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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第一章

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空向こうにあるもの①

 

 ロワイスの森に出かけてから数日後、王城にあるシェイラの私室に客が訪れた。



「シェイラお姉さま!」

 

 肩口でくるりと巻いた白銀の髪と、左右に結んだ若草色のリボンが、彼女が地を駆けるたびに跳ね上がる。

 気の強さを表す大きな目を輝かせて、妹のユーラがシェイラに勢いよく抱きついてきた。

 足に力を入れて2人分の体重を支えどうにか転ぶのを押しとどめてから、シェイラは妹の身体を抱きしめなおす。

 暖かさを堪能したあとは少し距離を離して、数か月ぶりに合う妹の顔を覗き込んだ。


「ユーラ、少し身長が伸びたかしら?」

「そうかしら?自分ではよく分からないのだけど」

「たしかよ。視線の位置が高くなったもの」

「私の背が伸びるくらい顔を見てなかったってことでしょう?お姉様ってば竜に夢中で全然帰って来てくれないんだもの」


 ユーラが拗ねたくちびるを突き出す。

 王城での生活はめまぐるしくて、たしかに家へまったく帰っていないのは事実だから、シェイラは苦笑して眉を下げた。


「ごめんなさい。ユーラから来てくれて嬉しいわ。さぁ座って」

「はーい」


 家族と何か月も顔を合わせないなんてこと、15年間生きてきて初めてのことだった。

 毎日が新鮮な驚きに満ちたこの王城での生活ではホームシックにかかる暇さえなかった。

 それなのに実際に会ってみると、やっぱり懐かしくて嬉しい。

 家を離れていることに、少しの寂しささへ感じてしまう。

 


 シェイラに進められるままに椅子へと腰かけたユーラは、城の侍女がお茶を入れてくれるところを大人しく待っていた。

 

(……そわそわしてる)


 思わず苦笑してしまいそうになる。

 慣れない場所に緊張して大人しく口を閉じているけれど、ユーラの視線は部屋のあちこちを慌しく巡っていた。


(この部屋に初めて入った頃の私もこういう反応だったのかしら)


 豪華なのに品が良く可愛らしいインテリアの部屋が、とても嬉しかったのを思い出した。

 蒸される茶葉の香りをかぎながらユーラの視線をたどってみると、彼女の薄青色の瞳は一転をじっと見つめていた。

 そこは庭に面した一面窓の向こう側。

 木陰でクリスティーネと遊ぶココの姿だ。

 ココがせわしなく何か話しかけていて、クリスティーネはおっとりとした動作で時々頷いている。


「…お姉さま。あの3つくらいの男の子、羽が生えているうえに角もあるように見えるのだけど、もしかして」

「えぇ。ココよ。人の姿を取れるようになったの」

「人の姿?!絵本の中みたい!本当にそんなことが出来るものなのね」


 大きく見開かれたユーラの目と口に、シェイラは微笑して頷く。


「まだ少し中途半端で、羽と角は隠せないみたいなのだけど」

「えー?あれでいいじゃない。羽が付いていた方が絶対可愛いわ!」

「そう?」

「えぇ、絶対!それで一緒にいる綺麗な女性は?何と言うか…とても珍しい恰好。異国の方だったりするのかしら」

「水竜のクリスティーネ様よ」

「まぁ水竜!!だから珍しい格好なのねっ」

「水竜だから……かしら…」


 おしゃべりをしている間に紅茶を注ぎ終えた侍女が、カップをシェイラとユーラの前に置く。

 続いて中央にはアフタヌーンティー用の三段になったティアースタンドがセットされた。

 侍女がお辞儀をして部屋を退室したのを確認すると、ユーラは早速一番下の段のサンドイッチに手を伸ばした。

 血色の良い唇を開けて一口食べると、彼女の顔はみるみる間に幸せそうにほころんでいく。

 一緒にいる人間が思わず釣られてしまうほど、ユーラは元気で表情が目まぐるしく変わる子だ。

 所作が子供っぽすぎるような気もするけれど、それさえも彼女の長所に思えてしまう愛くるしさなのだ。

 もっともその感想に姉としてのひいき目が多少なりとも入っていることはシェイラも自覚している。


「おいしいー。幸せー」

「でしょう?ここの料理は何を食べてもおいしいの。でもユーラと一緒にいると、慣れた家の味が食べたくなってしまうわ。みんな元気にしている?」


 普段は美味しく食べている王城の料理も、妹に会ってしまうとなんとなく味気なく感じた。

 実家での家族との食事を思い出してしまったのだ。

 ここに居る人や竜たちもティータイムにはたびたび付き合ってくれるものの、普段の食事では基本的に一人きり。

 実家での食事はさすがに王城ほどの豪華さはないけれど、暖かくて、そして賑やかで楽しかった。


「あ」


 食べかけのサンドイッチを手に持ったまま、シェイラの台詞で何かを思い出したらしいユーラが声を上げた。


「なぁに?」

「あのね、私。お姉さまを呼びに来たの」

「呼びに?」


 ユーラがこくりと頷く。


「お父様が連れて帰ってきなさいって仰って」

「……お父様が。そろそろストヴェールから帰ってくるころだろうとは思っていたけれど。……あぁ、だからユーラは事前の知らせもなく突然来たのね」

「えぇ、そうなの。ごめんなさい」


 ユーラは本当に突然シェイラを訪ねて王城にやってきた。


 丁度ジンジャーの授業は無い日だったし、それにシェイラは面会に許可を必要とされるほどの身でもないうえ身内であるのだから、ユーラは何の障害もなくすんなりとここへと通された。


 けれど姉を訪ねると言っても、王城なのだ。

 普通は事前に知らせがあって当然だった。


 手に持っている分のサンドイッチを全部飲み込んだユーラは、そっとシェイラをうかがうように見上げてくる。


「その…お姉様が勝手に家を出たことに怒ってらっしゃるみたい。お兄様がとりなそうとしたのだけど聞く耳持たずって感じで。……叱られると思うわ」

「いいわ。すぐに帰りましょう」


 勝手に家を出てきたのだから、多少怒られることくらい予想していた。

 それにユーラと会うと家族がどうしようもなく恋しくなってしまって、帰りたいと素直に思った。


「外出の伝言を頼まないといけないから少しまっていてくれるかしら」

「わかったわ。ねぇ、ココも一緒よね」

「えぇ。もちろん」


 ユーラの期待に満ちた問いに、シェイラはしっかりと頷いてみせてから、窓の外のココを指す。


「だから庭からここまで連れてきてくれるかしら」

「わかったわ!」


 張り切った声を上げたユーラは、そのままの勢いで立ち上がって庭の方へ出ようと身をひるがえす。

 妹の分かりやすく可愛い反応に笑いをこぼす。

 おそるおそるココとクリスティーネへと近づいていく妹の背を見守りながら、シェイラは伝言を頼むための侍女を呼ぼうと、テーブルの上のベルに手をかけるのだった。




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