16-1 官僚初日
今日から王城官僚としての仕事が始まる。
最近すでに通い慣れていた場所とはいえ、今日は緊張と期待が入り混じる。
胸を高鳴らせ王城に到着すれば、すぐに安堵の息が漏れた。
穏やかな笑顔を見せるうら若い男性が、私のことを入り口で出迎えているからだ。
長い髪を後ろで一本に縛るグラナド侯爵令息は、ゲームにも出てくる存在であり、顔を見てすぐにわかった。
彼はギルバート殿下の側近だ。
もっと身分の低い家臣が案内係だと考えていたが、ギルバート殿下の右腕の人材を当ててきたことに、驚きとともに喜び顔が綻ぶ。
一方私とは反対に、完全に初対面の彼は、しごく真面目な顔で声をかけてきた。
「僕はルシオ・グラナドと申しますが、バークリー伯爵令嬢ですね」
「ええ、初めましてルシオ卿。アンドレアと申します」
「では早速ですが、僕たちの執務室へご案内しますね」
ルシオと同じ部屋ということは、本当にギルバート殿下の近くで仕事ができるのか。
想定以上の好条件の配置に恐縮しつつ、王城の中の広い廊下を彼と2人で進む。
「アンドレア卿が来るのを、ギルバート殿下が楽しみにしておられましたよ」
「アンドレア卿……?」
自分の名前を恭しく呼ばれたため、ルシオをのことを、きょとんとした顔で見つめてしまう。
すると私の感情を察した彼が、説明を始めた。
「王城官僚は試験に合格した者が就く職ですから、中には平民もいます。ですので官僚の呼び名はみんな卿を付けて呼ぶことになっています」
「だからアンドレア卿……」
「お気に召しませんでしたか?」
「いいえ。気に入らないなんて滅相もありません。自分がそのような呼ばれ方をするとは思ってもいなかったから、びっくりしただけでして」
「ははっ! 素直な方ですね。ギルバート殿下が気に入っている理由が、なんとなくわかった気がします」
「ギルバート殿下が私のことを⁉」
寝耳に水だ。
いやまさか、彼が私を気にかけるなんてことはないだろうと、自分の顔を指さす。
「ええ、珍しく熱くなっていましたよ。アンドレア卿のことは、ご自分の近くに配置すると、少しも譲りませんでしたからね」
「それは、どうしてでしょうかね?」
それを尋ねた直後、私の頭の中で「ピロン」というゲームウィンドウが出現する音が聞こえた。
「僕の口からは何も言えませんが、そのうちギルバート殿下から直接理由を聞かされるのではないですか、ははは」
ルシオは笑っていたが、上の空だった私は、「そうですか」と気のない相づちを返し、浮かんできたゲームウィンドウを確認する。
【突発イベント発生:攻略キャラと協力して、問題を解決しよう(※アイテム報酬あり)】
【どちらに向かう?】
【行先選択:自分の執務室・兄の執務室】
行先選択ね……。
ルシオに案内されている身だし、自分に決定権はないだろう。
突発イベントか……。
そもそもアンドレアが王城官僚で働くことは、ゲームにないため、ここで起きることは知らない事柄である。
どちらに向かっても、何が起きるかわからないため、静観することにした。
すると、私に顔を向けるルシオが尋ねてきたのだ。
このイベントの行先について。
「これから僕とアンドレア卿の執務室に向かうつもりですが、先にコンラート卿の部屋をご案内いたしますか? 何かあったときに、場所を知っていた方がいいでしょうし」
寄り道をすれば、兄の執務室に行くということか……。
別にコンラートに用事はないし、何かあっても頼ることはない。
自分で選択できるなら、彼の部屋は却下と即決した。
「早く仕事を確認したいから、自分の仕事部屋へ行きたいわ」
快くルシオが承諾し、イベント場所は自分の執務室となった。
改めてイベントを思い起こす。
たぶん、ギルバート殿下と協力して、何かの問題を解決すればいいってことみたいだ。
あまり難しい問題が出てきませんようにと、内心願った。
◇◇◇
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