氷室先輩の事情
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「コホン……それで、タカシの件につきましては、すいま……ああいえ、また謝ってしまうと、先程の繰り返しになってしまいますね。ここまで連れてきてくださり、ありがとうございました」
気を取り直して、氷室先輩からお礼を告げられた。
こちらとしては、怪我をさせたのは俺なので心苦しいけど、ここは素直に受け取っておこう。そうじゃないと、またエンドレスに頭を下げ続けることになってしまいそうだし。
「ああ、どうぞお召し上がりください」
「は、はい、いただきます……」
俺は氷室先輩が見守る中、湯飲みを手に持つ。
というか、そんなにジッと見られると、その……うう、ちっとも落ち着かない……。
『はうはう! [シン]はアイスをご所望なのです!』
「コラ、[シン]! はしたないぞ!」
「……これは失礼しました。今、用意してきます」
「いいい、いえ! 全然お気になさらず……って、あああ……」
[シン]が余計なことを言ったばっかりに、氷室先輩が気を遣ってアイスを取りに行ってしまった……。
「[シン]―?」
『は、はう!? ひょ、ひょっとしてマスター、すごく怒ってるのです……?』
ここにきてやっと自分のしでかしたことを理解した[シン]は、俺の表情を窺いながら恐る恐る尋ねてきた。
「当たり前だろう! 当分、アイス抜きだからな!」
『はうはうはうはう!? ごめんなさいなのです! 許して欲しいのです!』
少しキツめに叱ると、[シン]は持ち前の『敏捷』ステータスを活かし、瞬く間に綺麗な土下座を敢行した。
そして、ウルウルとオニキスの瞳を潤ませ、必死で訴えかけてくる。く、くう……! お、俺はこの程度じゃ絆されないぞ……!
「お待たせしました……って、二人は何をしているのですか?」
「ああ!? ひ、氷室先輩!? こ、これはその……」
「いくら精霊とはいえ、こんな子どもに土下座させるとは、いただけませんね」
ええー……お、俺が悪いのかなあ……。
俺はチラリ、と[シン]を見やると、これでもかとその瞳で訴えてきやがる……ハア、チクショウ……。
「あー……分かったよ。とにかく、ちゃんと氷室先輩にお礼を言えよ」
『はう! あ、ありがとうございますなのです!』
「いえ」
そして[シン]は氷室先輩からアイスを受け取ると、瞳をキラキラさせながらアイスを頬張った。チクショウ、幸せそうにしやがって。
「あ、そういえば少年……タカシくんの怪我は大丈夫でしたか?」
「はい、少々足を捻っただけだと思いますので、とりあえず湿布を貼って様子をみます」
「そ、そうですか……」
氷室先輩の言葉に、俺は少しだけ心が軽くなった。
「それにしても、氷室先輩ってご弟妹が多いんですね」
「はい、うちは四人姉弟妹ですから」
「へー。俺、兄弟とかいないから、ちょっと羨ましいですね」
そう言うと、俺はずず、とお茶をすすった。
「ですが、うちは両親が共働きで、家事とあの子達の面倒もみないといけませんので、なかなか大変ですよ?」
「そうなんですねー」
あー、なるほど……いつも生徒会が終わったらすぐに帰っているのは、弟さんと妹さんの面倒を見てるからなのかー……納得。
「それにしても、あなたの精霊は会話をしたり、アイスを食べたり……かなり特殊ですね」
「あ、あはは……ですよね……」
氷室先輩の言葉に、俺は愛想笑いを浮かべる。
いや、それに関しては俺自身も不思議でしょうがないからなあ……。
「よろしければ、ステータスを見せていただいても……?」
「あ、いいですよ」
俺はポケットからガイストリーダーを取り出し、氷室先輩に見せた。
「っ! ……すごいですね。これほどまでのステータス、二年生……いえ、三年生でも見たことがありません」
「あはは、ありがとうございます」
氷室先輩はステータスを見た瞬間、思わず目を見開き、手放しで褒めてくれた。
もちろん、俺としても嬉しいに決まってる。[シン]なんて、アイスをくわえながら『えっへん』と胸を張っていた。
「……会長が目を掛けるだけありますね」
「いえ、それは違います」
ポツリ、と呟いた氷室先輩の言葉を、俺は明確に否定した。
だって……藤堂先輩は、[シン]になる前から、俺と、[ゴブ美]を見守り、そして、認めてくれたから。
「なるほど……私もまだまだ、ですね……」
「と、言いますと?」
少し自嘲気味にそう言った氷室先輩に、俺はあえて問い掛けた。
何度も言うが、あの『攻略サイト』では、藤堂先輩と氷室先輩は犬猿の仲だ。
だけど、俺が生徒会に入って、氷室先輩と知り合ってからこれまで、俺には氷室先輩が藤堂先輩のことを嫌っているとは到底思えない。そして、それは藤堂先輩も。
それどころかむしろ、俺にはお互いがお互いを認め合い、信頼し合っているようにしか見えないんだ。
「……会長……いえ、藤堂さんと比べたら、私なんか……」
でも……氷室先輩は、どうしても自分を卑下してしまう。
藤堂先輩と比べたら、自分には価値がないとでも言わんばかりに。
だから。
「氷室先輩……俺、そんなことないと思いますよ?」
気づけば、俺は氷室先輩の言葉を否定していた。
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