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第一歩

ご覧いただき、ありがとうございます!

 扉の向こう側は、心が奪われそうになるほど神秘的な空間だった。


 熟した実のなる木々が立ち並び、清らかな水が流れる小川、今まで見たことがないような美しい花……。

 大理石で建てられた純白の神殿もあり、ここはまさに“楽園(パライソ)”そのものだった。


「ここに、真の(・・)ラスボスがいるのか……」


 俺はそう呟くが、実は、俺的にはその真のラスボスを倒すつもりはこれっぽっちもない。

 あの『攻略サイト』によると、元々この領域(エリア)はゲームクリア報酬の一つで、要は本編では物足りないゲーマーのための腕試し用として用意されたものなのだ。


 なので、この領域(エリア)に出現する幽鬼(レブナント)は圧倒的に強く、今いるこの一番最初の階層でも、最低レベルが八十となっている。


 つまり……最終決戦の藤堂先輩クラスが雑魚扱い(・・・・)ということだ。


「……絶対に見つからないように、慎重に行くぞ」

『……(コクリ)』


 俺の言葉に、[ゴブ美]が緊張した様子で頷いた。


 俺達は、『攻略サイト』のマップの通り進む。

 少しだけ遠回りになるが、このルートなら敵に遭遇せずに目的の場所にたどり着けるらしい。というか、俺が頭の中で何度もシミュレーションして導き出したものだ。


「大丈夫だよ、[ゴブ美]。絶対に上手くいくはずだから」


 俺は[ゴブ美]にそう言いながら、ゆっくりと進んで行く。

 ……いや、今のは自分に言い聞かせただけだな。


「っ!?」


 十字路に差し掛かり、通路の向こうに彫刻の女性像のような姿をした幽鬼(レブナント)がいた。

 でも、実際の能力は圧倒的で、先輩の[関聖帝君]が可愛く見えるほど……といっても、[関聖帝君]はそもそも可愛いんだけど。


 とはいえ。


「これも『攻略サイト』の通り、だな」


 もちろん、ここに幽鬼(レブナント)が配置されていることは、『攻略サイト』にバッチリ書かれていた。

 当然、そのやり過ごし方も。


「[ゴブ美]……今、あの幽鬼(レブナント)は向かって左を向いているから、この後すぐに右に九十度回転するはず。そうして後ろを見せた瞬間に、一気に向こうの通路まで走り抜けるぞ」

『(コクコク!)』


 俺達は唾を飲み込み、通路の陰からジッと幽鬼(レブナント)を見つめる。


「っ! 今だ!」


 幽鬼(レブナント)が後ろを見せたタイミングと同時に、俺達は向こう側の通路目がけて全力で走る。


 一気に走り切ると、すぐに幽鬼(レブナント)の様子を確認するが……。


「ふう……どうやら上手くいったみたいだな」


 深い息を吐いて安堵すると、俺は[ゴブ美]とハイタッチする。

 ここから先は、もう幽鬼(レブナント)と遭遇するところはないはず。


 俺達は引き続き慎重に進んで行き、そして。


「着いた……!」


 そこは、通路の行き止まりだった。

 だけど、ここにこそ俺達が求めるもの(・・・・・・・・)があるんだ。


「さて……それじゃ」


 俺は行き止まりの壁へと向かって、床を丁寧に確認しながら進む。


 ――カチリ。


「……ここか」


 床がほんのわずかに沈み込むと、目の前に古ぼけた木箱が現れた。

 俺はヒューズボックスからあらかじめ入れておいた拳大の石を取り出し、沈み込んだ床に置いた。


「さあ……目的の物が入っていてくれよ……!」


 木箱の前に立ち、俺はおそるおそる木箱の蓋を取ると。


「おお……!」

『……!』


 中には、俺達が求めていた物……“疾走丸”が入っていた。


 “疾走丸”は、精霊(ガイスト)がこれを飲めば、ほんの少しだけ速度のステータスを上げることができるという消費アイテムだ。

 といっても、疾走丸自体は珍しいものでもなく、初心者用の領域(エリア)の次に難易度の低い“グラハム塔”領域(エリア)でも、大体一つ二つは手に入れることができる程度の価値でしかない。


 だけど、俺達にとってはここで入手することに意味があるんだ。


「[ゴブ美]」

『……(コクリ)』


 名前を呼ぶと[ゴブ美]は頷き、木箱から疾走丸をつまむと、それを口に入れて飲み込んだ。


「どうだ……?」


 俺はおそるおそる[ゴブ美]に尋ねる。

 すると……[ゴブ美]は舌を出しながら顔をしかめた。

 どうやら疾走丸は思いのほか不味いみたいだ……って、そういうことじゃなくて!


「俺が聞きたいのは、どこか身体に変化とかはないかってことだよ!」


 そう言うと、[ゴブ美]は確かめるように身体を動かしてみるが、あまり変わっていないのか、[ゴブ美]は首を傾げて肩を竦めた。


「まあ……ほんの少し(・・・・・)しか上がらないらしいしな……」


 俺は少しだけ落胆する。

 でも、俺達にはもう、これしか残されていないんだ。


 ということで。


「よし。[ゴブ美]、急いでこの領域(エリア)から出るぞ」

『(コクリ)』


 俺達は来た道を戻り、例の幽鬼(レブナント)をやり過ごして初心者用の領域(エリア)へと戻った。


「け、結構疲れたなあ……」


 俺は膝に手を置き、少し肩を落とした。

 いや、既に初心者用の領域(エリア)の探索をしていることと、“ぱらいそ”領域(エリア)幽鬼(レブナント)に対する緊張(ストレス)もあり、疲労感が半端ない。


 でも。


「さーて……もう一回、“ぱらいそ”領域(エリア)に行こうか」

『! (フルフル)』


 [ゴブ美]は俺の前に立ち、両手を広げてかぶりを振った。


「……なんだよ、ひょっとして俺の身体を気遣ってくれてるのか?」

『…………………………(コクリ)』


 どうやらそういうことらしい。


「ハハ、ありがとな。でも、ここで手を抜く訳にはいかないんだ。俺と[ゴブ美]が強くなるために。だから、さ」

『…………………………』


 そう言って[ゴブ美]の頭を撫でてやると、[ゴブ美]は渋々と言った表情で両手を下ろした。


「さあ、もう一回行くぞ」

『……(コクリ)』


 俺とゴブ美は扉をくぐり、またあの行き止まりへと向かうと、そこには一回目の時と変わらず木箱が置かれていた。


「よし!」


 それを見て、俺は思わずガッツポーズをする。

 何故なら、これこそが俺達が強くなるための必須条件なのだから。


 木箱の傍に駆け寄って俺は蓋を開けると、中には疾走丸(・・・)が入っていた。


「『攻略サイト』の通り、だったな……」


 あの『攻略サイト』に書かれていた内容。

 それは……ゲームのバグで、床の仕掛けを踏み込んだままにしておいて領域(エリア)から出ると、その仕掛けは未作動扱いとなって、“ぱらいそ”領域(エリア)を出入りするたびに何度でも疾走丸が復活する(・・・・)というものだった。


 とはいえ、疾走丸の効果自体が大したものでもなく、しかも初心者用の領域(エリア)を除くどの領域(エリア)でも見つかることから、全く重宝されていなかったらしいけど。


 でも。


「……それでも、俺達にとっては唯一の可能性なんだ」


 たとえ疾走丸をいくつも飲んでも、強化できるステータスは『敏捷』だけしかない。

 だけど、たった一つだけでも、主人公を超えることができるんだ。


「さあ、[ゴブ美]」

『(コクリ!)』


 [ゴブ美]が今日二つ目となる疾走丸を飲み込む。


 俺達は今日、強くなるための第一歩を踏み出したんだ。

お読みいただき、ありがとうございました!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価をよろしくお願いします!

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