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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第六章

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渓谷の底に沈む影⑤

おかげ様で「竜の卵を拾いまして④」が先日発売されました!

いつも本当にありがとうございます。

 


 ――――守りたいものがある。

 それはずっとずっと魅せられ続けていた、竜の姿。


 他のどんな生き物も敵わないほど大きく筋肉質な体躯に、艶やかな美しい鱗。

 力強くはばたく翼や、鋭く凛とした瞳。

 鋭く尖った牙と爪を怖いと思う人もいるようだけど、シェイラからすればただ竜の恰好良さを増すものでしかなかった。


 自分の一番芯の部分に置かれている、一番大切な『竜』という存在を傷つけられることは、自分自身の心臓を(えぐ)られるような痛みを(ともな)った。

 苦しみ呻く声なんて聞きたくない。

 鱗を剥がれ、血を流す姿なんて見たくない。

 これ以上彼らをあんな目に合わせないために出来ることは、戦う力のない未熟な竜のシェイラにはとても少なくて。

 でも、出来ることがあるのなら危険であってもやりたかった。

 心配されていることも、自分の弱さももちろん知っているけれど、どうしても。


「――――よしっ」


 泊めて貰っているカザトの家の前で、シェイラは気合いを入れて手を握り込む。

 傷ついた風竜を里まで運ぶのに時間がかかり、遅くなった。

 ココとスピカはすでにアシバがこの家まで送ってくれていると、カザトのもとに風で連絡が届いていたので、シェイラは巣へ寄らずにここに帰って来た。

 カザトは里の外に出ていた間の報告を含め、風竜の長に色々と話があるらしく、里に入った時点で彼とは別れていた。


 陽の早いこの季節、もう辺りは薄暗くなっていて、気温も昼間よりぐんと下がっている。

 足元から伝わる雪の冷たさは(こた)え、早く暖炉で身体を暖めたいところだ。


 

「おかえり!」

「しぇーらママ! おかえりなさいっ!」


 木製の扉を押し開くなり、ココとスピカは勢いよくシェイラの方へと飛び込んで来た。

 まるで扉の前でずっとそこが開くのを待ち伏せていたかのように。

 思い切り足にへばりつく二人の重さに動けず、まだ扉の開いたまま、その場で「ただいま」と言い抱きしめた。

 子どもの体温の温かさに思わず笑顔が漏れる。

 冷たく重くなっていた心の中に、明るく温かな風が急に吹き込んで来たような感じもした。

 

 そのまま今日どんなことをして遊んでいたのかなどを口々に話し出した二人の脇から、すっとアシバが出て来て扉の脇を通り外へと出た。


「じゃあ俺は帰るから」

「え、あ! アシバ様!」


 引き留める間もなく、彼は背中から翼を出してはばたき始める。


「ココとスピカを見て下さって有り難うございました!」

「アシバ、ばいばい!」

「またね」

 

 みんなで揃って手を振り、竜へと姿を変えアシバを見送った後、やっときちんと家の中へと入る。


「しぇーら、おそかったね。なにしてたのー?」


 居間の奥の方へと歩きながらもスカートを引っ張って聞いてくるココの頭を撫でたシェイラは、次にスピカの顔も見て、少し緊張しながら、静かな声で言った。


「ココ、スピカ。お話しがあるの」

「おはなし?」

「そう。大事なお話だから、……座りましょうか」


 そうしてシェイラは雪のついたコートとブーツを脱ぎスリッパへと履き替えた。

 早く乾かすために暖炉の脇に干してから、子供達を居間の壁際のソファに並び座らせる。

 自分はカーペットの上に膝を付け、膝立ちになった姿勢で向かい合い、視線の高さを合わせた。

 次いで、出来るだけ優しい声色で彼らに口を開いた。


「お願いがあるの。明日からしばらく、二人には朝から夕方まで風竜の子どもたちと一緒に巣に居て欲しいの」


 二人は大きな目をパチパチと瞬いて、首を傾げる。


「ココとふたりだけ? ママは……?」

「大切な用があるの」

「えー! おれたち、いっしょだとダメなのー?」

「ごめんなさい。今回は駄目」

「ママ、たいせつなようって?」


 不満そうな顔をする二人の、膝の上に置いている手を握った。

 力を込めてじいっと目を合わせたままでいると、真面目な話だと理解したのか、彼らは口をつぐみ続きを聞く体勢になる。

 シェイラは静かに、ゆっくりと話した。


「里から少し外れた森にね、怖い人たちがいるらしいから、大人の竜みんなで探して追っ払うことになったのよ」

「こわい、ひと?」


 スピカが怯えたように身体を縮める。

 大丈夫だという意味を込め、握った手を指で摩りあやした。


「そう。とっても怖い人。今日遅くなってしまったのはそのせい」

「お、おれはへいきだし! おれもおっぱらう!」

「駄目よ。本当にとってもとっても怖いのだから。これは大人がすること。子どもは駄目。スピカもそんな顔しないで、心配しなくても大丈夫」


 シェイラは何も心配はいらないと、笑う。


「少し協力するだけよ。私は戦う力なんてないから、戦闘になったら真っ先に逃げるわ」

「ほんと?」

「本当、絶対に」

「ゆうがたまで?」

「そう。お友達もたくさんいるから、楽しいでしょう?」

「たのしい、けどー」

「けどぉ」


 ココとスピカは眉を下げて間延びした声を出しながら、繋いでいた手を離したかと思えば両手を伸ばしてきて、ぴたりとこちらにくっ付いた。

 頭をぐりぐりとシェイラの首元に押し付け、その手でシェイラの服を強くつかむ。

 シェイラは小さく微笑んでから、二人の頭を抱え撫でる。


「お願い。良い子にしててね。ちゃんと夕方には迎えにいくわ」

「んー……」

「ママ……」


 ……ココとスピカの耳元で囁くシェイラの声は、とても柔らかで優しいものだったけれど、強い決意がにじみ出ていた。

 どれだけ駄々をこねても聞いて貰えない時の、声。

 二人には、それが分かってしまうのだ。

 そしてそういう時、シェイラは決まって誰かのために動いているのだとも知っている。





「うん……」

「はやく、かえってきてね」

「有り難う」


 意外なことに、二人は少しぐずりながらだったが頷いてくれた。


(怖い人になんて、やっぱり近づきたくないものね)


 怖い人がいる、と言ったのが聞いたのだろうとほっと息を吐いたシェイラは、彼らの頭を撫でるのだった。

 竜を狙う一団が野放しにされたままだったら、この子たちが飛び遊ぶ場所さえ選ばなければならなくなってしまう。そんな窮屈な思いをさせたくはなかった。

 



* * * *



 ……シェイラが遅くなった夕食の支度を始めたのを確認したココとスピカは、二人揃って寝室に移動していた。

 簡素なシングルベッドによじ登り、シーツの中にすっぽりと入る。

 真っ暗な二人だけの空間で、顔を寄せ合い小声で話し合う。



 先ほどの話。一応は頷いたものの、もちろん心から納得したわけでは無い。

 そして子どもであるがゆえの無鉄砲なまでの(したた)かさと適当さを彼らはもっていて、つまり口だけではまぁ……何とでも言えるのだ。

 

「おとなしく、してる?」


 シーツの中に小さくしゃがみ込み、暗い視界の先に居るココにスピカが訊ねる。


「するわけないじゃん。ずっとあそこなんて、つまんない」


 返って来た答えは、やはり予想していた通りだった。


「ママと、やくそくしたけど?」

「いーの!」

「……でも。でも、まえにかってにでてって、もりで、まいごなった」

「う……うーん」


 二人で勝手に飛び出して、暗い森を彷徨い歩くことになった思い出は、ココにとっていい記憶ではない。


「じゃあスピカ、どーする?」

「どーしよう」

「んー、……わかんないけど」

「ずっとあそこはねぇ」

「ね」


 風竜の巣はたくさんの同年代の竜がいてとても楽しいけれど、ずっと毎日閉じ込められては気が滅入る。

 他の子竜たちとは違い、ココとスピカは外の広さを知ってしまっているから。

 あそこがとても狭く感じてしまうのだ。

 どこまででも自由に駆けていきたいと思ってしまう。


「とりあえず、なにがあったか、しらべてみる? ママ、ぜったいわざと、くわしいせつめ()ぬかしたもん!」

「それだ! スピカかしこーい!」

 

 二人は顔を見合わせ眉を下げ、結局はどうやって巣を抜け出すかの作戦会議を、始めてしまうのだった。






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