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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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空向こうにあるもの③

「…と、言うことでセブランへ行く許可をいただけますでしょうか」


 翌日の昼過ぎに王城へ帰ってきたシェイラは、アウラットがいくつか持つ私室のひとつでアウラットとソウマとテーブルを囲みお茶をしながら、セブラン行きのことを説明していた。

 ココはシェイラの隣に座ってお菓子を頬張っている。

 アウラットはティーカップにミルクを落としつつ口を開いた。


「シェイラがセブランに行くことを止めるつもりはないけれど。ココも一緒に行くつもりなんだな?」

「はい、できれば」


 アウラットは眉に眉間を寄せて、息を吐く。

 あまり乗り気ではないみたいだ。


「……火竜は寒さに弱い。冬になろうとしているこの時機に北のセブランのような場所に連れて行くのは…。シェイラが行っている間、別の世話係に任せた方が良いのではないか?」


 初めはシェイラにココが大きくなるまでは離れられないと嘘まで言って傍に付けさせようといたアウラットが、今回は置いていけと言う。

彼の言動の変わりように首をかしげながらもシェイラはどうしようかと悩んだ。


(……ココの為にはやっぱり置いて行った方がいいのかしら)


 セブランまで馬車で行って帰るだけでも2か月か3ヶ月。

 さらに雪に閉ざされてしまえばいつ帰れるかもわからない。

 幼い竜への負担を考えれば躊躇してしまう。でも母の様子からして、セブランで祖母に会うことには非常に大きな意味があるらしく、シェイラは一人であっても行かないわけにはいかない。それも出来るだけ早くに。

 

 しかしアウラットの意見にいち早く反応したのはココだった。

 頬を膨らませて、口元にお菓子のかけらをくっつけながらも身を乗り出す。


「いーや!しぇーらといっしょに行くー!」

「…………」


 竜の行動を人が制限することは出来ない。

 人と竜が一つの国の中で平穏に共存していくためには、お互いの拘束や束縛はご法度だった。

 安全のためにココに普段は城内から出ないようには言い聞かせているものの、それにも絶対的な強制力があるわけではない。

 ココが行きたいと声にだした時点で、もうココがセブランへ行くことは決定したようなものだ。


 ソウマがさっきまでのココと同じくらい幸せそうな顔でドーナッツを頬張りながら、シェイラへと目を向ける。


「送っていってやろうか?」

「はい?」

「乗せてってやるよ。竜の背に乗っていけばあっと言う間だろう」


 ソウマの突然の申し出に、シェイラは驚いて顔を上げる。


「竜の、背に…?」


 竜の背にのり、大空を自由に飛ぶこと。

 それはシェイラの子供のころからの夢。

 いつの日かココが大きくなった時に叶うかもしれないなんて、ひっそりと思っていたのだが。

 ソウマが叶えてくれるというのだ。それもものすごくあっさりと。


「竜の背にのって空を飛ばせていただけるのですか?私が?本当に?」


 シェイラの目があまりに輝やいていたのだろうか。


「ぶっ!」


 ソウマが何とも言えない表情で吹き出した。


「怖がらないんだ?空を飛ぶなんて、夢見る子供はいても現実になれば大抵の者が怖気づくぞ?なにせ手綱一つ無いんだ」

「そんなの有り得ません」

「その考えが珍しい。たいていの人間は落ちた時を想像してしまうんだろうな」

「でも、竜との信頼関係があれば落ちるなんて絶対にないでしょう?」


 そのきっぱりとした台詞に、ソウマはまた笑いを漏らす。


 シェイラは竜と一つになって大空を飛ぶ所を想像しても、うっかり落ちてしまったところを想像なんてしない。

 もし滑り落ちてしまったとしても、竜ならすかさず助けてくれるという絶対的な竜への信頼がシェイラの中にはあった。

 空を飛ぶ竜使いたちもまた、上空で己を守る竜を信じているからこそ、雲の上まで行っても余裕でいられるのだ。


「まぁ、ソウマが行けばココの守りにもなるだろうし。日程は短い方が負担も少ないか」


 ソウマの同行があることで安心したのか、アウラットは少し考えるようなしぐさをした後に、ゆっくりと頷いた。




* * * *




「まさかシェイラを乗せると言いだすとは、思わなかった」


 城内を歩く人もまばらになり、静まりかえった深夜。

 アウラットは自分の室でソウマと共に暖炉の前のソファに腰かけ、酒を飲み交わしていた。

 ソウマはアウラットの台詞に、苦虫をかみつぶしたような表情を見せて視線を逸らす。


「なんだよ今頃。さっきは普通に賛成していたじゃないか」

「あれでも内心ずいぶん驚いてたさ」


 アウラットはひょいと肩を竦めて、苦笑した。

 竜がしたいという事を止める権利は持っていない。

 束縛も、強制も出来ない。竜が自由に生きる場所を差し出すことと引き換えに、竜達はネイファを守護してくれている。

 ココがシェイラと一緒に行きたいと望み、ソウマも同行しようと言いだした時点で、アウラットに止める術はなかった。 

 

「よほどシェイラを気に入ったのか?」

「……火竜の子を育ててもらってるからな。感謝はしている」

「本当にそれだけ」

「何が言いたいんだよ」


 手に持った色硝子で出来た杯を豪快に仰ぎながら、ソウマが目を鋭く細めてきた。

 苛立っている。と一目で分かるその表情が物語っている。

 竜を本気で怒らせてしまえばその力で、人の首など一ひねりで折ってしまえるだろう。

 ひしひしと感じるのは、丸腰で腹を空かせた獅子に出会ってしまったかのような威圧感。

 しかし旧知の中であるアウラットがソウマにひるむことはない。

 まだ警告の段階なのは見て分かる。

 杯の縁を指でなぞりつつ、面白げに目元を細める。


「分かるだろう?シェイラを女性として見てるのでは?」

「お前なぁ…。なんでそっち方面に持っていきたがるんだよ」

「それくらい珍しいと言っているんだ。この城でもう20年近く過ごしているくせに、ソウマは私以外に親しい人間を一人もつくらなかった。それを背に乗せて旅をするほど気に入る女性が現れた。しかも年若く可愛らしい少女ときた」


 竜が人を背に乗せるのは、よほど相手のことを信頼していなければありえないことだ。

 気を使って自由に飛びまわることも出来なくなるし、落とさないようにとずっと神経を張って居なければならない。

 ある程度の繋がりが常時している契約者を乗せるのでないのだから、飛行は余計に不安定になるはず。

 なかなかに体力と精神を消耗することなのだ。

 だから先日シェイラとココとともにロワイスの森に出かけたときも、ソウマは普通に馬車を使って移動したのに。

 今回は何のてらいもなく『背に乗っていけばいい』と言いだした。

 アウラットの知る限り、ソウマが自分以外を乗せるのは初めてのことだ。


「有り得ない」


ソウマが暖炉の火を赤い目にうつしながら、きっぱりと言う。


「それは、違うからか?」


 何度も聞いた。人と竜の境界線を超えてはいけないと。そういうものなのだと。


「そうだ。人と竜は絶対的に違う生き物だ。生きる国が違うとか、宗教が違うとか、身分が違うとか、そういう問題ではなく、すべてが違う。恋愛対象になることは、有り得ないことだ」


 本来、竜は恋をしない生き物だ。

 つがいとは力の大きさや繁殖能力で決めるもの。

 間違っても情で選ぶものではないと言うのが彼らの考えらしい。


 契約と言う形で人との心のつながりを望んでおきながら、反して生涯を共にする婚姻関係を人と結ぶことには酷く躊躇する竜たち。


(どう違うのか、私にはさっぱり分からないんだが)


 人との『友情』は歓迎するのに、人との『恋』にはひどく脅えている。

 どちらも同じくらいの絆の繋がりの深さだと、アウラットは思う。

 しかし竜にとってはその2つの関係の間には、とてもとても高い壁があるらしい。

 その狂おしい恋情を得ることが、余程怖いのだろうか。


「まぁ、お前の好きにすればいいけどな」


 アウラットは釣れない態度の相手にため息を吐いて、話はこれでおしまいだとばかりに持っている杯をソウマの手にする杯にあてた。

 キン、と小さくも高く透明な音がなる。

 あからさまにほっと肩の力がぬけたソウマの様子に、やっぱり気になっているんじゃないかと問いかけそうになったが、これ以上の追及は本気で怒らせそうなので黙っていることにした。



「…っていうか、お前。シェイラのこと嫌いなら放って置けばいいじゃないか。なんでわざざわ話を引っ張ってくるんだか」


  大人しく杯の中身を口に含もうとしてたアウラットは目を見張って顔を上げた。

 終わらせたと思った彼女に関する話題を、今度はソウマから振ってきた。

 傍らの竜と視線が交わると、相手は喉の奥を慣らして苦笑する。


「シェイラの守りが浅い。彼女を人質にでもされればあっさりココを持って行かれる可能性さえあるのに」

「…………」


 ココ単体では、もう自分の身を守れる力は付いている。

 よほど大人数でないかぎりは火の玉でも出せば反撃できるだろう。

 でも一緒にいるシェイラを守れるほどではない。


「見てればうっかり狙われちゃってもいいやーって思ってるのは分かるって。最初の頃は本気で興味がないって感じだったけど、今はむしろ憎々しく思ってる。でもココの事を考えれば完全にいらないものとして決断も取れずに、結局どっちつかずだ。なによりもシェイラの話になるとどろりとした感情が流れてくるし」

「…こういうところは、やっかいな契約だな」


 おぼろげだけれど、ある程度の感情が共有される契約の術。

 竜の心がわかるなんて素敵すぎる!と思って契約したが、こういう風に簡単に好き嫌いを察されてしまう所は少し考え物だ。

 面倒くさくて複雑で理解しがたい思考の人間の感情の揺らぎが、竜にとってはもの珍しく興味をひく。だからソウマはアウラットを契約者に選んだ。


「そうだよ。幼い竜に気に入られたってだけでももやっと来るね。でも適任だから、取り合えずはそばにつけさせたって言うのに」


 アウラットはいったん言葉を切って、杯の中身を全て煽る。

 空になったそれをサイドテーブルの上に少し乱暴に下ろすと、ガラスの震える感触が手に伝わった。


「…ただの火竜ってだけでなく始祖竜だった?そのうえクリスティーネとお茶飲み友達にまでなっているし。水竜だぞ?あの水竜と会話が成り立つとか、ありえないだろう」


 水竜は、水の流れのごとく興味のあるものが次々と移ろう性質をもつ。

 特に人間は目の端にもかからないようで、アウラットにいたっては挨拶さえなりたたないのだ。

 彼女にとっての唯一の例外は、ジンジャーだった。彼は竜使いだから、まぁいい。

 けれどシェイラはただの娘。それがいつの間にかティータイムを共にして談笑する中になっていると知った。


「しかもだ。風竜のカザトにもなつかれているようだった。どれだけ竜に囲まれれば気が済むんだか」

「つまり、竜に好かれて囲まれているシェイラが妬ましいと。興味がないふりをしておいてやっぱり物凄く気にしているんだな」


「ふん。……なぁ、どうして竜たちは彼女のことを好く。理由があるのか?」

「理由?……んー…」


 羨ましがり過ぎて面倒くさいことになっている契約者(パートナー)を不憫に思ったのか、ソウマは真面目な顔で顎に手をあてて唸りながら考えた。


「…特に、ないな」

「……そうか」


 ソウマがウソでもごまかしでも無く、本当のことを言っているのが分かるから、アウラットは肩を落として息を吐く。


「…………」


 アウラットは自分の性格が最悪なことくらい、誰に言われなくても自覚をしている。

 人の感情に疎く、いろいろと間違った方向に育ってしまった。

 中でも竜に関わることになるととたんに可笑しなことになる。

 ココからすれば唯一(・・)なのかもしれないが、竜の唯一の存在であることが、なおさら苛立たしさを掻き立てた。

 

 たまたま卵を手に入れて、たまたま孵化する瞬間に立ち会ってすり込みされた、何の変哲もない少女なのに。

 特別な何かをもっているようには、アウラットから見た感じではどうしても理解できない。

 けれど事実、竜たちは確実に彼女を特別なものとして認識している。

 あの年頃の娘を苦手としていたソウマでさえも、目に留めはじめていた。



(彼女の何に竜達が惹かれるのか…)

 

 

 たとえ嫉妬と言う良くない感情であっても。


 今まで竜にしか心を動かされなかったアウラットが、初めてシェイラと言う一人の人間に、興味を抱いたのだった。





 



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