でのたうち回る天津甕星に呪符を貼り付けると、その全身を紫電が駆け巡り、不規則な痙攣と共に黒色の煙がくすぶった。
そして、暗闇をつんざくような叫び声が止み、天津甕星は幽子とマテリアルとなった。
『はう! マスター!』
[シン]は一気に俺の所に飛んでくると、勢いよく飛びついた。
「はは! さすがは俺の[シン]だ!」
『はうはう! 当然なのです! だから、たくさんたくさん褒めて欲しいのです!』
そんなおねだりをする[シン]を抱きしめ、俺はこれでもかというほど、その頭を撫でてやる。
『えへへー、最高のごほうびなのです……』
[シン]は嬉しそうに目を細めながら、俺の胸に何度も頬ずりをした。
◇
「うむ! 【闇属性反射】を手に入れたぞ!」
祭壇の裏側にある祠に祀られていた水晶玉に触れた先輩が、嬉しそうに宣言した。
「つ、次はワタクシですワ!」
「はは、別に慌てなくても水晶玉は逃げないから」
「で、ですけド……モウ」
俺は苦笑しながらそう言うと、サンドラが恥ずかしそうにして口を尖らせた。
「そういえば、氷室先輩はもう【闇属性反射】を取得済みなんですよね?」
「いえ……実は、水晶に触れたらスキルを手に入れられるということを、先日の“アトランティス”領域で初めて知りましたので、その……」
そう言うと、氷室先輩は少しバツが悪そうに視線を逸らした。
あー……まあ、知らなかったらそんな怪しい水晶玉、触ったりしないかー……。
「ですがヨーヘイ、これでこの領域も踏破ですわネ!」
「ああ……これでメイザース学園との交流戦に向けて、できる限りの準備はできたな」
「エ……? どういうことですノ?」
俺の言葉を耳聡く聞いたサンドラが、一瞬不安そうな表情を浮かべる。
おっと、余計なこと言っちまったな。
「はは……いや、ひょっとしたら向こうの代表に【闇属性魔法】スキル持ちの精霊使いがいるかもしれないだろ? まあ、準備しておくに越したことはないって意味だよ」
「ア、そ、そうですわネ……」
サンドラは納得したように頷くけど……スマン、今の言葉は半分だけ嘘だ。
本当は、交流戦の代表の一人が、いずれ最強の【闇属性魔法】の精霊使いだってことを知っている。
それこそが……メイザース学園生徒会会計の一年生、“土御門シキ”。
俺は来る彼女との戦いを思い浮かべ、ギュ、と拳を握った。
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