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29 決着④

 緊張と静寂に包まれた会場に、陛下の声が大きく響く。


「この度の官僚試験で、唯一の合格者であり、かつ全科目満点合格という、これまで誰もなしえたことのない偉業を収め、官僚に就任したアンドレア卿に対し、知識の神を意味するミーティス男爵の名を授与する」


「え──……?」

 目をぱちくりして、ぽかんとする私とは裏腹に周囲から大喝采が起きる。

 それだけではなく、私をお茶会に誘ってきた公爵夫人は私の手を取ってきたため、今の話は私を指していたので間違いないようだ……。


 だ、だけど……意味がわからない……。


「アンドレア様すごいですわ。女性官僚に関してもこれまで聞いた記憶はありませんが、女性が爵位を授与するなんて、前例がないのではないでしょうか! 素晴らしい偉業ですわよ」


 話しながら興奮が増していく公爵夫人は、私の手をぶんぶんと振り、喜びを露わにする。

「あ、え、ぁぁ……」

 やはり私が、男爵なのよね……。


 一方のヘイゼルは表情を失い、ただ茫然と立っているだけ。

 何が起きたのか理解できていない様子だが、正直自分も同じだ。


 周囲から沸き起こる喜びの声が自分事とは思えないままギルバートを見やると、にっこりと彼が笑ったため、上から私の反応を楽しんでいるに違いない。

 もう……彼らしいな。

 そう思い始めたら、おかしくなって顔が綻んできた。


 私に何か言いたげなヘイゼルがしきりに私を見てくるが、何も言えないまま顔を引きつらせているだけ。


 ざわつきが収まると、再び陛下が重い口を開く。


「それでは式典を続ける。次は、爵位はく奪者についてだ」


 陛下の言葉に、あちこちで喉を鳴らす音が聞こえた気がする。気のせいだと思いたいが。


「此度の犯罪行為は、この国に対する反乱を招く恐れが懸念されたことから、家名の取り潰しが相当だと判断した。その籍にある者を全て処刑対象とする裁判結果が出ておる」


「一族郎党の処分か……」

「一体、何をやったんだ?」


 さすがにそこまでの重罪に心当たりのある者はおらず、他人事になった参列者が、詮索を始めている。

 それは例にもれず、ヘイゼルも同じだ。


「そんな重罪を犯すなんて恐ろしいですわね。どこの家名かしら」

 そう言葉にした直後、陛下が家名を告げた。


「バークリー伯爵家は、未来永劫この国から除籍とする」


 その瞬間、ヘイゼルが「ヒヤァーー」と悲鳴をあげたが、針のむしろのような視線に、慌てて口を手で塞いだ。


 私の方へ振り向いたヘイゼルは、涙を浮かべて懇願してきた。


「お、お姉様大変ですわ。私たち、このままだと処刑されます。で、ですのでギルバート殿下に減刑を訴えてくださいまし」


 私が言い返そうと思った矢先、ヘイゼルの言葉に違和感を抱いた公爵夫人が、さらりと彼女を突き放した。


「あれ? 先ほどのご紹介では、アンドレア様はバークリー伯爵家の方ではないと理解いたしましたが、違いましたか?」

 その一言がヘイゼルの強烈なボディブローとなったようだ。


 血の気の失せたヘイゼルは、俯いてぶつぶつ独り言を口にし始めたが、ぷつりと止まった後から、正気を失いわめき散らし始めた。


「あんたがいなければ、こんなことにはなってなかったのに‼」


「私はずっと蚊帳の外で何もしていないけど、あなたが何かしたからこうなったのではなくて?」


「……っ」

 何も言い返せなくなったヘイゼルは、口唇を噛む。


「天国で、あなたを恨んでいたコンラートに会ったら、約束は果たしたと伝えてくださいね」


 この言葉に思い当たる節があったのだろう。急に押し黙り、両手で顔を覆う。


 小さく首を横に振るヘイゼルは、全身を震わせながら近衛兵に連行されていった。


 ◇◇◇


 式典が終わると、真っ先にルシオが私の元にやってきた。

「男爵位の授与について、誠におめでとうございます」


「なんだかしっくりこないわね」

「ですがギルバート殿下は、アンドレア卿が官僚試験を受けると聞いてから、そのつもりだったはずです。どうして試験の問題を難しくする必要があるのか私にはわかりかねましたが、殿下にはこうなる未来が見えていたのでしょう」


「ギルバートがそんなことをしていたのね」


 大きく頷いたルシオは、体の向きを変えた。


「さあ、殿下がアンドレア卿が来るのを首を長くして待っておりますのでご案内いたします」

「お願いします」

 いつになく堂々と、凛とした声が出た。


 それが当然のことのように受け取ったルシオは、優しく目尻を下げ歩み始めた。


「他の王族は退席されているはずですから、控え室にはギルバート殿下しかおりません」

 案内された扉の前でそういった彼が恭しく扉を開けてくれると、そのまま頭を下げた。


「ここから先は、おひとりでお進みください」

 その言葉に促され一歩入ると、待ちきれないと言わんばかりの雰囲気を醸し、こちらを見ていたギルバートと目が合った。


 緊張からか、少しだけその場を動けずに固まってしまうが、私の顔を見るなり満面の笑顔になったギルバートが、両腕を広げたため、自然と引き寄せられていく。


 駆け寄る私は、そのままの勢いで彼の腕の中に飛び込んだ。

 衝撃を吸収しようとする彼が、くるくるとその場で回転し、非現実的な感覚に、これまでのことも夢だったのかと思う自分がいる──。


 伝わってくる彼の温もりが、これまでの出来事が一気に現実味を帯び、幻ではないのだと実感させてくれた。


「もう2度とアンドレアを離さない。私の愛する女性は、後にも先にもアンドレアただ一人だと誓う」


「私もギルバートへの想いは、ずっと変わらないわ」


「私たちの婚約の発表は、バークリー伯爵の一件がすべてきれいになってから行いたいのだが、それまで待ってくれるだろうか?」


 城壁の外に、憂いを帯びた存在がなくなってからという意味だと理解し、笑顔で答えた。


「もちろんだわ」

 見つめてくる彼の瞳。

 拒む理由のない私は、彼の気持ちのまますべてをゆだねた。


 ◇◇◇

【エピローグ】


 前世でどうしてもクリアできなかったバグが起きたゲームの世界。

 愛する彼と結ばれるためには、バークリー伯爵家の令嬢になる執着を捨てれば良かったなんて……知らなかった──。

 そうね……あの屋敷にヒロインは2人もいらなかったのに……前世では気づけなかったのか。


 心穏やかに彼のプロポーズを受け止めた直後、ピロンという聞き慣れた音が頭の中で鳴った。


 おそらく、これもいよいよ最後だろう。

 今回は文字ではなく、目まぐるしく表情が変わる映像だ。

 笑ったり、照れたり、ときに拗ねたり……。


 これからギルバートが与えてくれる幸せと快楽に、私が溺れている未来のエンドロール。


  自分のみだらな姿が流れ、どきりとする。


 たとえふしだらと言われても、どうでもいい。


 この映像に刺激され、うずく体が私のさらに深い所に彼の熱を求めている──。


 勘のいい彼は気づいているはずで、このエンドロールは今夜から始まる映像……かもしれない。

最後までお読みいただきありがとうございます。

ほぼ毎日投稿を続け、ここまで来ることができました。

長居連載は久々のため、こうして最後まで投稿ができて感無量でございます。

この1年、家族や自分のことなど色々ありまして、騒がしい毎日をやっと抜け出したところです!


連日最新話を追いかけてくださった皆様、本当にありがとうございます。


また、一気読みをしてくださった皆様、誠にありがとうございます。

どちらかの皆様も、ぜひ、読了の証に、広告バーナーの下にあります☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて評価をいただけると、作者は大変うれしいです。

よろしくお願いします。

本編は一度、完結といたしますが、また機会があればショートストーリーを投稿するかもしれませんので、そのときは再びよろしくお願いします。

改めて、最後の最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。


瑞貴

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