葦原中国(あしのはらなかつくに)領域
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桐崎先輩とサンドラが家に来た日から一週間後の日曜日。
俺達は氷室先輩の案内の元、“葦原中国”領域に来ていた。
「本当に、一本道だな……」
先輩がポツリ、と呟く。
領域ボスまでへと続くその道は細く、明かりの灯った灯篭が等間隔で立ち並んでいる。
そしてその道の外側は、どこまでも続くかのような暗闇が広がっていた。
「この下には、一体何があるんですノ……?」
「……考えるだけ無駄だろ。そもそも、下に落ちたら一巻の終わりだからな」
下を覗き込むサンドラに、俺はそう告げてあまり道の端に行かないように促す。
だけど、もし俺達の中に高所恐怖症の奴がいたら、絶対にこの領域は踏破できないだろうなあ……。
「それで……ここの領域ボスまではどれくらいの距離があるんだ? 階層の数は?」
「はい。階層はここのみで、領域までは最短で半日もあればたどり着けます」
「む、思ったより短いのだな」
氷室先輩の説明に、先輩は意外、といった表情を浮かべた。
だけど氷室先輩の言う通り、この領域は二周目特典の五つの領域の中で最も短い。
まあ、それには理由があるんだけど、今はこの領域の踏破だけが目的なので、そこは置いておこう。
「さて……それでは私が先導しますので、ついて来てください」
氷室先輩を先頭に、俺、先輩、サンドラの順で進んでいく。
すると。
「……来ます」
突然立ち止まった氷室先輩は、[ポリアフ]を召喚して前方を見据える。
「ふふ……全部で四体、ですか。舐められたものですね。【スナイプ】」
氷室先輩がニタア、と口の端を吊り上げ、肩に乗る[ポリアフ]はスナイパーライフルを構えた。
「ファイア」
――タン、タン、タン、タン。
四発の銃声が領域内に響いたかと思うと、氷室先輩はまた歩き始めた。
「え、ええと……倒したんですか?」
「ええ。三体は奈落の底に落ち、一体は通路に転がってますよ」
氷室先輩はそう言うけど、俺達にはその幽鬼の姿は一切見えない。
半信半疑のまま進んでいくと。
「「「あ……」」」
氷室先輩の言った通り、この領域に出現する幽鬼、“イビルアイ”が通路に転がっており、たった今、幽子とマテリアルに姿を変えた。
「す、すごい……」
「ひ、氷室先輩はワタクシ達が見えないような離れた距離と暗闇の中で、どうやって幽鬼を正確に把握できたんですノ……?」
「それは[ポリアフ]のスキル、【オブザーバトリー】のおかげですね」
そう言って氷室先輩は[ポリアフ]の顔を指差すと、[ポリアフ]の右眼には時計技師が使うルーペのようなものかかっていた。
「このレンズを通じて、半径十キロメートルの視野と精霊、幽鬼の解析が可能です」
「そ、そんなことガ……」
氷室先輩の説明に、サンドラが思わず絶句する。
俺も氷室先輩からあらかじめ教えてもらっていたとはいえ、そのすごさを目の当たりにして驚くばかりだ。
「それに加えて、【スナイプ】の有効射程は三キロメートルですから、幽鬼に気づかれる前に射殺することで、私はこの領域を踏破することができました」
「そ、そうですか……」
確かに暗闇というハンデがないのなら、障害物が何もない“葦原中国”領域は氷室先輩の独壇場だ。
これなら、氷室先輩が高難易度のこの領域をソロで踏破できたのも頷けるな……。
そして俺達は、氷室先輩を先頭にさらに道を進んでいく。
途中の幽鬼も、その姿を現わす前に氷室先輩が全て倒してしまうので、俺達は何もやることがなかった。というか、氷室先輩の背中が頼もし過ぎるんだけど。
『はうー……退屈なのです……』
「コラ、[シン]。そういうことを言っちゃいけません」
つまらなそうに道に転がる小石を蹴りながら歩く[シン]をたしなめる。
「だが、[シン]の言うように、これでは身体がなまってしまうな」
「本当ですわネ」
そう言うと、先輩とサンドラが苦笑した。
いや、氷室先輩のおかげで安全に進めてるんだからいいじゃん。
「ふふ、では領域ボスは、【スナイプ】による遠距離攻撃をやめて近接戦闘を行いますか?」
クスクスと嗤いながら、氷室先輩はそう提案する。
イヤ、その表情は本当に怖いですから。
「うむ! ぜひそうしよう!」
「エエ! やっと[ペルーン]の出番ですワ!」
すると二人は笑顔になり、肩を回してアップを始めた。
よっぽどフラストレーション溜まってたんだなあ……。
だけど……ハッキリ言ってしまうと、多分俺達……というか、先輩とサンドラは苦戦するだろうなあ。
この“葦原中国”領域のボス、“天津甕星”に。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日の朝更新!
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