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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第四章

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彷徨いの先で②

 頭に角、背中に翼を生やし飛んでいたココとスピカは、森の奥に瞬く光の一歩手前で地に降り、周りを見上げた。

 近くから確認してみると、光はそれほどに強いものでも大きなものでもなかった。

 真っ暗な森の中だから分かりやすかっただけなのだろう。

 それは柔らかでほのかな、ふとすれば消えてしまいそうなほどに儚い灯りだった。


 二人で手を繋いだまま、ココとスピカは広がる光景に驚き、目を見開く。


「もしかして……せいれいさん?」


 茫然としたスピカの落としたつぶやきの通り、森の奥で光るのは薄衣をふわりふわりと揺らし、透ける身体を宙に翻らせる精霊達だ。

 大人の手のひらに乗ってしまうほどの小さな精霊たちが、何匹もこの一画に集まり、飛び交っている。

 夏の夜に瞬く蛍を思わせる、幻想的な灯りだった。


「どうしてこんなに? どうして、ひかってるの?」


二人の知っている精霊は、透けていて、触れば消えてしまう程に不確かであやふやなものなはず。

それなのに今の彼らは、己の存在を主張するかのような光を放っていた。


「あっ! ココ、まって!」

「だってスピカ、すごいよ! すごい、きれい!」


 その綺麗な光景の中へ、ココが躊躇うことなく足を踏み入れて行くものだから、スピカはおっかなびっくりしながら慌てて後を追った。繋いだ手が離れないように、強く握り直す。

『見たことの無いもの』に、スピカはどうしても及び腰になってしまう。

 反対に好奇心旺盛で何にでも突っ込んでいくココは、光る精霊に興味は尽きないらしく、つま先立ちになってウンと背伸びし、触れようと両手を伸ばしていた。

 だが精霊たちはココが追いかければ追いかけるほどに、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「あーあ」


 地に足を降ろしたままでは届かない場所に浮遊され、触られるのを嫌がっているようだと理解したココは唇を突き出しながらも追いかけるのをやめた。

 でもたとえ触れられなくても、とても弱い光であっても、暗い闇の中で暖かな明かりを灯してくれている精霊が作る光景には、魅了させられずにはいられなかった。

 

 太陽の下ほどにぽかぽかあったかな気分になるわけではないけれど。

 しかし先ほどまでとぼとぼと足元を見ながら、泣きそうな気分で歩くしかなかった、不安で仕方がなかった夜の闇の中で、唯一に安堵の息を吐ける場所であった。

 宙をそよぐ精霊の明かりにただただ目を奪われていたココの服の裾を、後ろから付いてきていたスピカがひいた。


「ねえ。このこたち、へん」

「え?」




 ……心地の良い夜闇の中での不自然な波紋を、黒竜であるスピカは敏感に察知した。

 

 おかしいと、直観で感じた。


 精霊達に何かが起こっている。

 何か引かれる力があるようにも感じないのに、ひとところにこれだけの数の精霊が集まっているだけでも変なのだ。

 ココはただ単純に綺麗だ、明るいと、喜んでいるけれど、この光景が異様(・・)なのだと、スピカには何となくわかった。


「なにかにひかれて、ここにいるのじゃないの?」


 ふと頭に上った可能性に、スピカは心臓がきゅっと痛くなった。

 何か、精霊が集まるような何かがここにあるのではなく。

 何かから逃げ、何かを避けてきて、ここまでたどり着いたのだとしたら。

 竜という、同じ世界に漂う力から生まれた、あるいみ同じ存在であるココの手を避けたことが、その証拠のような気がした。

 精霊たちは何かにおびえている。


「ねぇ、どうして、ここにいるの?」

『……っ、……――!』

『……。…………!!』


 精霊たちは、体の光を瞬かせ、人には聞こえない声で訴える。

 彼らが語るその話の内容に、ココとスピカは顔を見合わせ、そして眉を顰めた。


「こわいもの?」

「いたいもの?」

「それってなあに? それからにげて、ここまできたの? みんなで?」

『……っ!!』

『…………。………!』

「うーん? むずかしい。おれ、わかんないっ」

「おばかねー」

「スピカはわかったの?」

「う……」


 精霊たちが矢継早に話す内容は、幼子には少し難しかった。

 ココのぼやき通り、スピカも全てを理解できたわけではなかった。

 でも精霊にとって怖くて痛いものが有って、逃げて逃げて精霊たちはここまで来て、身を寄せ合って耐えているということは間違いないのだと、理解した。


「どうして、すいりゅうに、たすけてっていわないの?」

 

 精霊よりもよほど大きな力を持っている水竜がこの島には沢山いるのだ。

 あの水竜たちだって何か問題が起こっていのだと知れば、そしてそれが自分たちの里で起こっているのだと分かれば、動かざるを得ないだろうに。

 ふと浮かんだ疑問をスピカが尋ねると、何匹かの精霊はぱちぱちと目を瞬かせたあとに、首を傾げてみせた。


(そんなこと、かんがえたことなかったー。って、おかおね)


 どうやらここに集まっている精霊は、『考える』ということをあまりしない性質(たち)らしい。

 

「スピカ、どーするの? せいれいのこわいの、さがす? やっつける?」

「…………うー。……ほんとに、こわいのだったら?」

「う……」


 精霊たちがおびえ、逃げている何かが、自分たちにとっても怖い物だったらと考えれば、どうすればいいのかもう分からない。

 何に怖がっているのかが分からないのだ。

 得体のしれない巨大な化け物を想像してしまえば、スピカたちがそれに立ち向かう勇気を奮うことは難しかった。


(しぇーらママ……)


 困ったときに直ぐに頭に浮かぶのは、何時もながらシェイラの顔だった。

 今すぐにあの胸に飛び込んで『助けて』とすがりたい。

 でも、今どうやっても彼女の姿がこの場に現れるわけはないのだ。

 

 だって自分たちから、彼女に距離をとったのだから。 

 

「ううー……。いえでなんて、やめればよかったよ」


 一度思い出してしまえば、もう寂しさが止められなかった。

 じわじわ、じわじわと。恋しさが募れば募るほどに、胸が痛くなってくる。 


「あ!」


 眉を寄せ、歯の奥を噛みしめて立ち尽くしていたスピカの耳の横で、ココが突然大きな声を上げた。

 そして今まで固く繋いでいた手を、彼は放してしまう。


「ココ?」


 怪訝に思いながら声の方を向いてみると、ココが足元の何かを拾い上げ、スピカに両手に乗ったそれを見せてきた。

 ココの手のひらの上に横たわるものに、スピカは目を見開き、声を上げる。 


「え、どおしたの?」

「おちた……」


 精霊だった。

 広げたココの手の中でぐったりとしていて、僅かばかりに胸を上下させるだけで、あの軽やかに飛ぶ姿からはほど遠い。

 表情は明らかに苦しそうで、今にも消えてしまいそうなほどに、他の精霊よりも透けて見えた。

 

「あ」

「消えた……」


 ココの手の中にいた精霊は、「消えそう」と思った通り、直ぐに本当にあっという間に消えてしまった。

 苦しみながら、この世から……消えた。


 二人は茫然とした表情で無言のままで顔を見合わせる。

  

精霊は儚いもので、いつの間にか生まれいつの間にか消えていくものだ。

 竜であるココとスピカは、同じ自然の大気から存在する彼らのことを、何となく理解はしていた。

 精霊がこの世から消えることは、自然な、瞬きする間にすっと世界へ溶けてしまうかのように訪れるもので。

 こんなに苦しそうに足掻き、地面に落ち、力尽きるように迎えるものではないはずだった。

 なに?

 精霊達は、何におびえ、こんな森の奥まで逃げてきたのか。

 その何かが原因で、苦しみ消えたのか。


(ぜんぜんわかんない)


 スピカには、何がどうなっているのかまったく全然意味が分からない。

 でも。

 こうして弱り、苦しんでいる誰かを放っておくことは、出来なかった。

 スピカだけでなくココも、こんな状況で見放すほどに薄情な性格はしていない。

 精霊の消えた衝撃から、しばらくして立ち直った二人は、揃って顔を上げて頷き合う。

 

 その縦に瞳孔の入った竜の瞳は、普段よりも強い意志に満ちていた。


「スピカ、できる?」

「やってみる!」


 今は夜。 

 夜の闇を力の糧とするスピカにとって、一番に力を振いやすい時間帯でもある。

 やる気に満ちたスピカはココに少し離れて貰うように言ったあと、両手をそっと前へかかげた。

 

 飛び交う精霊達は、何かから逃げて来たためにおそらく全てが疲弊し弱っている。

 最後の命の時間を惜しむかのように、最後の力を振り絞るかのように、淡い光を放ち自らの存在を主張している。


「…………」


 スピカは僅かに瞼を伏せ、集中し、辺りを支配する夜の闇から優しい癒しの力をたくさん集めた。

 癒しの術を使ったのは過去にルブールの街で友達になったマイクという男の子の怪我を治したのが、最初で最後だ。

 世界に一匹しかいない黒竜の術を教えてくれる誰かはおらず、闇の術をどうして練習して良いのかも分からない。

 成功するかどうかなんてまったく分からないけれど、でも精いっぱい闇の力に集中した。

 

「よし! うーん、そおれっ!」


 スピカは一生懸命集めた闇で、辺りに飛び交う精霊達を包むように、手のひらから術を放つのだった。



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