未来の聖女様のお願い
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あの見学の日以降、俺は以前にも増して領域での訓練に勤しんでいる。
初心者用の領域の踏破と疾走丸の調達はこれまでの十回から二十回に増やし、土日は藤堂先輩と一日中“グラハム塔”領域の探索を行っていた。
なので、平日は放課後だけじゃ到底時間が足らず、その分を午後からの授業をサボることで確保していた。
もちろん、下手をしたら留年につながるおそれもあるので、サボる授業は選んでいるけど。
「そうだ! そこで切り返すんだ!」
「はい!」
そして今日も、俺は先輩と一緒に“グラハム塔”領域を攻略していた。
といっても、第十階層までしか行かないけど。
「ハア……ハア……ところで先輩、第十階層より上の階層にはどうして行かないんですか?」
第十階層の幽鬼である“ミニマムオーク”を何とか倒し、俺は息を切らしながら先輩に尋ねた。
「ん? ああ、中間テストが終わるまでは、第十階層までにしているんだ」
先輩の言葉に、俺はハッと気づく。
つまり、“グラハム塔”領域の踏破をちょうど三学期が終わるタイミングに合わせているのか。
俺が、無理なく成長できるように。
「本当に……先輩は優しいですね」
「あう!? きゅ、急に何を言い出すんだ!?」
あはは、先輩照れてる。
本当に、可愛いなあ……。
「む、随分と余裕じゃないか。だったら、あそこにいるミニマムオーク三体、君達だけで倒してくるんだ!」
「ヒイイ」
チクショウ、やぶへびだった!
俺と[ゴブ美]は、眉毛を吊り上げる先輩に見守られながら、かろうじてミニマムオーク三体を倒した。
◇
「うむうむ、何とか赤点は取らずに済んだな」
中間テストが終わり、返ってきた答案用紙を眺めながら頷く。
一応全教科赤点は免れたけど、ほぼ平均点以下だからな……こ、これも強くなるまでの辛抱だ……「ふむ……これはいかんな」……って!?
「せ、先輩!?」
いつの間にか先輩が俺の背後に立って答案用紙をしげしげと眺めていた。
「望月くん、もちろん強くなることも大事だが、それと同じく、勉学も大切だぞ?」
「は、はい……」
くそう、正論過ぎて返す言葉がない。
「とはいえ、君は強くなるためにその全ての時間を削ってしまっているのも事実だ。なので期末テストの際は、この私が君の勉強を見てあげよう」
「ええ!?」
い、いや、先輩の申し出は俺としては願ったりだけど、その……土日すら先輩の貴重な時間をもらっているのに、これ以上先輩に迷惑をかけるわけには……。
「……ひょっとして、迷惑だったか?」
そう悩んでいると、先輩は少し寂しそうな表情を浮かべ、おずおずとそう尋ねた。
「ま、まさか! 迷惑どころか、先輩に申し訳なさ過ぎて……」
「べ、別に君が気に病む必要はない! これは、私が好きで申し出ているだけだからな! うん!」
俺が迷惑だって思っていないことに安堵したのか、先輩はむしろ俺に詰め寄り大丈夫だとアピールする。
というか先輩、こんなの可愛すぎですよ……!
「じゃ、じゃあその……お願いします」
「! う、うむ! 任せてくれ!」
先輩はぱあ、と満面の笑みを浮かべると、そのたわわな胸を叩いた。すごい揺れてる……。
「? 望月くん?」
あ、ヤベ。このままじゃ先輩の胸を見てたの、バレてしまう。
「と、ところで先輩、急にうちのクラスに来てどうしたんですか?」
俺は無理やり話を逸らすため、先輩にそう尋ねた。
「おっと、そうだった。実は今度の土曜日、少し用事が入ってしまってな……それで、悪いがその日は一緒に領域に行けそうにないんだ……」
「あ、そ、そうでしたか……」
先輩のその言葉に、俺は少し気分が沈んでしまった。
もちろん、訓練ができないこともあるが、それ以上に先輩に逢えないのが……。
「あ、あああああ!? そ、その、よ、用事が早く終わり次第……た、多分昼の二時過ぎには私も来るから!」
「ほ、本当ですか?」
焦りながらそう告げる先輩に、落ち込んでいた俺は急に心が軽くなった。
「う、うむ! だから君は、一人で“グラハム塔”領域に入っていてくれ。あ、ただし、行くのは第五階層までだぞ!」
「は、はい!」
よかった……土曜日も、先輩に逢える……!
俺は嬉しくて、小さくガッツポーズをした。
「あ……ふふ、そんなに喜んでくれたら、その……私も嬉しい」
先輩はその白い頬を赤く染めながら、口元を緩めた。
チクショウ! 先輩、本当に可愛すぎだろ!
「で、では、私も教室に戻ろう」
「あ、はい! ありがとうございました!」
「ああ」
先輩は手を振りながら自分の教室へと戻っていく。
途中、何度もこちらを振り返りながら。
もちろん俺も、先輩の姿が見えなくなるまで廊下で手を振り続けていた。
「さて、と」
先輩の姿が見えなくなり、俺は教室へと戻ると。
「も、望月さん」
木崎さんが何故か俺の席で待ち構えていた。
それも、いつもの聖母のような優しい表情ではなく、いつになく真剣な面持ちで。
「え、ええと、どうしたの?」
「実は、折り入ってお話が……」
そう言うと、木崎さんは俺の制服の袖を引っ張って、廊下へと連れて来た。
「そ、それで話って?」
「あの……も、もしよかったら、私と一緒に“グラハム塔”領域に行ってくれませんか?」
「はえ!?」
木崎さんのまさかのお願いに、俺は思わず変な声を出してしまった。
「え、ええと、どうして……?」
「そ、その……実は私、あの見学の日以降、“グラハム塔”領域に入っていないんです……それで、偶然あの藤堂先輩との会話を聞いてしまって……」
「ああー……」
確かに俺は毎週土日、あの領域に入ってるからなあ。回数だけなら、うちのクラス……いや、一年生の中でも圧倒的に俺のほうが入ってるはずだ。
「で、でも、加隈や悠木と一緒に入ったりしないの? あの二人と一緒のほうが……」
「で、できれば、望月さんにお願いしたいんです……あの二人とは、たまたまよく一緒の班になったりしますけど、望月さんとはこんな機会でもないと……」
そう言うと、木崎さんは少し恥ずかしそうにしながら俯いた。
うう……確かに俺としても、木崎さんと一緒に探索できたら嬉しいし、それに……二人ならより“グラハム塔”領域の踏破が圧倒的に楽になる。
何より一年の必修要件は、一年生だけでの踏破だから。
「うん……分かった。俺でよければ……」
「! ほ、本当ですか!」
「うああああ!?」
木崎さんがぱあ、と笑顔を浮かべ、その可愛い顔を俺の顔に思いっ切り近づけた。
あ……いい匂いがする……。
「そそ、それで、いつにする?」
このままだと理性がもちそうになかったので、俺は木崎さんから慌てて離れ、そう尋ねた。
「あ、はい。平日は色々と用事があるので、できれば休日が……」
「ああー……そういえば、さっき俺と先輩の話を聞いてたって言ってたもんね」
でなければ、休日なんて頼んだりしないか。
俺が休日に学園の領域に入れるのだって、あくまで先輩のおかげであって、それ以外の生徒は入れたりしないんだから。
「……分かった。じゃあ今度の土曜日の午前中でもいい?」
「は、はい! でしたら、朝の八時でもいいですか?」
「あ、う、うん……」
くそう、木崎さんのサファイアのようなこんなキラキラした瞳に抗える奴がいるなら見てみたい。
「うふふ! 楽しみです!」
「あ、あはは、そうだね……」
……ま、まあ、先輩は午後二時まで用事でいないから、いいよな。
などと、俺は嬉しそうに微笑む木崎さんを眺めながら、心の中で訳の分からない言い訳を繰り返していた。
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