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夢ノ継づき——魔法と錬金術と最後の物語  作者: むぎちゃ
1章 第2部 野犬事件編—『親友と見えない影』
44/52

41話 NO.0 琴宮麻衣子

◇ ✪ ◇(瑞穂視点)

 

 蜘蛛の巣のようにひび割れた壁に、ガレインの体は埋め込まれていた。

 その体は萎んだ風船のように、ひゅうと音を立てて朽ちている。

 

「……ハァ、やったの?」

「やった……らしいな」

 

 瑞穂は璃乃が降りた腕に残る血の跡を眺める。

 ほんの数十秒抱きかかえただけで、瑞穂の腕にぬるりとした血液が下へ落ちるほどだった。

 

「璃乃……大丈夫か?」

「何とか大丈夫みたい。恭平さんは?」

 

 璃乃は気が付いていないのだろう。

 極寒の地にいるように唇は青白くなり、小刻みに震えていることを。

 限界を超えている。璃乃はいつ倒れてもおかしくない。

 そんな状態でも、彼女は自分より他者の心配。

 お人好しにも度が過ぎる。

 

「大丈夫だ。なんとか生きてる」

 

 視線の先には、泣きじゃくる明日香を血で染まった手で撫でている恭平がいた。

 

「良かった。……本当によかった」

 

 全員、満身創痍で死人が出ていないのが奇跡なくらいであった。

 

「救急車を呼ばないとな。俺もお前も出血死しちまう」

 

 明日香が処置してくれた腹部の包帯は真っ赤に染まっており、瑞穂自身も限界が近いことを悟っていた。

 

「そうだね。急いで連絡しよ!——あっ」

 

 璃乃がスマホを取り出すと、スマホの画面がバキバキに割れていた。

 それを見た瑞穂もスマホを確認するが、木端微塵になっていた。

 

「明日香ちゃん!救急車に連絡できる?」

 

 少し離れたところで恭平のそばで座り込む明日香は、首を振る。

 

「パーティー会場に置いてきちゃって」

 

 この状況でこの4人以外にすでに記憶改変が起きているなら、他の人間が救急隊に連絡している可能性は微妙なラインだ。

 

「……うぅ。瑞穂様。耳に着けているデバイスを……」

 

 恭平の振り絞る声がその右耳に届いた。

 

「——っ。これは……外部との連絡はできるのか?」

 

 瑞穂は腹部の激痛に苦悶の表情を浮かべながら、恭平と明日香のもとへ向かう。

 

「いえ、それは……できません。あくまで内部の……人間と連絡をするために——」

 

 恭平の声が止まる。

 

「恭平!?」

 

 明日香の嘆きの声が響き渡る。

 近くで傷口を見ると、複数個所からの大量出血が起きており、命の危機がすぐそこまで迫っているのが分かった。

 

「琴……明日香!さっきの部屋から包帯を持ってきて少しでも止血させるんだ!恭平を絶対に死なせるな!」

「瑞穂君……わ、分かった!」

 

 明日香は廊下を走り、先ほど瑞穂を処置した部屋へ戻っていく。

 瑞穂は制服の一部を破り、片膝を着いて、恭平の右腕を縛る。

 

「あんたにはまだ聞かなきゃならないことが山ほどあるんだ!まだ諦めるなよ!」

 

 恭平の呼吸の間隔が不規則になる。

 

「瑞穂!」

 

 璃乃の声が聞こえるが、今はそれどころではない。

 明日香が息を切らしながら戻ってくる。

 

「私がやるから、瑞穂君は救急車を!」

 

 明日香は慣れない手つきで必死に処置を始める。

 瑞穂は立ち上がり、右耳のデバイスを触る。

 NO.3鳳——と登録番号の若い順から連絡をするも繋がらない。

 NO.4、NO.5——NO.9どの番号にも繋がらない。

 

「ふざけるな!」

 

 焦りのあまり思わず声を荒げる。

 

「瑞穂!来て!」

 

 璃乃の焦燥感に駆られる声が背中越しに聞こえるが、瑞穂は冷静ではなかった。

 

「少し待っててくれ!」

 

 右耳に振動が響く。

 

 ——誰だ!?

 

  NO.0麻衣子様と表示していた。

 

 ————Call Time by麻衣子————

 

「……もしもし」

『貴方、恭平じゃないわね?誰なの?』

 

 通話先の後ろから悲鳴と怒号が鳴り響いていた。

 しかし、電話先の女は冷淡さを際立たせた声で続けた。

 

『状況を説明しなさい』

 

——お前が気にするのはそこじゃないだろう!?

 

 瑞穂は喉からせり上がる怒りを何とか押し込み、彼女の口調に合わせる。

 

「強盗らしき奴にテロを起こされた。お前の娘と、このデバイスの持ち主が襲われた。犯人は俺たちが捕縛した。だから急いで救急車を呼んでくれ」

 

 瑞穂はリスクを承知の上で嘘で麻衣子を試した。

 

『分かったわ。連絡はする。でも、それには条件がある。貴方が本当のことを言う。それが条件——』

 

 声色一つ変えない。

 娘である明日香と、関係が深いであろう恭平が襲われたと聞いても、機械のような冷淡さはマイクを通し鮮明に聞こえた。

 

「てめぇ……ふざけてるのか?」

 

 この声が相手のどこかに響くと信じていたがそれは無駄だった。

 

『虚勢しか張れないバカと話すのは時間の無駄ね。早く言いなさい。敵は魔法使いなのか錬金術師なのか』

 

 瑞穂の予想通りだった。麻衣子はその道に通ずる者。

 明日香に対しての虐待的な行動や恭平の忠誠心。全てが謎に包まれる。

 瑞穂は直感で麻衣子を敵と認識した。

 だが、この状況を打破するのが最優先事項だ。今は時間がない。

 

「敵は七錬神だった。こちらも詳しくは分からないが、今回の事件では神血担当と神身担当が関わっていた」

 

 最低限の情報だけを淡々と伝える。

 

『……そう。分かったわ。もう数分で救急車がそちらに向かうわ』

 

 急にしおらしい態度に軟化した麻衣子は、切り際に小さな声で確かに言った。

 

『——明日香をお願いね』

 

 その言葉を聞いた瞬間に通話は切れた。

 

 ———— End call————

 

「瑞穂!」

 

 彼は理解できなかった。麻衣子の言葉の一つ一つが何も繋がらない。主張のブレが強く整合性が取れない。

 

「琴宮麻衣子——一体何者なんだ」


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