22-1 嘘と真実。真実と嘘。
ヘイゼル……。
まったく歓迎しない彼女の訪問に対し、露骨なまでに冷たい視線を向ける。
それにも関わらず、気にする様子のないヘイゼルは高い声が可憐で、それでいて、おっとりとした口調で話し出す。
「お姉様がお困りのときに、すぐにお会いできてよかったですわ」
「別に、わざわざ来なくて良かったのに」
「毒なんて持ち込んだのは、悩んでいらっしゃるからですわよね。私に何かできることはありませんか?」
眉根を寄せ、情感たっぷりに言ってのけたヘイゼル。
さすがだ。
こんな言葉をかけておけば、姉を心配した優しい妹だと言い張れるし、それを聞かされた者も疑う余地がない。
そのうえ問題は、嘘の感情が真実になっている点だ。
彼女の言動について、嘘を見抜く魔道具にかけられても、虚偽とは判定されない。
今、私を心配した言動が誠に存在する以上、偽りではないからだ。
ノーマルモードのヒロインは、ずるいことに頭が回るものだと感心する。
私の場合は前世の記憶が、ある意味邪魔をした。
悔しいが、ラムネを見つけたとき、真っ先にゲームのアイテムだと認識してしまったため、事態を捻じ曲げている。迂闊にも。
ラムネの初見の感想は、普通のお菓子ではない。そう考えたのが真実である。
だから、そのまま引き出しにしまった。
気づいておきながら隠した行動が、紛れもない事実。
そのせいでラムネの話をすると、どうしても嘘が混じる。
ラムネの存在を知らないと否定し、無罪を主張するだけの裁判では、もはや有罪は確定。
軽々に真実をはかる魔道具を使えば、不利になる。
そのため味方を増やしたい私は、声を張り上げた。
「それならお父様に、私の話を伝えてちょうだい」
「ごめんなさいお姉様。それは私だけの判断で動けませんから、お兄様に相談いたします」
「それでもいいわ」
にこっと微笑むヘイゼルは、どうせ相談なんかしないだろう。どこまで馬鹿にしてくる態度に、イラっとする。
ヘイゼルと不毛な会話をしていれば、コンラートが遅れて到着した。
「こらヘイゼル! 許可をとって来るから、待っていろと伝えていただろう。
「だって、お姉様のことが気になって、いてもたってもいられなかったんですから、仕方ないですわ」
頬を膨らませ、唇を尖らせた。
「かわいい顔をしても駄目だ」
「ごめんなさいお兄様。だけど、お姉様との話はちゃんとできたわ」
「そうか。それなら戻るぞ」
長居は無意味と言いたげのコンラートが、私を見やる。
「お前の部屋から確固たる証拠が見つかったわけだ。だから裁判を先延ばしにする必要はないと決まった」
「それは、どういう意味ですか……」
コンラートの鋭い眼光と感情のこもらない口調。嫌な予感がして、震える声で聞き返した。
「明日、お前の罪状を決める裁判を行うことになった」
「明日……ですか……」
こんなに直近では、ギルバート殿下が証拠を探す時間がない。
そもそも真犯人を追い詰める確証もないのに……どうして…。
握った鉄格子に力を込めると、わずかに動いた気がしたため、慌てて手を離す。
この会話を目の当たりにしたヘイゼルはが、目を丸くすると、擁護しようと口を挟む。
「明日だなんて、早すぎませんか?」
「投獄している人間の世話だけでも、王城で働く人間の手が必要になるんだ。処刑を待つだけの人間に時間を割くほど暇じゃない。そういうことだ」
「そんな……」
口では悲嘆めいた言葉を発したヘイゼル。だがゲーム考案者である私は、騙されるはずもない。
憂いを帯びた表情でうつむいた彼女が、誰にも見られていないと油断し、口角を上げていた。
窮地ではあるが、それを見逃すほど滅入ってはいないということか。
この牢の中でも、まだ頑張れる。
ヘイゼルは完全に黒だ。
それをコンラートにそれを告げたところで意味をなさいだろうし、一足先にここを訪ねて来たギルバート殿下に伝えることもできない。
だけど、ギルバート殿下なら大丈夫。そう信じるだけ。
私たちは今、イベントのさなか。
それも2人で協力して問題を解決しようという難問に、互いに立ち向かっている。
これはヘイゼルが仕掛ける罠だ。気持ちで負けるな。絶対にうまくいく。
強い決意を抱き2人を見つめていれば、コンラートが「戻るぞ」とヘイゼルを促し、この場から消えていった。
◇◇◇
「はぁ~、いなくなった……」
ぐらつく鉄格子を見ながら、安堵の息が漏れる。
犯人はヘイゼル。これは間違いないが、彼女だけでできるのか……。
私の部屋はギルバート殿下の隣。いわば王城の最奥の警備がより厳しくなっている区画だ。
王城の奥深くまで立ち入ることができないヘイゼルが、どうやって……?
コンラートは自分の利益に敏感な男で、危険なことに無駄な介入をするわけがない。
どんな仮説を立てても、無罪を証明できそうにない……か。
弱気になっては駄目よ。
どうやったら解決できるのかわからないけど、ギルバート殿下なら、できるはず……。
そうよね……。
さっき別れたばかりなのに。こんな不安なときは、早く彼に会いたい──。
◇◇◇
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