14 偽りの令嬢(※ギルバート視点)
王城の中を歩いているアンドレアを見つけ、あとを追った。
どこへ行くかと思えば、彼女は躊躇うことなく図書室の歴史書の棚へ向かっていた。閲覧者がほとんどいない本に興味を持つなど、どこまでも不思議な令嬢だ。
それも、ただの気まぐれではないようだ。
彼女は本を見て呟いているのだから、何か思うことがあって読み進めているのだろう。真剣な姿もどこか愛らしく見える。
まさか帝国語の本まで読めるとは考えてもいなかった。
彼女の能力を欲しがる部署よりも、私のそばにいて欲しが、そんな配置をしたら、彼女は怒るだろうか?
まあ、それはそのときだ。
気になる女性が他の男に囲まれているのを黙って見ていられるほど、寛大でいられる気がしない。
アンドレアと毎日一緒に過ごせる期待感で心が軽やかになっていたタイミングで、側近のルシオが執務室を訪ねてきた。彼は真っ青な顔をしている。
面倒な知らせを持ってきたのだろう。気が乗らないながらも報告を促す。
「何があった?」
「大変申し訳ございません」
本題を話す前から、彼は深々と頭を下げてきて、顔をしかめる。
「先日、ギルバート殿下から預かったネックレスを、間違って違う令嬢に渡したようです」
「はぁ⁉ どういうことだ‼」
立ち上がり、話の先を促した。
「バークリー伯爵家には、アンドレア様とヘイゼル様という2人のご令嬢がいらっしゃるようでして」
「そんなことは、戸籍の届け出を確認すればわかるだろう。私は茶色い髪の令嬢だと告げたはずだ」
「いえ、それが……アンドレア様の存在は、先ほど官僚試験の申込み名簿で、初めて知った次第でして。戸籍を見て、ネックレスはヘイゼル様宛だと思い込み、指示してしまいました」
「悪い。意味がわからない」
アンドレアは自分をバークリー伯爵の娘だと名乗り、それを証明するような家紋のブローチを着けていたではないか。
それなのに彼女は、伯爵令嬢ではないと言うのか……?
「アンドレア様はバークリー伯爵家のご令嬢としてお過ごしになっているようですが、実際には伯爵家の籍に入っておりません。ですので戸籍のない庶民と同じ存在のようです」
「馬鹿な? どうしてそんなことになっているんだ?」
「コンラート卿が、周囲に話していたこともあり発覚したのですが、アンドレア様は1年半年前にバークリー伯爵家に引き取られた、婚外子のようです」
「彼女の年齢は!」
ルシオに詰め寄っても仕方ないことだとわかりつつ、口調が荒くなってしまった。
貴族籍に入っているか、いないかは、私にとっては大いに関係がある。
彼女が貴族でなければ、どうやっても私の婚約者に据えることはできないからだ。
「アンドレア様は現在17歳です。18歳までは、あと3か月。この間に伯爵家の籍に入らないと、以後、養子にはなれません」
「バークリー伯爵を呼べ!」
「お言葉ですが、自身の戸籍に入れるかどうかは、個人の問題ですから、ギルバート殿下でも口出しできない問題です。殿下はこれ以上、彼女にかかわらない方がよろしいかと存じます。もしも、バークリー伯爵家にこだわるのであれば、ヘイゼル様でよろしいかと存じます。彼女から手紙も届いておりますし」
そう言ったルシオが、机の上に1通の手紙をそっと置いた。差出人を見ると、ヘイゼル・バークリーと書いてある。
王城に戻ってすぐに届けさせたネックレスが、ヘイゼル嬢に届き、勘違いした彼女からの返礼か……最悪だ。
手紙をルシオへ突き返せば、彼は黙って受け取った。
今の問題はアンドレアだ。どうすれば……。
このまま関係が終わるのは惜しい。2人きりで交わした時間は思いのほか楽しかった。
……そうして思いついた私は、ルシオの目を見て告げた。
「今すぐ試験の問題を作り直せ。誰も受からないような、最高難度の試験に変えろ!」
私の思惑を真逆にとらえたルシオが、はははと、声に出して笑った。
「ははっ、試験問題でも漏らしたのですか? 彼女が受かると困るからって、私をこき使うのはおやめください」
「そうではない。アンドレアしか合格しないようなレベルの問題に作り直せと言っているんだ」
「混乱されていますか? 1年半しか勉強をなさっていないご令嬢では、そもそも合格できませんよ……」
「いいから試験の難易度を上げろ!」
ぎろりと睨むと、今すぐ取り掛かると言葉にしたルシオが、転げるように飛び出していった。
一人になった私は窓の外を見る。
試験に必ず受かって、私の前に正々堂々と立ってくれ。
私の前に現れる権利を自分の手で掴んでこい、アンドレア──。
お読みいただきありがとうございます。
偽りの令嬢について、いよいよギルバートが気づいたようです。
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