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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第二章

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白き竜、目覚める時③

 見目にたがわぬ控えめなエミリアが恐縮するも、弁償か招待のどちらかをと頼み、結局空の塔での春呼びの観賞と言うことになった。

 ミネリアも一緒に目当てのジェラートを食べ、いくらかの店をのぞいたあと、シェイラたちは王城へと戻る。


 招待客が大勢集まり、宴が行われている南側の正面広間を避け、東に面した星空の門から馬車を進めてもらう。

 そこからしばらく走り、いくつかの区画を抜けたあとに馬車を下ろしてもらうと、またいくつかの建物の間を歩いて通り抜けた。

 城の奥の奥の奥。

 人気のない、空の塔へとシェイラはみんなを案内した。


「空の塔……、本当にあるのねぇ」


 古びた堅牢な塔を見上げ、ユーラが感心した風に感嘆の息を吐く。

 有名だけれど、噂でしか知られていない空の塔。

 普通の人では縁をもつことのない、人が作った竜のための場所。

 王城の中でもいくつも建物を隔てた奥の方にあることと、目立たないように位置を計算して建物や樹木を植えたりもされている様で、やはり許可を得て奥まで立ち入れるものしかそれを見ることができないのだ。


「物語の中みたいね」


 小説や演劇の中でもよくでてくる塔に歓声を上げるユーラ。

 その声でシェイラたちの存在に塔の門番たちが気付いたらしい。

 

「シェイラ様。話は伺っております」

「はい。よろしくお願いします」


 シェイラと竜達は無条件で塔への立ち入りは許可されている。

 今日は他にシェイラの連れであるなら入塔を許すように、アウラットが話を通してくれているはずだった。

 本当は竜達の春呼びが行われる真下の位置になる、正面広間での宴に参加すれば良いのではと打診もうけていた。

 けれど小さな子供もいることから、できれば人ごみのない静かな場所で見たいというシェイラの願いをかなえてくれたのだ。


(あとでもう一度お礼を言っておかないと)


 心遣いがありがたい。

 そしてもうすぐ始まる竜達の春呼びが楽しみで、シェイラの表情は緩みっぱなしだった。

 普段とは違う締まりのなさすぎる表情のシェイラに不思議そうに伺いながらも、二人の兵は丁寧な仕草で重い鉄扉を開けてくれる。


「アウラット王子殿下から許可は出ておりますのでお連れ様もお通りくださってかまいません。ただお連れ様のご令嬢方の氏名だけ控えさせて頂きますが」

「はい。ユーラ・ストヴェール。ストヴェール子爵家の次女になります」

「わ、私はバレッツ村の村長の娘のミネリアと申します」

「了解しました。ではお通りくださいませ」


 開いた鉄扉から、シェイラたちは中へと踏み入る。


「こっちよ」


 きょろきょろと珍しそうに塔の中を見回しているユーラとミネリアを階段へと促した。


「うぅぅ」

「スピカ?」


 見知らぬ場所に困惑したのか、スピカがシェイラの足に引っ付いてきた。


「大丈夫よ。ほら、いらっしゃい?」

「ママぁ」


 両手を伸ばしてきたスピカを抱き上げると、シェイラたちは一段一段石造りの階段を上がっていく。

 ココは階段なんて面倒くさいとばかりに翼を出して飛んで行ってしまった。

 

「わぁぁぁ!本当に高い!」

「素敵ですね!お城の中だから、城の上空で行われる春呼びもとても近くから見られるでしょうし。本当に有難うございます」


 ずっと堅い表情だったミネリアも、緊張が解けてきたようで綻んだ顔を見せてくれる。


「そんな。お詫びなのだからお礼なんて言わないで。と、言うか少し強引だったかしら」

「いいえ!そんな!とても楽しみです」

「よかった…」


 それまでシェイラたちの護衛としてついてくれていた衛兵も、塔の扉前で待機するということだった。

 ミネリアが緊張していたのは大柄で無口な男性がずっとすぐ後ろについていたからでもあるのだろう。

 長い螺旋階段を昇りながら、シェイラとユーラ、ミネリアはお喋りを楽しんだ。

 あそこの店のお菓子が美味しいとか、今はやりのドレスのデザインだとか、年頃の女の子ならではの何の気もない話ばかり。

 城ではそういう話をできる、普通の女の子が居なかったから、久しぶりの感覚で、シェイもいつも以上に饒舌になってしまう。


 お喋りに夢中になっていると、いつも一人で一生懸命昇っている階段がひどく短く感じた。

 ジンジャー・クッキーと書かれた研究室の前では、そのプレートの名前を見た二人から「美味しそう……」と言う感想があがった。やはり同じ年頃の子、思うことは同じのようだ。

 あっと言う間にたどり着いた屋上。

 閉じられた扉をくぐると、円状の広い場所に出る。

 何もない殺風景な場所だけれど、髪をさらう春の風は心地よく、眼下に広がる景色に魅せられる。 


「ふわぁぁぁ」


「ほら、スピカ。怖くないでしょう?」

 

 ずうっと抱きかかえていたスピカを下ろすと、すでに到着していたココが寄ってくる。

 まだシェイラの足にすがろうとしてスピカは、とたんにその手を放して背筋をただす。

 甘えたになっているところをココに見られるとからかわれると思ったのだ。

 シェイラは頬を緩めて子供たちの頭をなでた。


「あっ!飛んだわ!」


 広場の方から、竜達が飛び立った。

 ユーラの指指す方向を振り向くとその先には地上から青い大空へとぐんぐん昇っていく、四匹の竜。

 

「っ……」


 シェイラは一瞬、空へと羽ばたいていく火竜の姿をとったソウマと目があった気がした。

 

(気のせいかも知れないけれど)


 でもどきり大きく跳ねた心臓はごまかせない。


「大きいわ。竜ってこんなに大きかったのね」

「本当に。とても大きいです。毎年見る空を飛んでいる姿も、遠目ながらも大きいと感じていましたが。広場からここまでの距離も結構なものなのに、それでもやはりいつも感じるのよりずっと大きい。綺麗で、神秘的で…なんというか。その……」

「わかるわ」


 言葉に言い表せられないほどの、圧倒的な存在感。

 聖獣や、神からの使いと称されることもあるけれど、それを信じてしまいたくなるほどの荘厳な雰囲気。

 一枚一枚の鱗が太陽の光に反射して、その大きな体躯が輝いているかのようで、彼らを一層手の届かない天上の生き物に変える。


「………」

「……」

「………」


 見入って言葉をも失うシェイラたちの視線の先で、四匹の竜達は並んで弧を描き飛び続ける。

 春の精霊との春呼びが始まったようだ。

 竜達は様々な方向へと散らばって、回転したり身をひるがえしたり、時には大きな唸り声をあげたりする。まるで空を踊っているかのようだった。

 しばらくすると、自然に吹くのとは明らかに違う暖かく柔らかな風が吹きあがる。

 優しい風が人々の頬や髪をなで、地上に生える草や花々を揺らす。

 絶え間なくそよぐ緩やかな風にのり、ひらりひらりと降り注ぐのは色とりどりの花びらだった。

 たくさんの様々な種類の花びらが王都へと降り注ぐ。

 それは竜の術と春の精の力が合わさって作り出された花々。

 雲一つない青い空にカラフルなそれらは鮮やかに映え、この世のものとは思えない美しい幻想的な景色が人々の目を圧倒する。


「ふあー」

「おぉーーー……」


 初めてこの光景を見るスピカとココは、口をあんぐりと開けて呆けていた。

 丸く見開いた目が、驚きと感動で輝いている。


(よかった)


 シェイラの一番好きな光景を、大切な子達に見せてあげることができた。

 知ってほしかった感動的な美しさを、共有することができた。

 シェイラは満たされる気分で、花びらを降らせている竜たちの姿を目で追った。


「あ、れ…?」

「どうしたの、お姉様」

「今、なにか見えたような……」

「なにか?」

 

 首を傾げたシェイラと一緒に、ユーラも首を傾げた。

 シェイラの視界をよぎったのは、翻る桃色の薄衣だったような気がする。

 でも瞬きをする間にそれは消えてしまって、よくわからない。


(見間違い?)


「しぇーら、しぇーら!」


 興奮に頬を赤らめたココとスピカが、握った手をぶんぶん振り回し、飛び跳ねた。


「どうしたの?」

「はるのせいれいさんが!よろしくって!」

「こんにちはって!」

「あたまなでてくれたのよ!」


 口早に話す二匹の台詞に、シェイラが目を瞬かせる。


「…さっきの?」


 純粋な竜であるココとスピカには、はっきりと精霊の姿が見えるのだろう。

 でも確かに、一瞬だけどシェイラにも見えた。

 美しく透き通るような、桃色の薄衣。


「なにそれ、お姉様に春の精が見えたとでもいうの?」


(っ……)


 ユーラの声が、シェイラの胸に突き刺さる。

 悪気はないのだろうが、その台詞にはあり得るはずがないと言う強い否定が確かに含まれていた。

 また、重ねなくてはならない嘘が増えてしまう。

 シェイラは小さく息をのんでから、ユーラに笑ってみせた。


「そうね。きっと降ってくる花びらを変に見間違えたのね」

「……お姉さま?」


 シェイラの笑顔が不自然だったのだろうか。

 ユーラが怪訝な表情を浮かべている。

 シェイラはごまかす風にユーラから視線を外し、すぐそばにいるミネリアの方を向いた。


(ミネリア、様……?)


 彼女の様子がおかしいと、気付いた時にはもう遅かった。

 ユーラのすぐ後ろに立っていたミネリアは、両手で思いっきりユーラの背中を突き飛ばす。

 塔の屋上には柵はない。

 ユーラは端の方に立っていた。

 

「え」


 ぐらりと揺れたユーラの足が、地から離れた。

  

「ユーラ!」


 ――――落ちる。


 この高い塔から落ちてしまえば、ひとたまりもない。

 シェイラは慌ててユーラへと手を伸ばしたけれど、それは空しく空を切るだけだった。

 シェイラの目の前でユーラの身体は呆気なく宙に舞い落ちていく。


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