勇者と『勇者』
「さて、異世界からの来訪者の方々よ、お初にお目にかかる。我の名はギリバル=メギド。ここ、メギド神皇国で皇王を務めておる」
現れた初老の男は生徒たちに対し、丁寧な口調で話しかけつつも、どこか値踏みするような視線を向けていた。気付けた者は勘の良い人間だけだろうが。
その言葉に対し、生徒たちはどうしていいか分からず、困惑するが、雪士は動揺を微塵も見せることなく、ただその言葉に淡々と応じる。
「あなたが責任者で間違いありませんか?一度、そちらの方に聞いたところ、そのように言われたのですが」
そう言って雪士は、国王の傍に侍っていたアリエルの方にちらりと目を向ける。しかし、彼女は応じる素振りもなく、感情を表に出そうともせず、ただただ無機質な表情を浮かべていた。
「うむ。その認識で間違いはないだろう。そういう貴殿は、何者かな?見たところ、この者達の中で年長者といったところか?」
「そうですね。その認識で概ね間違いありません。私の名前は雨谷雪士。一応はこの団体の暫定的な代表者ということになります。それで?私たちはいつになったら解放されるのでしょうか?いくら、表面を取り繕ったとしてもこれは誘拐と同じことですよ?」
「貴様!皇王に対して、不敬であろう!!」
「よい。こちらはあくまでも『協力』をお願いしている側なのだ。彼の言葉は最もだろう」
雪士の言葉に国王の側に控えていた貴族らしき人物が激昂するが、それを王はすぐさま押しとどめた。
その行動に雪士は密かに感心する。この王は自らの立場の優位性を理解し、その上で『協力』という言葉でこちらの警戒心を和らげている。上手い手だ。正直、雪士も先程の言葉には賭けの部分も大分に含まれていたが、こちらの感情を冷静な態度で受けとめるくらいには、目の前の王は賢い人物のようだ。
それが雪士たちにとって幸か不幸かはわからないが。
一つ誤算があるとすれば、彼の優位性―—つまりは、こちらが現在の状況ではどうしようもなく、従うしかないこと――が雪士に対しては全く通用しないことだ。
感触も確かめた。ここなら『アレ』が使える。最悪、生徒たちを逃がすことくらいならできる。元の世界に戻れるかどうかはともかくとして、切り抜けるくらいはできるだろう。
「『協力』?先程そちらのお嬢さんが仰っていた『勇者』とやらのことですか?」
「うむ、その通りだ。有り体に言えば、私たちは今、ある重大な危機に直面しておる」
「危機、ですか」
「そう、それこそ我が国が滅びてしまう可能性のあるほどの重大な危機だ。そこで我らは古より伝わる、『勇者召喚の儀』を執り行った。ほかならぬこの国、いや、この世界を救ってもらうために」
「その結果、私たちがここに現れた、と?」
「その通りだ」
雪士は表情にこそ出さなかったが、内心では動揺していた。『勇者召喚の儀』。それは雪士にとってひどく懐かしい言葉だ。しかし、違う。これは『勇者召喚の儀』ではない。
何故か。それは簡単な話だ。『勇者召喚の儀』で呼ばれるのはたった『一人』なのだから。複数人。それもこんな大人数を召喚するほどの召喚陣。すなわち、これが意味するのは――
(コイツら、何人『生贄』にしやがった……!!)
雪士は久々に頭に血が上るくらいに内心憤りを感じていたが、それを無理矢理抑えつける。
召喚に関してだが、どんなものにも常に『代償』というものが存在する。魔獣や精霊などといったものを召喚する。こういう者達には、その後に『契約』も必要なのだが、それは割愛する。
その際に宝石や貴金属といった触媒や、魔力の供給などによる『代償』によって存在を喚び出す。しかし、『勇者召喚』の代償は『願い』だ。人々がそれを望んだ時に初めて『勇者』は現れる。ただし、『巫女』の血筋を継いだ者しか喚び出せない、という制約がつくが。
それなのに『勇者』?アリエルが『巫女』とでも言うつもりか?『巫女』にあんな白いなどという特徴などないし、『巫女』特有の特殊な力の流れも見当たらない。
それから導き出される答えは一つ。『異世界からの召喚』だ。自分たちと同じような『人間』を呼ぶためにこちらで同じ『人間』型の生き物を『代償』とする。代償の残酷さもさる事ながら、まるで関係のない人物まで召喚されることから非人道的とされ、この世界では表側の条文とはいえ、禁忌とされていたはずのものだ。
いや、一つだけ禁忌としていない国が雪士の記憶にあった。そう、確か宗教国家である――
「どうか、我がメギド神皇国を救って欲しい」
最悪だ。もし、雪士の『正体』がバレれば、間違いなく命を狙われる。いや、自分だけならともかく、問題は生徒たちだ。人質に取られれば救い出すのはかなり厄介だ。ヤバい。凄まじくこいつらを見捨てたくなってきた。
「ユキちゃん、今、すんごい不穏な気配を感じたんだけど?」
「気のせいだ」
雪士が後ろの生徒たちの方を向くと、彩葵が何か感づいたようで、ジト目でこちらを見てきた。勘のいい奴だ。
「大方、状況が面倒になったから、私たちに丸投げする算段でもつけてたんじゃない?」
千怜が呆れたような視線を雪士に向けつつ、口を開く。余計なこと言うな、馬鹿。そんなこと、ちょっとしか考えてなかったってのに。
そんな千怜の言葉を無視して、再びギリバルに向き直る。
「とにかく、私たちは解放されない、と?」
「その点については、申し訳なく思う。ただ、誤解のないように言っておけば、我らも貴殿らを元の世界に返す方法を知らんのだ。ただ、我らが怨敵、『魔族』の者ならばその方法も知っておるという話を聞いたことがある」
(堂々と嘘ついてんじゃねー、タコ!!)
魔族は確かに魔法に秀でてはいるが、大半が攻撃魔法やらなんやらの戦闘用しか研究などしていない。まあ、肉体強度も普通の人間の上をいくが、今はいいだろう。
ましてや、異世界人の召喚などというハイリスクローリターンなことをあの種族がやるはずもないのだ。
魔族はもともと魔力量が多いのだから、戦闘力も高い。『勇者』などのイレギュラーを除いて、わざわざ異世界人を呼び出すよりも、自らの子供たちを訓練したほうが余程効率も良い。
ギリバルが知らないだけ、というのもあるし、雪士がいない内にそういう研究にも手を出した魔族がいる、という可能性もあるにはあるが。後者はともかく、前者は怪しいものだ。
雪士は文句を言い出したい気持ちをグッとこらえ、表情に出すことなく、淡々と続けていく。
「つまりは元の世界に帰りたければ、その『魔族』とやらを倒せ、そう脅迫しているわけですね」
「あくまで『協力』だ。戦わずともできる限り、最低限の衣食住の保証は約束しよう」
(戦わずとも、ね。)
一応、信用できないながらも言質は取った。あとは生徒たちの意志も聞いておきたい。この辺で話を切り上げるべきだろうか。判断に困るところだ。情報は欲しいが、下手な発言は控えたいし、控えさせたい。
「答えはまた後日、でよろしいですか?彼らの意志も聞いて、意見もまとめたいので」
「構わぬ。しかし、その前にどの者が『勇者』であるのかだけでも確かめさせてもらっても良いだろうか?それだけで我らの励みになる」
(最低限、こいつらの言う『勇者』の協力だけは取り付けようって魂胆か…)
断ることもできるが、ここで断っても後回しになるだけであまり意味がないだろう。それならば、今了承して心証を良くしておくほうがいいだろう。だが、受けるのはあくまで生徒たちだ。自分じゃない。
「お前ら、皇王様はこう言ってるがどうする?別にやりたくなければそれでもいいと思うけど?」
「貴様っ!」
「ルシアス、落ち着け」
再び激昂する傍らの貴族を押しとどめるギリバル。雪士は今すぐここで目の前の貴族を血祭りに上げたい衝動に駆られつつも、生徒たちの言葉を待つ。
それに答えたのは、
「先生、僕は構いません」
天条光。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能を地で行き、鈍感属性まで付与されたクラスきっての主人公体質。ちなみに家もお金持ちです。サラサラッの茶髪が今日も映えますね。
雪士もアイツ等の言う『勇者』ならまず間違いなくコイツだろうな、と思ってしまうほどだ。
「そうか、他は?」
「光くんがいいなら私も…」
「じゃあ、私も…」
「私も大丈夫です」
「いいと思います」
そうやって次々と上がる声。最初は女子ばかりだったが、次第に男子からも上がるようになった。彩葵と千怜は悩んでいたが、雪士が止めなかったので、大丈夫だろうと思ってOKを出す。
「皆は大丈夫なようです。お受けいたします」
「うむ、そうか。では、アリエル、始めてくれ」
「はい」
そう言ってアリエルが雪士たちの前に立ち、
「紡ぐは我が手、指し示すは英雄の手。我が身に宿れ、【神眼】」
そう唱えると同時にアリエルの目が薄い緑色の光に覆われる。そして、生徒たち全員を見渡していく。やがて、雪士にも目を向けるが、その瞬間、アリエルは怪訝な顔をしたが、すぐに他のところへと目を向ける。
その反応に雪士は内心冷や汗をかくが、行った『誤魔化し』は完璧なはずだ。
そして、アリエルはゆっくりと口を開く。
「私の【神眼】によれば、ヒカル=テンジョウ様、あなたこそが勇者です」
そう言って、光に向かって深く頭を垂れるアリエル。その様子にクラスの生徒全員プラスα(光除く。雪士含む)は「ああ、やっぱりな」と言いたげな目をしていた。光本人はものすごく意外そうだったが。
「おお、そうか!勇者殿、いや、ヒカル殿と呼んでもよろしいかな?」
「あ、えっと、はい。アリエルさんも顔を上げてください。でも、どうして僕の名前を?」
「【神眼】は他者の様々な情報を読みとれる、『魔法』ですから」
「『魔法』!?この世界には『魔法』があるんですか!?」
「はい。ヒカル様方の世界にはなかったのですか?」
「え、ええ……」
「おいおい、マジかよ…」
「魔法って…」
「グフっ、グフフ、異世界召喚だ。それなら、僕にはフラグが…。グフッ、グフフ」
「はあ?どうせ、マジックとかだろ?」
「でも、なんか光ってたし…」
「呪文っぽいのも唱えてたし…」
「美少女ハァハァ」
「彩葵、またおっきくなったんじゃない?触らせてよ」
「うん、実は…って今は関係ないでしょ、千怜!?」
「巨乳死すべし」
「一生肩凝ってろ」
「え?あれ?何か私、責められてる?」
途中から何故か話が変わっていたが、雪士は我関せずを貫く。何だか、先程まで無表情だったアリエルの目も殺意に満ちていたのは気のせいだろう。確かにアリエルの胸は薄かったが。どんなにあっても、Bカップだろう。
そのアリエルは続けて口を開く。
「加えて、そこの牛ち…もとい、サキ=カミシロ様やここにいるほとんどの方々が高い魔力素養に恵まれています」
「ほとんど?どういうことだ、アリエル?」
「あれ?何か私、意味もなく責められかけなかった?」
ギリバルがアリエルの言葉に引っかかったようで疑問を呈す。勿論、涙目の彩葵の言葉は全員スルー。教師としてフォローしたほうがいいのか悩むところだ。というか、フォローしたら、セクハラだろ。これ。
すると、アリエルは雪士の方を向き、
「唯一、ユキト=アメタニ様だけが魔力素養がこの世界基準でも、多少高いだけ、のようです」
シン、とクラス全員が静まりかえる。雪士にしてみれば、「まあ、そうだろうな」位にしか思ってなかったが、周囲は徐々にその事実を認識したようで、侮蔑、嘲笑、戸惑い、哀れみ、様々な感情を宿した目を向けられる。ルシアスと呼ばれていた貴族がニヤけていたのには流石にイラッときた。後で、絶対泣かす。
しかし、そんな感情を表面上はおくびにも出さず、
「そう、ですか…」
さも、生徒を守れる力がないことを耐え忍ぶ、模範教師の演技をする。彩葵と千怜などを含めた幾人かの生徒は雪士の様子に怪訝な顔をする。勘のいい奴らだ。まあ、まずバレはしないだろうが。
確かに、【神眼】はあらゆる情報を読み取れる使える者の限られる、上位の魔法だが、それを誤魔化せる力を持つ者だってこの世にはいる。ただ、それは『勇者』や『魔王』などといった、ひと握りの存在だけだが。
雪士もこっそり『視た』が、アリエルはそれを見破れるほどの実力は持ってないし、可能性がある者こそいるが、クラスの生徒たちはまだ、魔法や魔力の使い方を身につけていない。
「雨谷先生、安心してください。僕が必ず助けてみせますから…」
いや、それお前に惚れてる女に言えよ!!と、見当違いのことを言う光に雪士は突っ込みたかったが、何とかしてそれをこらえて笑顔を浮かべる。引きつってたのはご愛嬌だ。
「さすが、光くんね!」
「ああ、なんて優しいの!」
「私、光くんについていくわ!」
「先生×生徒…アリね!」
「イケメン×フツメン…アリね!」
「笑顔…デレたわ!雨谷先生がデレた!」
「ああ、光くん…」
「カッコいい…」
「そこにシビれる、憧れるぅ!」
何故か生徒の何人かが鼻血を出していたり、息が荒かったのがいたが、極力見ないようにした。つーか、誰がフツメンだ。後で覚えてろよ。
「そうか…しかし、彼が代表者であることには変わりない。そうだろう?ユキト殿」
「あくまで今のところは、ですが。まあ、そうですね」
雪士としては、代表者など面倒なだけなので、今すぐにでも変わってもらっても構わないのだが。
「そうか。それでは客人の方々には本日は部屋を用意しているので、ゆっくり休んでくれ。案内役はアリエル、頼めるか?」
「御意です」
「それでは、互いに幸せになれるような決断をして頂ければ、幸いだ」
「できれば、ですけどね」
「そうかね。それでは失礼する」
最後にギリバルの言葉に挑発的な返しをする雪士にルシアスやらが三度激昂しようとしたが、その前にギリバルが立ち去ったので、渋々ついて行っていった。最後に見下すような嘲笑を向けてはいかれたが。この国から出るときには奴の家から根こそぎ財産を没収することを雪士は決意した。
ギリバルが立ち去り、部屋がシン、と静まりかえる。
「では、部屋へとご案内いたします。付いてきてください」
そう言ってアリエルがスタスタと歩いていくので、数瞬遅れて皆がついていく。
「つーか、あんだけ言ってて大したことないとか、チョーウケるよな」
「全くだ」
「マジ、ありえねえ」
「笑っちまうよな」
裕武とその取り巻きたちがクスクスと忍び笑いを漏らす。そこに千怜や彩葵などの幾人かの生徒が裕武たちを睨むが、「おおっ、怖っ」などと言って全く取り合う様子がない。
「ええっと、ユキちゃん、あんまり気にしなくてもいいと思うよ」
雪士は彩葵がそうフォローしようとする様子に苦笑しつつも、一応、「ありがとな」と感謝の気持ちを述べておく。
まあ、そもそも最初から気にしていないのだが。確かに裕武たちもまたなかなかの魔力素養を持っているが、光や彩葵、千怜の方が高い。雪士にしてみれば『その程度』の相手となら腐るほどしてきた。いわば、眼中にない。
しかし、そのことを誰一人として知らない。いや、知られるわけにはいかないのだ。そう、今はまだ。
――――自らが『勇者』であるということを。




