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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第3部 脱獄犯編—『正義の魔法使いと小さな花束』
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45話 羽

◇ ★ ◇(璃乃視点)

 

 「おいしょっと!」

 

 ガムテープが雑に貼られた段ボールは、隙間から中身が見えそうになる。

 “薬品“と大きく書かれたずっしりとくる荷物を息を切らさずにそっと光沢のある大理石の床へ置く。

 床に置いた衝撃からかツンと強い匂いが鼻に着き、思わず一瞬だけ息を止めた。

 

「明日香ちゃん次は?」

 

 大小数えきれない段ボールの山が、この琴宮邸のパーティー会場に詰まれており、琴宮家の物の多さと事件の被害の大きさを物語っていた。

 数日前のパーティーの時には一面にテーブルが並んでいた。

 そのテーブルたちは隅の方に重ねられ、ひっそりと集まっている。

 

「えーっと……配電盤の近くに何個か荷物があるはずだから——」

 

 親友は家の地図に示されている配置をタブレットで確認をしており、悪戦苦闘しながら指示を出してくれる。

 

「オッケー!持ってくるね!」

 

 九条璃乃は野犬事件で甚大な被害にあった琴宮邸の修繕工事の手伝いに来ていた。

 

 パーティー会場右手のドアから配電盤の方へ歩くこと数分後。

 無数の弾丸により打ち砕かれた窓や、ヒビが入り所々崩れかけている大理石の廊下が目に飛び込む。

 

「アクイラスとガレイン……そして野犬」

 

 璃乃は事件の被害が目に入る度、戦った相手を思い返してしまっていた。

 

 結果的にではあるが、話し合いではどうにもできない相手と命の取り合いをすることになった。

 アクイラスとガレイン、そして野犬は消え去り、命はもうこの世界にはないのだろう。

 誰も死なせないと誓ったはずなのに、敵として立ちはだかった人たちの命は、戦いによって失われた。

 胸がギュッと締め付けらるような感覚に、璃乃はシャツを掴む。

 手の力を緩め、視界の先にある景色に歩みを止める。


 そう、彼女の目の前に広がるのは、あの日戦った中庭だ。

 草原のように綺麗だった中庭は死闘の末、血に染まり、刈り取られてしまっていた。

 業者の人たちがクレーン車などを使い、瓦礫の山を運び出している。

 璃乃の後ろでは何人もの執事が行き来をしており、せっせと荷物を運んでいる。

 

「——痛っ、なーにくよくよしてるんだ九条璃乃。今できることに集中しないと!」

 

 歩くだけでも微かに痛む右脇腹が、気持ちを切り替えさせてくれた。

「よし!」と声を出し、再び前を向き直した璃乃は小走りで荷物のもとまで走った。


 

「これで最後かな?」

 

 大きな段ボールをパーティー会場へ運び終え、「ふう」と一息つく璃乃。

 

「そうだね。……ハァ……ハァ。これでもう……修復工事が必要なところの……荷物は運び終わったかな?」

 

 明日香も顔が見えなくなるほど大きな段ボールを運び終え、床に座り込んだ。

 パーティー会場の窓も野犬事件で割れてしまったが、被害は少なかったので最初に工事が終わっていた。

 そのため以前のパーティー会場と変わらない美しさが戻っている。

 窓から差し込む夕日が大理石の床に反射し、シャンデリアからの光源がなくとも暗さを感じることはなかった。

 

「璃乃ちゃん。今日は本当にありがとう。家が大きいからどうしても人手が足りなくって……」

 

 少しだけ自慢のよう聞こえる明日香の困り事。

 しかし、広過ぎるのも考え物だと、璃乃は密かに憧れていた豪邸計画を下方修正しようと考えてしまっている。

 

「ところで——」と呼吸が整った明日香は、璃乃の隣に座り直してスマホを見つめていた。

 チラッと明日香のスマホ画面を覗くと、“瑞穂君の退院日“とカレンダーアプリに書き込まれていた。

 

「瑞穂君って10日に退院するんだよね?」

 

 今日は6月1日であり、日曜日だったため手伝いができた。

 普通の一般人だったら全治数か月は確実に掛かる大怪我だが、魔法使いとして覚醒をした瑞穂は全治2週間とのこと。

 それをお見舞いに行く度、自慢げに語るので一度喧嘩をしてしまった。

 

「そうだったね。退院してから正式に明日香ちゃんを紹介するから待ってくれって、瑞穂言ってたよね?」

 

 瑞穂抜きでも烈火や透花に明日香を紹介するくらいはいいのでは?と思う気持ちもあった。

 だが、瑞穂の考えを尊重して、来る6月10日まで心の準備をしていた。

 

「はぁ……」

 

 それでも緊張から小さくため息が漏れた。

 

「どうしたの?」

 

 ため息は明日香に届いたようで、彼女は心配そうに璃乃を見つめる。

 

「いやー透花さんって人が結構怖くって……それに工藤拓斗くんも……ハァ」

「あー工藤君も10日に来るんだっけ?璃乃ちゃん初対面なのに散々言われてたもんね」

 

 明日香も璃乃のため息に釣られるように表情が次第に苦々しくなっていく。

 

「そうだよーいきなり『兄貴を誑かす女め!オレが絶対に許さない!!』とか言ってきたと思ったら、すぐにいなくなっちゃうし」

 

 璃乃は“誑かす“という意味がいまいち分からなかったので調べたが結果は憤慨するレベルのものだった。

 

「私、瑞穂にそんな変なこと言ってないよ!」

 

 璃乃は思い出しただけでも腹が立ち、みるみるうちに顔に熱が帯びるのを感じる。

 

「璃乃ちゃんは誑かすとは正反対の人だからね」

 

 明日香は璃乃が落ち着くように肩をポンポンと叩く。

 大きく頷いた後、人差し指を顎に当て「でも——」と言葉を繋げるように少し遠くを見つめるながらに続けた。

 

「璃乃ちゃんは天然で距離感詰めてくるから勘違いしちゃう人は多いかも。強いて言うなら、天然な誑かしってところかな?」

「明日香ちゃん!?」

 

 味方だと思っていたら親友が急に敵になってしまった。

 あまりの衝撃を璃乃は隠せず、後ろへ仰け反ってしまう。

 

「でもそれが璃乃ちゃんの良いところだよ。誰にでも壁を作らない真っすぐで澄み切った空のような人」

「絶対、今言うところじゃないよー」

 

 親友はアメとムチの使い分けが上手いらしく手玉に取られてしまう。

 

「10日はお互い頑張るとしてっと」

 

 明日香は立ち上がり、壇上の方へ向かっていく。

 璃乃も明日香の背を追うように、壇上の方へ向かった。

 そこには夕日に照らされたグランドピアノが、二人を待っていたかのように佇んでいた。

 明日香は何も言わずに壇上を上り、ピアノの方へ歩く。

 璃乃は壇上の下からあの時の音楽室でのやり取りを取り戻すかのようにリクエストをする。

 

「明日香ちゃん。『羽』を聴かせてくれる?」

「うん!」

 

 椅子に座った親友は笑みを隠すことなく璃乃へ向けた。その素顔は夕日に照らされて儚くも美しく見えた。

 彼女の指から奏でられるメロディーは数日前聞いた時よりも心に響く。

 まるで歌詞が乗っているかのように明日香の想いが伝わってくる。

 指と心で奏でたメロディーに思わず涙を流しそうになる。

 

 “野犬事件“自分の価値観を否定され、親友、相棒を失いかけた。悲しい記憶。

 あの時の血の匂い、人の叫び声は今も璃乃の胸に深く刻まれている。

 自分の行った行動は間違っていたのかもしれないと、この数日間何度も考えていた。

 でも——

 

——明日香ちゃんの弾いてくれている『羽』が私を“ここへ“呼び戻してくれる。

 

「ありがとう。明日香ちゃん」

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