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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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血と選択②

 深い眠りの中からシェイラを目覚めさせたのは、遠くに聞こえるココの楽しそうな笑い声。


「……ん。ココ?」


 身を起して、ベッドの上から慣れない部屋の中を見渡したけれど、ココの姿はなかった。

 笑い声を辿っていくと、カーテンに遮られた窓の向こうからそれが聞こえてきていることに気付く。

 カーテンを開けると、白い雪に反射した眩しいくらいの朝日。

 シェイラは思わず目の上に手をあてて、窓越しに外を眺めた。

 シェイラが借りている部屋は2階で、地上の様子が良く見える。


「元気ね」


 コートをはおって白いマフラーを巻き、ユーラの編んだ帽子とメルダの編んだ手袋までつけた全体的にもこもこしたココを見つけた。

 すぐそばにはシェイラの祖母であるレイヴェルが立っていて、どうやら今日も朝からココの面倒を見てくれているらしい。


「さすがにずっと任せっぱなしは悪いわ」


 親代わりとしてココの傍にいると決めた身としては、任せてしまって申しわけないと思う。


「でも、凄く楽しそうなのよね」


 同時に、ココがシェイラ無しでも楽しそうにしている所をみてほんの少しだけ複雑だった。

 城では侍女や衛兵、アウラットやクリスティーネたちと言った沢山の人がココを見てくれていたけれど、それでも事あるごとにシェイラの姿を探してぐずっていたと聞く。

 なのに、昨日の夕方からずっと任せっぱなしの状態でも、ココは何の不安も感じずにレイヴェルと一緒に楽しそうで。


「お祖母様は子供をあやすのがお上手なのかしら……早く着替えてしまいましょう」


 ぎゅっと抱きしめたあとの大好きの言葉が欲しくて、シェイラは急いで夜着を着がえることにした。


* * * *


 朝の身支度を済ませて階段を降りようとしたシェイラは、ソウマの事を思い出して足を止める。


「やっぱりお疲れよね」


 ソウマはシェイラの隣の部屋を借りたはずだ。

 今のいままで物音ひとつ聞こえなかったから、きっとまだ寝ているのだろう。

 ソウマの部屋の扉をを見て、眉間にしわを寄せてしばらく悩んだままその場に突っ立ってしまう。。


(ゆっくり寝ていたいでしょうし、きっと迷惑…)


 そう心の中で思いながらも、気が付けば扉の前まで動いて来てしまった。

 我慢の効かない自分が恥ずかしくて、シェイラはその場で一人で顔を赤らめる。


「…………」


 指の甲でそっと…ほんの小さな音のノックをしてみた。


「……でない」


 何度か躊躇(ちゅうちょ)したけれど、結局心配で、シェイラはゆっくりとドアノブを回して戸を開けた。

 隙間から顔だけ覗き込んで見る。

 それほど広い部屋でないから、ベッドに眠るソウマの姿は簡単に確認できた。

 カーテンも開けていないために暗くて顔までは良く見えなかったけれど。


「普通に眠ってらっしゃるわ」


 シェイラはほっと安堵の息を吐く。

 ソウマの大きな体では、普通のシングルサイズのベッドだと少し窮屈のようにも見えたけれど、とりあえずは呼吸も一定のようだし、深く眠っているだった。

 慎重に音をたてないようにゆっくりと戸を締め直したシェイラはもう一度息を吐いて、囁いた。


「良かった。空を飛ぶのにどれだけ疲れるのかがいまいち把握出来ていないから、身体を壊されていたらどうしようかと思ったわ」


 それに昨日は本当に顔色が悪かった。


(だからと言って勝手に部屋を覗いていいわけではないのに…)


 安心すると同時にマナー違反をしてしまった後悔もしながら、シェイラは1段1段階段を降りていった。


* * * *



「あ、しぇーら!」

「ココ、おはよう。早いのね」


 玄関から一歩出たシェイラを見つけるなり、ココは表情を輝かせて寄って来た。

 白い息を吐きながらかがんだシェイラの胸に飛び込んできたココを、シェイラはきゅっと抱きしめる。

 小さな身体を抱きしめまま、そばにいるレイを見上げた。


「おはようございます、お祖母様」

「おはよう、シェイラ。もっとゆっくりしていても良かったのに。疲れはとれたかしら?」

「ぐっすり眠らせていただけたので大丈夫です。ココを任せてしまってすみません」

「いいえ。メルダのこれくらいの頃を思い出して、とっても楽しかったわ」

「お母様の?」


 母の名を呼ぶ優しい声を聞けば、やっぱり彼女は自分の祖母なのだと実感する。

 おっとりぼんやりした感じのどこか浮世離れした雰囲気のメルダより、レイは明るい雰囲気の人。


「お母様の子供の頃のはなしって、あまり聞いたことがないんです。どんな子供だったんですか?」


 シェイラがそう尋ねている間に、ココは身をよじって腕の中から逃げ出してしまった。

 どうやら遊び足りないみたいで、とび跳ねながら雪のかたまりへ突進していく。

 見守りつつもまげていた膝を伸ばして、祖母と同じ視線の高さで対話する。

 祖母レイヴェルは、昔を懐かしむかのような遠い目をして優しく微笑んでいた。


「メルダはねぇ、大人しい子だったわ。この辺りは他に家が無いでしょう?だからいつも独り遊びをしていて、寂しい子供時代を過ごさせてしまったかもしれないわね。でも器用だったから、冬には必ず雪でどうぶつの形なんかを作って遊んでいたのよ」


 それは想像が出来る。

 今でも母メルダは夜会や茶会など人前に出ることはあまり好きではないみたいで、家の中で編物や刺繍ばかりしているから。


「でもあっと言う間に大きくなって、14歳になってすぐの頃にたまたま隣国からネイファへ帰る途中だったあなたのお父様が我が家へ1泊することになったの。たった1晩で何があったのか、そのままストヴェールに着いていてしまった」

「お母様がそんなことを?」

「驚いたわ。まぁ根が頑固な子だから止めても無駄だったでしょうし、幸せになりなさいって言って見送ったわ。主人は随分複雑そうだったけれどね……でもこんな所に住んでいれば、次のご縁があるかどうかわからないもの」

「…………」


 そんなに即決で結婚を決めたなんて、おっとりとした性格の母からは想像もつかない。

 レイヴェルは目じりの皺を深くして、シェイラの顔を優しく覗き込む。

 そしてゆっくりと伸ばした手で、シェイラの手にそっとふれた。

 懐かしむように、いつくしむような表情で。


「あなたのような娘がいるのですもの、きっと幸せな結婚が出来たのね」

「お祖母様…」


 会ったばかりでお互いにどこか距離の会ったシェイラとレイヴェルとの距離が、あっと言う間に近づいた。

 レイヴェルと向かい合ってほほ笑みあっていると、コートの裾を惹かれてシェイラは足元を見る。

 いつのまにか戻ってたココが、手のひらに小さな雪の玉を2つのせていた。

 炭の欠片を埋めて目にみたてた、どこかとぼけた顔の雪だるまだった。


「みてみて、しぇーら!ゆきだゆま作ったのー」

「とっても上手ね」


 帽子の上から頭をなでるとココは「えへへ」とはにかんで笑った。


(火竜って寒さに弱いはずなのに。子供の好奇心は寒さにも勝るらしいわ)


 赤くなったふくふくの頬を、家から出たばかりでまだ冷えていない暖かい手で挟む。

 ひやりとした感覚から、きっと夢中で長いこと遊んでいたのだろう。

 ココは頬をペタリとシェイラの手につけてすりよってきた。


「あったかぁい」

「ココは冷たいわ。そろそろお家の中へ入りましょう?」

「んんー…」


 これ以上に身体を冷やすと風邪をひかせるかもしれないと、シェイラは家の中に誘った。

 けれどココは少し悩むようなそぶりを見せてから、思いっきり首を横へ降る。


「もうちょっと遊ぶの」

「……もうちょっと?どれくらい?」

「えーっと、あ!だるま!ゆきだるまもう1こつくる!」

「うーん…」

「おねがーいっ」


 シェイラは片手を腰に当てて、もう片方の手は顔の前で人差し指をたてる。

 ついでに怖い顔を作って厳しい声で言い聞かせた。


「本当にもうひとつだけよ?約束ね」

「うんっ。やくそく!」


 そう言ってココは、雪を集めるためにまた駆けていく。


 結局もう1つ雪だるまを作ってもココは「もう一つ、もう一つ」と駄々をこねたから、シェイラは少し叱って抱きかかえて家の中へ連れ帰ることになった。

 玄関の扉を開けながら、レイヴェルはふと思い出したようにシェイラを振り返る。


「そう言えば、竜に乗ってくるくらいだから何か用があって来たのよね」

「あ…はい。お母様とお父様が、会いに行けと」

「私に?どうして」


 レイヴェルは心底不思議そうに首をかしげて見せる。


「これからも竜の傍にいたいなら、そうしなさいと言うことなのですが…」


 シェイラは家でかわした父と母の会話のことを、ココのコートを脱がせながら説明する。

 レイヴェルは何度か頷きながら、それを聞いてくれた。


「マフラーも帽子も雪だらけね、ココ」

「つめたー」

「しっかり暖まらないと風邪をひくわ。暖炉のある室で朝食にしましょう」

「ココの脱いだものも暖炉で乾かさせて貰っていいですか?」

「えぇ、もちろん。……それと」


 レイヴェルはさっきまでの穏やかな表情を一変させて、ひどく真面目な表情をして、シェイラを見据えて言った。


「あなたの話を聞く限り、私はとても大切な話をしなければならないみたいね、シェイラ」

「え…?」


 レイヴェルは頬に手をあててため息をはいた。


「メルダったら、まさか私に丸投げなんて。まぁ説明するより実際に見た方が良いってのは分かるけれど」

「お祖母様?」


 意味が分からず首をかしげるシェイラが口をひらこうとした時。

 ふいに階段を踏む音が聞こえてきて、見るとソウマがはねた赤い髪を撫でつけながらおりてくるところだった。

 1階におりる数段手前で、彼はシェイラ達の存在に気が付いて顔を上げる。


「おはよ。外に行っていたのか?寒いのに元気だなー」

「そーまだー!」


 ココが歓声を上げてソウマへと飛びついた。


「おはようございます。もう平気ですか?」

「おう。元気元気。一晩寝れば大丈夫って言っただろう」


 そう言って歯を見せてにっと笑うソウマは本当にいつもどおりの様子で顔色も良いし疲れている様子もない。

 結構な勢いで飛びついたココのことも、あっさりと受け止めている。

 シェイラもその様子に安堵したところで、レイヴェルがぱちんと手を合わせてその場にいたみんなの注目を集めた。


「それじゃあ皆でお茶をいただいて。それから地下へ行きましょうか」

「「地下?」」


 シェイラとソウマの声がかぶさる。


「地下になにかあるのか?」


 ソウマがココを抱き上げながらたずねてきた。

 やって来たばかりで事態が飲み込めていないのだから当然だろう。

 シェイラだっていまいちレイヴェルが何をしたいのかを理解できないでいるのに。


 レイヴェルは人差し指を唇へとあてて、どうしてか凄く楽しそうに周りを見回した。


「我が家のひみつ、かしら」




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