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竜の卵を拾いまして  作者: おきょう
第五章

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幼馴染み④

※本日2話分更新になります。

読み飛ばしにご注意くださいませ。

こちら2話目です。

 


 時々、手紙でやりとりしてはいたものの、長い間離れていたから近況報告だけでも話すことはいくらでもある。

 シャーロットとニコルは家の商家に関わる勉強も始まったそうで、最近とても忙しいらしい。

 ユーラは騎士見習いを目指して、稽古の時間も、勉強の時間もふやしているということだ。

 他にも今のストヴェールの領地内ではこんな食べ物が流行っている、とか。

 町に出来た新しいパン屋がとても美味しい、とか。

 ココとスピカと一緒の、旅の話もたくさんした。

 ストヴェールにはない海が傍にある町ルヴールや、水竜の里でみた美しい湖など。

 

 しばらく盛り上がったころ、シェイラはなんとなしに流れで訊ねてみる。

 

「ユーラとニコルは、今日の剣の稽古はどうだったの?」

「ふっふーん」


 ユーラはにんまりと笑み、胸を張ると、人差し指と中指を立てVサインの形にした右手を前に突き出す。


「今日は三本勝負で私が二本とったの!」

「今日はたまたまだよ。昨日は俺の勝ちだった!」


 聞く話によると、ニコルは持ち前のセンスと勢いで、ユーラは素早さと集中力で、剣を振るうらしい。

 シェイラも何度も彼らの剣技を見たことはあるけれど、正直どう違うのかは分からない。

 あんなに大きくて長い剣を自在に操れることに驚きはするけれど、どうなれば上手いのか、どう振るえば凄いのかは、説明を受けても首をかしげるばかりだ。

 勝負をして、勝った、負けたということならば分かるけれど。

 剣のさばき方を見て上手い下手を判断できるほど詳しくもなければ、正直理解できるほどまで勉強しようと思えるほどに剣技に興味もなかった。


 ただ懸命に型を覚えたり稽古に励むニコルとユーラを見守り、その一生懸命さに応援したいと素直に思うから、彼らの話に笑顔で耳を傾けた。


「ユーラも、ニコルも頑張っているのね」

「ふふ」

「まぁ、な。」


 嬉しそうに笑いを浮かべつつ、頬をかいていたニコルがシェイラとココとスピカの座る背中の向こう側に視線を送り、ピタリと動きをとめた。


「あら、帰ってらしたのね」

「まぁ……」


 ユーラとシャーロットも同じようにニコルの視線の先にあるものに気付いたらしく、動きをとめた。

 とくにシャーロットとニコルの驚きようが凄まじく、幽霊でも見たような顔をして、微動だにしない。


「誰か来たの?」


 シェイラは彼らの反応に首を捻りながら、椅子を少し引いてから自分の背後を振り替える。

 ココとスピカも後ろをみて、すぐに「あ」と小さな声をあげた。

 しかし直後に、双子の悲鳴交じりの声が響く。


「火竜ソウマ様……!」

「本物!!」


 双子の声はとても大きくて、とても弾んでいて、彼らの驚きようがよく分かるものだった。


 ソウマはそんな彼らに嫌な顔ひとつせず、にっと歯をみせて笑った。


「ははは! 本物ではあるな」

「ニコルもシャーロットも、良く彼がソウマ様だってわかったわね?」


 ユーラの問いに、シェイラもうなずく。

 まだ紹介もする前から、彼が火竜ソウマだと二人は理解していた。


「新聞に何度も絵姿が載っていたじゃない。勉強がてら毎日隅々まで父さんに読まされるし。あぁぁぁぁ! そういえばストヴェールに来てるって!」

「領主の家だし、シェイラの家だし。当然、ここに顔を出しても不思議でなかったのに思い付かなかった!」

「二人とも、落ちついて」

「だってユーラ! あの火竜ソウマ様だぞ!」

「本当は子竜がいるだけでも大興奮なのに! あのソウマ様まで来てしまったらもう! 怯えさせないように必死に抑えていたのにもう無理だわ!!」


 双子は赤く顔を染めて右往左往している。

 台詞を聞く限り、どうやら幼いココとスピカのことを想って興奮を抑えていたらしい。

 必死に抑えていたのに、更に興奮する材料を加えられてもう我慢できない、という感じのようだ。


「ソウマ様」


 シェイラは騒々しいテーブルから立ち上がり、ソウマの傍に駆け寄って行った。

 

「お仕事、終わられたのですね。早いですね」

「うーん……っつうか、俺がいると仕事どころじゃなさそうだから、抜けて来た」

「あ……」


 仕事どころじゃない誰か、に気づき、シェイラは瞳を(かげ)らせる。

 そんな彼女を慈しむようにソウマは背中に温かな手を添えてくれた。

 しかしテーブルの方にまで聞こえない様にと配慮して落とした声で紡がれた内容は、喜ばしくないものだった。


「仕事とプライベートでの切り替えも完全に出来なくなってる。ありゃあ、そろそろ仕事外されかねないぞ」

「そんなに……」


 昨日の仲違い以来、シェイラは兄レヴィウスと顔を合わせてはいない。

 朝食の場にも出て来てはくれず、気が付いたら仕事へと出かけてしまっていたのだ。

 きっと避けられているのだろう。


 しかし。


 今は深刻な話をしている状況ではなかった。

 お客様がいるのだ。


「あの! ソウマ様!」


 見ると、ニコルが立ち上がりこちらへと走り寄ってくるところだった。

 彼はソウマの目の前までくると手を握りこみ、緑色の瞳をきらきらに輝かせる。

 まるで子犬がご主人様に尻尾を振っているような、そんな光景が重なってしまうほど、ソウマを見上げるニコルの表情はきらめいていた。


「…………うん?」


 ソウマがニコルに首を傾げてみせると、ニコルは勢いよく声を張り上げた。


「初めまして! ニコルと言います! シェイラに先ほど話を聞きました! 水竜の里で、冒険者と剣を交わしあったって!」

「あぁ、そんなこともあったなぁ」

「あのあの! 俺も剣を嗜んでいてっ! それで! 良かったら、俺と手合わせしてください!」

「ちょっと! ニコル! 何をお願いしているの、失礼すぎ!」


 シャーロットが大きく音を立てて、勢いよく立ち上がる。


「だってシャーロット、こんなチャンス二度とないぜ!」

「チャンスって……馬鹿! 何を考えてるのよ!」

「馬鹿ってなんだよ! だって剣強いってシェイラが言ってたし! しかも竜だし! 竜と剣を交えるなんて、凄い事じゃないか!」

「凄いけど、駄目に決まってるでしょうっ」


 ニコルとシャーロットのやりとりに、ソウマは目を瞬かせた。

 そして、何が面白かったのか大きく噴き出してしまう。

 

「はははは! 威勢のいい子供だな。 ―――いいぞ、手合わせくらい幾らでも」

「ほんとですか!」


 飛び上がって喜んだニコルの後ろから、今度はこちらもいつの間にか近くに寄って来ていたらしいユーラが身を乗り出す。


「ずるい! ソウマ様、私っ、私とも! すぐに着替えて剣を取ってきますから!」

「うん。あ、俺自分の剣持ってないから、借りられるのあったら貸してくれ」

「わかりました! 用意させます!」


 屋敷の中へ飛び込んでいったユーラを見送ったあと、ソウマは笑顔を浮かべつつシェイラを振り返る。


「ー――ってことで、暫く遊んでくる」

「あ。はい、どうぞ……」

 

 ニコルに引っ張られ開けた芝生の方に歩いていくソウマの姿に、シェイラは小さな違和感に首をかしげた。


(ソウマ様、少し変わったかしら?)


 人の子が剣の勝負を申し込んだだけで、やる気になるなんて。

 水竜の島で出会ったパーシヴァルのような手練れの剣士とならばまだしも、ニコルやユーラとの打ち合いなど、完全にソウマが気を使い手を抜いてやらなければならないだろう。

 いくらユーラやニコルが手練れであったとしても、所詮『実戦経験のない』『子供』の域は出ない。

 そんな子たちに面倒臭がらずに相手をしてやり、しかも何だかシェイラ抜きであっても楽しそうに会話まで成立している。


 自分から、人の子に関わりにいっている……。


(何か、きっかけでもあったのかしら?)


 彼の変化が少し不思議で、しかし自分の大切な人と彼が関わってくれるのはやはり嬉しい。


「ニコル、ずるいわ……。剣なんて、私見るしか出来ないのに」


 弟がソウマを連れて行ったことにシャーロットが膨れているのに気付き、シェイラはソウマたちから視線を移動し、口角を上げた。 


「あら。だったら私たちは小さな竜を独占すればいいんじゃない?」

「え?」

「ほら」


 振り返ると、ココとスピカはいまだ椅子に座ったまま。

 騒ぎについて来れずにぽかんと口を開けて呆けていた。

 シェイラは眉を下げて彼らの傍に行き、放っておいたことを謝罪しながら柔らかな頬へと口づけする。

 そして赤い瞳と黒い瞳と視線を合わせた。


「二人とも、お腹はいっぱいになったかしら」

「うん、ママ。ごちそうさま」

「もういらなーい」

「そう、良かった」


 シェイラが視線だけを空にずらすと、思っていた通りそろそろ陽が落ち始めようとしていた。

 肌に触れる空気も、少しずつ冷えて来ている。

 これから運動するらしいユーラたちは気にならないかもしれないけれど、幼い二人は家に帰らさなければ。


「だったらシャーロットと私と、四人で家の中で遊びましょう?」


 お茶会のあいだは、幼馴染たちとの近況報告や昔話ばかりで、二人はきっとつまらなかっただろうから。

 今からたくさん構ってあげたかった。

 シェイラの提案にココとスピカは嬉しそうに頬を緩ませる。

 二人を順番に抱き上げ椅子から降ろしてから、シェイラはシャーロットを手招いた。


「さぁ、シャーロット行きましょう」

「っ! えぇ!」

「しゃーろっと、えほんよめるぅ?」

「スピカ、もちろんよ! いくらでも読んであげるわ!」

「ねー、つみきは? おうちつくれる?」

「ココ。私、積み木は大得意なの!」

「ほんとー? やったぁ!」


 シャーロットはにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべ、ココとスピカの小さな手を取るのだった。


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