届かないライバル
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俺達三人も生徒会室を出て、氷室先輩を追いかける。
すると氷室先輩は既に靴を履き替え、校門近くまで来ていた。
「氷室先輩!」
俺達は慌てて駆け寄り、氷室先輩を呼び止める。
「……何ですか? もう、あなた達は私に用はないはずですが?」
表情も変えず、抑揚のない声でそう告げる氷室先輩。
もうこれ以上、俺達とは話すことはないと言わんばかりに。
だけど……俺にとって、本番はこれからだ。
「俺、気になって仕方ないんですよ。氷室先輩は、どうしてこんな真似をしたんですか? 生徒会が嫌いなんですか?」
俺は、あえて少しふざけた態度で氷室先輩に問いかける。
まるで、追い詰めるかのような口調で。
「別に……生徒会やあなた達が嫌いなわけでは、ありません」
「へえー。んじゃ、昨日アイツが言ったみたいに、生徒会長になりたかったから、ですか?」
「…………………………」
氷室先輩は、何も答えない。
「まあ……氷室先輩が生徒会長になったところで、絶対に藤堂先輩みたいにはなれませんけどね」
「っ!」
はは、やっぱり反応したな。
「……望月くん、やめないか」
藤堂先輩が、低い声で俺をたしなめる。
だけど、俺は止めませんよ。氷室先輩にも……そして、あなたにも、真っ直ぐ前を向いてもらうために。
「大体、こんな卑怯な手を使って藤堂先輩を生徒会長から引きずり降ろしたところで、誰が氷室先輩についてくるって言うんですか? 強さだって、藤堂先輩よりも劣るっていうのに」
「望月くん! やめろ!」
先輩が俺の両肩をつかみ、睨みつける。
その真紅の瞳に、困惑と怒りを湛えながら。
すると。
「ふ……ふふ……」
いつも無表情の氷室先輩が、自分の顔を掌で押さえながら笑い出した。
「望月さん、あなたに言われなくても分かってますよ。こんなことをしても、会長を……藤堂さんを超えられないことくらい」
「…………………………」
「ですが、こうでもしないと、藤堂さんはコッチを向いてくれないんですよ……いえ、ここまでしても、結局見てはくれませんでしたけどね?」
そう言うと、氷室先輩はニタア、と口の端を吊り上げた。
「ひ、氷室くん……?」
氷室先輩の豹変ぶりに、混乱する藤堂先輩。
だけど、ここから先はあなたの出番……いえ、あなたしかいないんだ。
『アハハハハ! ダッタラ……モウ見テモラワナクテ構ワナイ! 私ハ……私ハ、アナタヲ排除スル!』
そう叫ぶと、氷室先輩は幽子の渦に包まれた。
「っ!? こ、これは……っ!?」
「闇堕ち、したんですよ……」
俺は、目を見開く先輩に、静かにそう告げた。
そう……今回、俺はわざと氷室先輩を闇落ちさせた。
藤堂先輩の瞳を、氷室先輩に向けさせるために。
そして、幽子の渦は徐々に小さくなり……中から氷室先輩が現れる。
あの綺麗な藍色の瞳を、漆黒に変えて。
「ッ! ヨーヘイ、アレ!」
サンドラが指を差す方向には、当然、“柱”もいた。
現れたのは、“ニヴルヘイムの守護者”である、“モズグズ”。
筋骨隆々の女性の姿をしており、タロースよりも一回り大きい。
そして、その右手には巨大な槍を携えていた。
「も、望月くん……どうすればいい……?」
自信にあふれたいつもの先輩の面影はなく、ただ、闇堕ちした氷室先輩をオロオロと見つめながら俺に尋ねる。
「……先輩、氷室先輩がどうして闇堕ちをしたと思いますか?」
「う、うむ……それは、理由は分からないが、氷室くんがこの私を憎んで……」
「違いますよ」
不安げに答える先輩の言葉を、俺は真っ向から否定した。
「で、では……一体何だというのだ……」
「簡単ですよ。先輩が、氷室先輩を見ていない……と、思っているからです」
「私が、氷室くんを見ていない、だと……?」
俺は先輩に向かって、コクリ、と頷く。
そう……氷室先輩は、ずっと藤堂先輩のことを見てきた。
ある時は憧れとして、またある時は、超えるべきライバルとして。
だけど、悲しいかな藤堂先輩にとっては、氷室先輩はライバルではなかった。
藤堂先輩は、氷室先輩のことを一緒に生徒会を支える同志とでも思っていたはず。だから、ライバルと言われてもピンとこないだろうし、ましてや憧れなんて言われても、藤堂先輩は一蹴するだろう。
それが……氷室先輩の大事な部分に触れた。
そして、俺には氷室先輩の気持ちが分かる。
だって……俺は、最初はただの弱者だったから。
蔑むような視線だけを向けられ、誰も俺達に興味がない。
そもそも、その存在すら認めてもらえないように感じるんだ。
それが、自分にとって特別な存在だったら、なおさらだろう。
「こんなこと言ってはなんですけド……ワタクシには氷室先輩の気持ちが、少しだけ分かりますノ……だっテ、ワタクシもそうだったかラ……」
そうだな……サンドラも俺や氷室先輩と一緒で、どんなに頑張っても家族に認めてもらえなくて、それでこの東方国までやって来たんだもんな……。
「先輩……氷室先輩の心は、先輩にしか救えないんです。だから……だから、全力で氷室先輩と戦って、受け止めてあげてください。氷室先輩は、ただ、先輩に自分を見て欲しいだけだから」
「っ!」
そう告げると、先輩は一瞬息を飲む。
だけど、その真紅の瞳には先程のような困惑や迷いといったものはなく、今はただ、氷室カズラという女性だけが映っていた。
「ふふ……ひょっとして君は、たったそれだけのことのためだけに、この状況を作り出したのか……?」
「……はい」
「ふふ、そうか……君は、つくづく……!」
先輩の顔に、笑みが零れる。
「先輩、あの幽鬼は俺とサンドラが仕留めます。ですから先輩は、氷室先輩と存分に語り合ってください!」
「ああ!」
先輩と拳をコツン、と合わせると、俺はサンドラと共にモズグズと対峙した。
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