新しい力③
竜の里周辺という力に満ちた場所ゆえに、他の土地よりも目には見えない大気の力の影響を受け、普段以上に揮えるようになったのはシェイラだけではなかった。
「あぁぁぁもう。これだから子供は……! いつ抜け出したんだよ!」
風竜の里を、背中に羽を生やしたアシバが飛び回っていた。
普段は物静かで落ち着いた彼も、焦りから険しい声をついつい張り上げてしまっている。
左右に首を降る度に、サイドで一房だけ三つ編みにした髪の先に付いた石飾りが大きく揺れていた。
彼はこっそり巣から抜け出し、現在行方不明になっているココとスピカを探しているのだ。
「子守り任せられたのに。シェイラはあの二匹のことだけには厳しいからな。何かあったら殺されるかも」
焦るあまり、つい舌打ちを零しながら、アシバは眼下の雪景色へとくまなく目を凝らす。
アシバがココとスピカが巣に居ないことに、やっと気が付いて探しに飛び出したのがついさっきだ。
「だってまさか巣に横穴開けてくなんて思わないだろ!」
開けられた穴の周辺が少し焦げていたから、炙って植物のツルを編んで作られた巣の表面を弱らせたのだろう。
少しくらい煙が出ても、小さな穴さえあけば雪を拾って押し込めて沈下出来る。
変なところで賢い知恵を持った子竜達だ。
あの穴から他の子竜たちまで脱走していなくて本当に良かった。
(絶対にシェイラに思いっきり叱って貰おう。いや、俺も叱られるんだろうけど!)
アシバも他の竜たちと同じく、几帳面な性格ではない。
任された子守りもかなり適当だった。
竜の巣に連れて行ったあとはそこに放り込んで、他にもワラワラ沢山集ってる子竜たちを遠目から眺め、元気に遊んでるなー。うんうん。と呑気に構えていたのだ。
藍や青系の色ばかりの風竜の中で、目立つ黒と赤の色がなくなったことに特に注意もしてなかった。
「あいつ等が抜け出して構時間たってるのか? 気配がない……」
気配が巣から離れたことに気づければよかったけれど、まぁその辺りもずいぶんズボラなので注意してもいなかった。
アシバはしばらく里の上空をグルグル回り、珍しく頑張って神経を研ぎ澄ませて気配を探る。
まさか里の外にまでは出ていないと思う。
あれだけシェイラが退治に行った『怖い人』に怯えていたのだから。
(でもこれだけ探してもいないということは、やっぱり外に?)
不安を覚えつつも慎重に隅々までを探していると、やっと感じた気配にハッと目を見開いた。
「よしっ! 居た!」
すぐに急降下して、地に降りる。
慌てていたあまり雪に足を取られて少したたらを踏んでしまった。
姿勢を立て直すなり翼をしまい、気配のする方に顔を向けた先には、山の斜面に横に彫られた洞窟がぽっかりと口を開けていた。
「洞窟の中に入っていったのか。だから気配が分かりずらかったんだな」
納得して頷いてから、アシバは眉を寄せた。
「この洞窟……。昨日、竜狩りの被害にあった怪我をしている竜が運ばれたとこ」
怪我をした竜の存在はシェイラも口にしていなかったはず。
ココとスピカは知らないはずの竜なのに。
どうしてあの子供らは簡単に、まるで何かの流れに導かれているかのようにこういう面倒事の場所を嗅ぎつけてしまうのか。
「子供の勘? 恐ろしいな」
とにかく早く見つけて連れ戻そうと、アシバは洞窟の中へと入って行った。
そうしてしばらく進むと、大きな大きな空間に出た。
巨大な竜の身体でものびのびと横になれる広さのここが、あの竜の寝床だ。
もう外から出来る治療は全て済み、今はとにかく休息をとっての自己治癒をするしかないので、おそらく一匹でひたすらに寝ていることだろう。
案の定、その空間の奥で丸まって眠る傷だらけの竜がいた。
よほど力を消耗しているのか、アシバが入って行っても目を覚ます様子はない。
そしてその傍らに、人の姿をした黒い髪と赤い髪の子供らをアシバは発見した。
「おい! ココ、スピカ!」
眉を吊り上げ、怒っているのだと意思表示を加えつつアシバが声をかけようとした―――が。
それよりも前に、目の玉が転げ落ちるくらいのことが起こっていた。
「なんだこりゃ!?!?」
「おぉぉぉぉ。おぉ? あ、アシバだ」
「ココ、おっきくなったねー! すっごいねぇ!」
スピカはココを見上げ、興奮した様子で頬を真っ赤にさせて両手をあげてピョンピョン跳ねている。
その隣に居る、アシバに気づいてココはきょとんと首を傾げて立っていた。
あり得ない姿で。
「コ、コ……? なんででっかくなってるんだ?」
「うーん?」
近づいていったアシバの目が、立っているココを上から下までを何度も往復する。
何度見ても、何度確認しても、間違いなく。
ココが大きくなっている。
たぶん、五十センチくらいは背丈が伸びている。
「おい、何がどうしてこうなった!?」
詰め寄って聞いてみるけれど、当の本人であるココは事態が飲み込めていないのか目を瞬くだけだ。
「おいココ? どうして大きくなってると聞いてるんだが」
「んー。えっとぉ。里をね、ちょーさしてたら、ここにケガしてる竜がいて」
「スピカねー、なおそうとしたけど、ケガおおきすぎて、むりだったぁ」
スピカがしょぼんと肩を落とす横で、彼女よりずいぶんハキハキと発音するようになったココが説明を続ける。
口調もかなり男っぽくなっているようだ。
「そう。それでさ、どうしようってなってたとこで、なんか洞窟が寒いなぁって感じたから。ケガしてるし、あったかくした方がいいよなって、思ったんだ」
「ほう」
「それで俺、えいやぁって頑張ったんだ!」
えいやぁ!と言う掛け声と同時にココは手を振りあげ、身振りも加えて説明する。
アシバは腕を組んで眉を寄せつつも頷いた。
「なるほど。それで?」
「うん。でもちょっとあったかくしても全然だめで。すぐに冷めていく感じ? だから普通に頑張っただけじゃ、ずっと温かいのは、たもてなくて」
「うん」
「だから、すっごくすっごくすーっごく頑張ったら、大きくなった!」
「…………」
「あ! ちゃんと温かくもなった! 凄いだろ!」
胸を張ってキラキラに瞳を輝かせ『頑張った自分アピール』をしているココに、アシバは思わず眉間を押さえてため息を吐いた。
シェイラに説明するのがとても面倒だと思いつつ、ココの姿を改めて眺める。
(えーと……こいつ生まれてどれくらいだっけ。一歳くらい? それにしては成長速度がおかしい)
竜が成竜になるまでかかる期間は四十歳前後。使える力の成長が遅いと五十過ぎまで子竜として扱われる。
アシバが記憶している一番早くに成竜になった竜でも三十半ばくらいだったはず。
竜の成長速度は今のスピカくらいの歩いて話して、姿を人間に変えることが出来る位までは速いのだが、それ以降はとてもゆっくりなのだ。
人間よりも、ぜんぜん遅いのだ。
(でも今のココの見た目は、人の子でいうと十歳くらいか。 普通はここまで軽く十五年か二十年くらいはかかるのに、羽化してからたった一年でここまでデカくなるなんて……)
身体が成長したということは、それだけ竜としての力を扱えるようになったということだ。
つまりココは同時期に生まれた子竜たちより十倍以上の力を持っている。
(ホントにもう始祖竜って、とんでもないな……! うん。訳がわからん!)
アシバは「はっ」と笑いを吐き出してしまった。
元々適当な性格なのでこれ以上は面倒くさい。
だって真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しいくらい、規格外なのだ。
「ん?」
ずいぶん目線の近くなったココが、アシバの服の裾を引く。
首を傾げてみると、ココの赤い瞳はとても真剣なものだった。
「どうした?」
「あのさ、アシバ。この怪我した風竜って、シェイラがおっぱらいに行った、怖い人たちにおそわれたんだろ?」
ココがちらりと視線でそこに眠る竜をさして言う。
「それは……」
「そうじゃないと、竜がこんな大けがするなんて、有り得ないじゃん」
「っ!」
成長した分、思考も少し大人になったらしいココは、昨日まで誤魔化していたことをあっさりと言い当ててきた。
スピカの方はこの伏せった竜の怪我と、シェイラが対応している『怖い人』が繋がるのだとは想像できていなかったようで、驚いた顔でいる。
真剣な赤い瞳に誤魔化すのはもう無理かと、アシバは眉を寄せながらも頷いた。
そうするとココは眉を吊り上げ、はっきりとした、ずいぶん大人びた口調で口を開いた。
「俺、大きくなったし、手伝えるだろ? 風だけより、火の力もあった方が絶対いいし。竜をケガさせた怖い人、俺やっつけられるよ!」
「ココ……お前」
シェイラから聞いた話では、ココは昨日まで『怖い人』に怯えて、大人しく里で待つことに乗り気だったそうなのに。
力を持ったとたんに守られる側ではなく、大切な人を守る側に、あっさりと周ろうとしている。
感じる恐怖は同じだろうに、それでも自分には力があるからと。
始祖竜だからかシェイラの育て方からかは分からないが、どこまでも強い竜なのだと、アシバは認めないわけにはいかなかった。




