27 決着②
「本当に豪奢なドレスですね。ギルバート殿下の気持ちが込められておりますわ」
元侯爵令嬢のエルナが舌を巻くのだから、相当なものなのだろう。
それなのに私ときたら、さっぱりドレスの違いがわからない。最近新調したドレスも私にとっては豪華と感じたのだが……。
情けないとは思うが、どこに彼の気持ちが込められているのか理解できないため尋ねた。
「やっぱりエルナの目で見ても、そう思うの?」
「ふんだんに生地を使って、それだけ手間がかかっていますからね。普通に考えれば数週間で仕立てられる代物ではないですよ」
「お針子たちに相当無理を言って作らせたってことね」
ぽつりと呟くと、エルナが感涙を流す。
「それだけではございません。全体に散りばめられた緑のバラのコサージュの意味を、アンドレア様はご存じですか?」
「緑のバラ……」
記憶にない。
首を傾げかけたが思い出した。
この国の王族には、自分を象徴する花があるのだ。
彼の花は緑のバラ。
ゲーム制作中に考案した象徴花をキャラ情報に入力したが、その設定の使い道がなく、ストーリーでは触れていないから、印象が薄いまま。
ここではその象徴花に何か意味があるのか?
私の思いつきがどうなっているのか興味津々で、エルナの顔を見やる。
すると彼女が熱く語り始めた。
「象徴花は、その王族しか使えません。ですので誰が見てもギルバート殿下がアンドレア様に贈ったドレスだと周囲に知らせているんですよ」
「じゃぁ、私の横にいなくてもギルバートの存在を匂わせているってことなの……?」
「左様です。当人がいる終戦記念式典で、無断でそのモチーフを使用する愚か者はいませんからね。ギルバート殿下が参加している会でこの素晴らしいドレスを着ていることこそが、アンドレアお嬢様はギルバート殿下の大切な存在だと示しているのですよ」
「そんな理由があったなんて知らなかったわ」
「それはなんともお嬢様らしいですわね。博識なのにどこか抜けているから、殿下も気が気ではないのでしょうね。全面にモチーフをあしらうなんて、お嬢様はすでにご自分のものだと主張する、周囲への強いけん制ですよ」
エルナはくすくすと笑っているが、庶民の私が本当にこのドレスを着てもいいのだろうかと、不安になってきた……。
青くなる私を見て、楽しげなエルナが追い打ちをかける。
「緊張なんてなさらず、堂々となさっていたらよいと存じますわ。アンドレアお嬢様が困れば、ギルバート殿下がすぐにお助けくださいますよ」
「離れた席で控える王族が、できるわけないでしょう」
呑気に構えるエルナに呆れながら返した。
◇◇◇
大興奮のエルナから正装の準備を整えてもらえば、普段見慣れている自分の姿から、見違えるほど美しく変わった。
鏡の前でドレスを揺らしながら、しばらく自分の姿に見入っていた私は、部屋を出るのがすっかり遅くなってしまう。
私が到着したときには、大広間はたくさんの人でにぎわっており、軽快な音楽とともに華やかな空気が全体に広がっていた。
今日の主催は国王陛下のため、国王夫妻をはじめ、ギルバートを含めた王族はみな、2階に位置する主催者席から会場の様子をうかがっており、私の入場に気づいたギルバートが満足げに口角を上げた。
私もそれに返すように、微笑みを向ける。
次第に私の姿に気づいた出席者からざわめきが起き始めているようだ。
なるほどね。
エルナの言ったとおり、このドレスが強烈な印象を与えているようで、四方八方から熱い視線を感じる。
「今日は重大な発表があるとは聞いていたけど、まさかギルバート殿下の婚約だったの⁉」
「どちらのご令嬢でしょうね? 存じ上げない方ですが、異国の方かしら」
「ギルバート殿下のお心を捕らえるなんて、羨ましいわ」
皆、私に声をかけたそうにしているが、面識もないため、迂闊に関われないみたいだ。
この国の慣例によれば、初対面の人物には声をかけられない。
相手を知る人物からの紹介がないと接触してはならない。そんなことが、ギルバートから借りた挨拶のマナーの本に書いてあった。
これを知っている以上、失礼な人間が接触してきたときに、私から拒んでも礼儀違反ではないということだ。
じろじろ見られているが、押し寄せてくることはないのだから、ひとまず安心か。
そう油断していれば、私を知る数少ない人物であるヘイゼルが声をかけてきた。
「急に屋敷から消えてしまったので、お姉様がお元気にしているか、心配していたのよ」
今は周囲の目もある。ヘイゼルは穏やかな微笑みを浮かべ、必死に取り繕っているようだが内心は、よほど悔しいのだろう。
彼女は自分のドレスのスカートを、力強くぎゅっと握ったままだ。
「急に屋敷を出てしまい、ごめんなさいね」
「ですが……やはり母親譲りで、ふしだらなのですね。婚約もなさっていないのにギルバート殿下からドレスを贈られているなんて……すでに男女の関係ということですわよね」
この国は結婚するまで処女でなければならないという、お堅い考えに、母親まで持ち出すとは腹立たしい。
だけどギルバートが言っていた。
私は堂々としていればいいと。
卑屈になる必要はないため、ありのままの感情をぶつけた。
「見てのとおり、私はギルバートに愛されていますが、ヘイゼルの想像するようなことはありませんから、心配しないでください」
すると、私から意外な言葉が出てきてムッとしたのだろう。
平常心を失いかけたヘイゼルの荒い口調が返ってくる。
「殿下を呼び捨てにするなんて、失礼ですわよ。それでは教養を疑われますわね」
「あら? ギルバートがそう呼ぶように言ってきたのですから当然ですわ。そういえば、ヘイゼルが彼から受け取ったネックレスは、本当は私へ贈ったみたいなのよ。身を守る魔法石がついたものなので返して欲しいけれど、いいかしら?」
返せるはずのないものを要求され、彼女の顔が一気に鬼の形相へと変わった。
お読みいただきありがとうございます♪
今日はこのあと、完結まで一気に投稿していきます。
何卒よろしくお願いします。




