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議論と決断




 という訳で、案内されてやってきたのは、とある城の内部の一区画。というか、階層一つ丸々。


「ここの階全てが皆様のお部屋です。一人一部屋は用意いたしました。少し手狭になりますが、申し訳ありません」


 これで手狭?雪士のあちらの世界での自宅に喧嘩を売っているのだろうか。だいたい広さは同じくらいだった。少し悲しくなった。


「いえ、十分です。しかし、私たちは一度全員で少し話したいのですが、どこか話し合いに適した所はありませんか?」


「それならば、一番奥の部屋をお使いください。広間になっており、十分な広さかと」


「ありがとうございます」


「それから、これからについてですが、それぞれの部屋にこういうものが置いてあります」


 そう言って、アリエルが懐からピンポン玉サイズの水晶玉のようなものを出す。


「こちらは『話玉(はなしだま)』というもので、設定さえすれば、離れた相手とも会話できるものです。皆様の部屋にあるものは使用人たちへと連絡がいくようにしてあるので、御用の際は何なりとお申し付けください。それから、夕食の時間になりましたら、この玉から連絡いたしますので、あしからず」


「なるほど、それはどうやって使えばよろしいので?」


「手に握って玉に向かって話しかけるだけでかまいません。こちらからの連絡は置いておいても握っていても、聞くことができますので、心配ありません」


 要は、常にスピーカー状態の電話だ。慣れれば、思うだけで会話もできたりする。正直、聞かなくても雪士は知っているが、一応、聞いておかなくては不自然に思われるだろう。


「なるほど。他に覚えておくべきことはありますか?」


「いえ、今日のところは特にございません」


「そうですか。それは何より。案内感謝します」


「いえ、これも勇者様たち、いえ、世界のためですから」


 しかし、そんな言葉とは裏腹にアリエルはどこか納得していない雰囲気だった。勿論、口にも表情にも出していないが、何となく空気が重い。

 それに雪士は引っ掛かりを覚える。思えば、アリエルは最初からどこかおかしかった。

 最初は雪士の言葉の後に顔をしかめたので、無礼な物言いに対して、腹をたてたのかと思った。しかし、ギリバルとの会話でも雪士の物言いは変わらなかったにも関わらず、彼女は無表情、無反応だった。今にしてもそうだ。

 無表情でこそあるが、まるで何かを押し殺しているようだ。ギリバルとの会話の時は気付かなかったが、今思い出してみて、改めて気付く。


(どういうことだ?)


 雪士の中で疑問が渦巻くが、今は問いただすべきではない。今、優先すべきことはあくまで状況を整理し、生徒たちに把握してもらうこと。余計な情報は入れるべきではない。


「それでは私はこれで」


「ええ。重ね重ねありがとうございました」


 ペコリと頭を下げるアリエルを相変わらずの張り付けた笑みで見送ってやる。そのまま、アリエルの姿が視認できなくなるまで、目で追い、気配が消えるまでその場に留まり、去ったことを確認してから、ようやく生徒たちの方へと向き直る。


「とりあえず、これからのことを皆で相談したい。色々あって休みたいだろうが、必要なことだ。めんどいが、一番奥の部屋行くぞ。部屋割りとかも決めなきゃならねえしな」


「「「「「「はい」」」」」」


 雪士の言葉に生徒たちも同意を示し、返事をしないまでも裕武たちのグループも雪士の言っていることが正しく、たとえここで逆らっても他の生徒たちから不興を買うのは容易に理解できたいたようなので、渋々ながらも雪士の言葉に従った。




◆◆◆◆




 というわけで、奥の部屋にて集合したクラス全員。

 雪士は話す前に自らの頭の中で、何を言うべきで言わざるべきかを整理しつつ、


(【幻壁】)


 無詠唱で魔法を掛ける。実は、この魔法は生徒たちが混乱して、雪士が制した時にもこっそりと使っていたもので、効果は盗聴や盗撮などといった効果を示すあらゆる魔法を知覚誤認させる上級魔法だ。使用者と使用される側の実力差があればあるほど、効果は大きい。

 あの時、彩葵に対して「心配ない」といったのはこういう理由があったのだ。はぐらかしたまま、忘れてくれているといいが。


「さて、んじゃ、状況の整理だ。まずは呼ばれた理由。ま、これは予想できる。十中八九、お前らを戦力として組み込みたいんだろうな」


「え?でも、王様は救って欲しいって言ってましたよね。困ってるってことじゃないんですか?」


 雪士の言葉に光が疑問を投げかける。雪士はそれに対し何でもないように答える。


「国なんて年がら年中困ってるようなもんだ。それに助けてくれっつっても、俺たちはこの国のこともこの世界のこともなにも知らねえんだぜ?その前に知識やらなんやらが必要だろ。だったら、それを取り込む期間も必要だろ?少なくとも猶予があるか、もしくはそこまで急ぐ必要がない要件だと言える。ここから導き出されるのは一つ。自分たちに都合のいいように知識を放り込みつつ、戦力として組み込む。そんなとこだろうな」


「そんな………じゃあ、困ってるっていうのは嘘なんですか?」


「全部が全部じゃねえだろうな。恐らくは適度に真実を織り交ぜてる。じゃねえと、すぐにバレるからな。多分だけど、アイツ等が言ってた『魔族』、これは恐らくだが本当だ。そして、それがこの国にとって『敵』だっていうのもな。恐らくはコイツらにお前らをぶつける算段をしてるんだろうよ」


 光がショックを受けたように言い、雪士は自分の予想を答える。

 

「……じゃあ、雨谷先生はこれからどうするべきだと思っているんですか?」


 そこで、疑問を投げかけたのは姫川(ひめかわ)春香(はるか)。彼女は彩葵や千怜のような系統とは違う美少女であり、いわば、深窓の令嬢といった少女だった。品行方正で女子の学級委員も務める優等生だ。ちなみに光の幼馴染でもある。今まで、青い顔をして黙していたが、ここでようやく発言が出た。

 彼女が普段通りとまではいかなくとも、発言できるまでに落ち着いたことに雪士は教師として嬉しく思いつつ、表情には出さず、はっきりと答えた。


「しばらくは従っておくべきだと思う」


 その言葉に生徒たちは一様に怪訝な顔をする。相手が嘘を言って、自分たちを利用しようとしているのに、従えという。矛盾を感じずにはいられないのだろう。


「それは…なぜですか?」


 続けて質問する春香。


「だって、俺たちはアイツ等に教えてもらわない限り、何も知ることもできないから。嘘だと判断出来るだけの予備知識も何もなければ、反抗出来るだけの力も持っていない。最初から従うしか選択肢が残っていないんだよ」


「でも、王様は戦わなくてもいいって……」


「そうだな。一応言質はとった。じゃあ、聞くけどさ――」


 これから言うことがいかに残酷かを自覚しつつも、言わなければ進まない。それが教師として大人として、『勇者』として言わなければならない言葉だ。


「――それで無事だって、身の安全が確保されるっていう保証はどこにあるんだ?」


 雪士の言葉に生徒全員が絶句する。


「まあ、お前らは比較的そういう可能性は少ないと思うよ。魔力素養が高いだとか言ってたよな。つまりはそれだけ戦力になるってこととも取れる。利用価値があるのにわざわざ殺しはしねえだろ。一番可能性があるのは俺だろうな。アイツ等曰く、そこそこ高い程度しか魔力素養がない上に、あの発言だ。あの賢そうな王ならともかく、俺のことが気に食わない奴だっているだろうな。だとしたら、一部の過激な貴族たちが俺をお前らを従わせるための人質とするか、見せしめに殺すってのが一番ありえそうな話じゃねえか?」


 まあ、実際は雪士が一番魔力素養が高いのだが。そもそも、勇者時代から暗殺者との鬼ごっこなんてよくやっていた。来たら返り討ちにするだけだ。今更、暗殺者の一人や二人ものの数ではない。


「ユキちゃん、冗談きついよ……」


 彩葵がか細い声で反論する。他の生徒もこともなげに言う雪士にどう反応すればいいのか分からずに、困惑している。


「冗談じゃねえよ。状況はすこぶる悪い。お前らだって俺から政治教わってんだろ?中世とか見ろよ。貴族ってのはそういう生き物なの。気に食わなかったら、暗殺なんかで政敵殺したりなんてザラだぞ、ザラ」


「じゃあ、何でユキちゃんはそんなに暢気でいられるの!?もっと、危機感持ってよ!ユキちゃんのことでしょ!?」


「何でお前がキレてんだか……はあ、まあ、俺がこんなふうにヘラヘラしてんのは今はその心配がないからだ。来たその日に殺すとか流石にそんな真似はバカでもしねえだろ。少なくとも、お前らや俺の警戒心も解けてないのに殺すのは悪手だ」


「だから、なんでッ、そうやって!!「はいはい、彩葵、今はちょっと静かにしよっか。話は終わってないしね」ムグッ!ムググ!!」


 さらに何か言おうとする彩葵の口を千怜が半ば強引に塞ぐ。雪士は千怜の行動に内心感謝しつつ、未だにこちらに何か言いたげな様子の彩葵を無視して、話を進める。


「で、結論から言うけど、俺は相手の言葉を鵜呑みにしないように警戒した上で、この国やこの世界の知識を得る。これが俺の思う最善の方法だ。力をつけて、こちらの言い分を聞いてもらえるようにするってところか?だけど、お前らがどういう選択をしようと、俺は訓練を積んだところで意味がなさそうだから、本とか資料なんかで元の世界に帰る方法とか打開策を探そうと思ってる」


 本音を言えば、その程度の訓練をしたところで雪士にとってほとんど意味がないという方が正しい。勘を取り戻すためにも自主練をこっそりする必要はあるだろうが。


「で?あとはお前らがどうしたいかだ。全くの別世界に飛ばされて、教師の言うことだから従えだなんて言えないからな。行動を縛るわけにもいかんでしょうよ。あと、勤務外だし」


 正直なところ、今すぐにでもこいつらを見捨てて、自分一人で情報を集めるためにも行動したいところだが、もし、元の世界に帰った時のことを思うと、凄まじく面倒だが、ここで見捨てるわけにもいかないだろう。モンスターペアレントの餌食にはなりたくない。今の職場を折角手に入れたのだ。再び採用試験受けるとか心の底から御免こうむりたい。


「僕は…雨谷先生の言うことに従おうと思う。僕たちは学ぶべきだ。雨谷先生が危険に晒されているかもしれないのに見過ごすなんてできない。僕は雨谷先生を守るって誓ったんだ」


「ああ、なんて素晴らしいの…」

「光くん、抱いて!」

「リアルBLキター!!」

「まさに勇者だわ…」

「光くんに一生ついて行くわ!」

「ハァハァハァ……」


 だから、そういうのお前のことが好きな女(ヒロイン)に言ってくれる!?何!?俺、攻略の対象になってんの!?そう言いたいのを必死にこらえ、極力、無表情を保つ。

 それから、何人か鼻血を出している生徒の方々、先生は将来が心配です。自分の教育がそんなにも悪かったのだろうか。真剣にこれからの教育方針を検討し始める雪士。

 それから、何人かの生徒は先生を睨むのをやめなさい。先生は鈍感系主人公を巡るライバルじゃありません。極めてノーマルな人間です。


「ま、まあ、天条、その、なんだ、あくまで俺の予想だからそこまで真剣に考える必要はないぞ。むしろ、俺としてはお前らには自分たちの心配をして欲しいからな」


「はい、わかっています。まずは皇王様やアリエルさんに魔法や知識を教えてもらえるよう頼むんですね」


「OK、天条はそれでいいとして、ほかの皆は?別に俺の言うことだからって従う必要もねえんだぞ?」


「私もそれでいいかな…」

「俺も…」

「魔法とか使ってみたいし…」

「私もやってみよっかな…」

「フッ、どうやら俺の秘めたる力が解放される時が来たようだな…」

「チート補正キター」

「やった方が良さそうだし…」


 次々に上がる賛成の声。それは次第に、先程の雪士の言葉により重くなった空気を図らずも払拭した。


「他にはどうだ?反対意見とかねえのか?やりたくなかったら、やる必要はないんだぞ?」


 しかし、全員が雪士の言葉と相まって、アリエルの言った、「魔力素養が高い」といった言葉に希望を見出し、魔法という未知のものを学ぶことに対しての躊躇いはないようだった。

 反対意見がないという、彼らの状況に、心なしかの不安を抱えつつも、生徒全員が身を守る術を身に付けようとする意欲は正直ありがたかった。というより、雪士にとって、比較的都合が良かった。

 いくら、雪士が元『勇者』だとしても、生徒全員を守り続けるのはかなり厳しい。特に今の(・・)雪士では。

 ある程度は自分の身は自分で守ってもらわなければ困るのだ。

 この世界はそんなに優しくもなければ、甘くもない。そんな世界で生き抜きたいのなら力を得る機会を逃してはならない。勇者時代に嫌というほど学んだことだ。


 それからは部屋割りを決めることとなり、各々勝手に決めてもらった。

 光が雪士が一人でいることに心配そうにしていたが、何とか説き伏せ、了承させた。あと何部屋か余っているが、理由は考えないことにした。

 奥の部屋を除けば、来てしまった生徒、本来来るはずだった、召喚される前に雪士が蹴飛ばして教室から出させた生徒、そして雪士を合わせた人数が部屋数と一致していた理由を。 


(ホント、考えが腐ってやがる)


 せめて、『代償』に使われた人間がどうしようもないクズだとしても、確かめる術もない。もう、その人間は存在自体が消され、何一つ証拠も残っていないだろうから。


 それだけ考え、少しだけ仮眠を取るために目を閉じる。夜にはやらねばならないこともあるのだ。休める時に休んでおかなければ。



◆◆◆◆



 とある国での出来事。

 豪華な装飾品で彩られた部屋には二つの人影。


「女王陛下、メギド神皇国で、大規模召喚の魔力反応がありました」


 声の質から女性であることがわかる。彼女は事務的口調でそう言いつつも、不快感を露にした口調で、もう一人に報告する。


「ええ、気づいているわ。あの国、どこまで『勇者』を虚仮にすれば気が済むの……ッ!!」


 もう一人もまた女性。その声音には激しい憤りを感じられる。


「いかがなされますか?」


「至急、同盟国に通達を。この件は直接、問いたださねばならない事態よ。可能な限り早くね」


「御意です」


 そう言って、一人が部屋から去る。彼女が去ったのを確認したところで残された一人が深くため息をつく。 


「ホント、ダメね。アイツが、『勇者』がいたらなんて言われるかしら。約束一つも守れない馬鹿な女のことを。ねぇ、ユキト、あなたがいなくなっても、まだ人の業は終わらない。私、どうすればいいのかな……」


 女性、いや、未だ少女である彼女は悲しげにこの場にいない『彼』に語りかけた。『彼』がこの悲しい世界に再び降り立ったとも知らずに。








―――――そして、運命は動き出す。どこまでも『勇者』を巻き込んで。













2015/11/11 改稿

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