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7-1 成功報酬の行方

 ヘイゼルが立てる、紙と紙を擦る音が辺りに響く。

 その一部始終を息を呑んで見守る私の心の中は、間違いでありますように、と繰り返すのみ。


「うわぁ〜」

 ヘイゼルが放つ、静寂を壊す弾む声が広がり、緊張で固く閉じた口唇が自然と緩んでいく。


 私の目に映ったのは、紛れもなく身代わりのネックレスである。


 好感度を上げて得られるアイテムを、悪魔のような性格を隠し持つヘイゼルが手にしたというのか……。


 一部始終を見守り苦しくなってきた私は、呼吸することさえ忘れていたようだ。


 落ち着きを取り戻そうとゆっくりと息を吸い込む。


 そうすると、悔しさなのか、悲しさなのか、それとも死への恐怖なのかわからないが、じわりと目頭が熱くなる。


 恨めしく思いながら見つめるヘイゼルの手に、緑色の楕円形の石が輝くネックレスが握られている。


 がっかりする私とは裏腹に、ヘイゼルは歓喜の声を上げた。

「素敵なネックレスをちょうだいして、光栄ですわ」


「お喜びいただいたこと、殿下にご報告いたします」

 そう言ってぺこりと頭を下げ、ヘイゼルの反応を見届けた王城の使者は、屋敷をあとにした。


 最悪だ……。

 浮かれたヘイゼルが鼻歌でも唄い出しそうなほど上機嫌に、首元にネックレスを当てている。


「お姉様見てくださいまし。ギルバート殿下からプレゼントを賜りましたわ」


「へぇ~、よかったわね」

 棒読みで、心にもない言葉を口にする。


「お父様とお兄様に報告したら、大喜びされますわよ」

 これまで女性関係の噂が一切なかったギルバート殿下からのプレゼントである。


 ギルバート殿下がヘイゼルに興味を持っていると考えるのが自然だ。


「だけど、どうしてヘイゼルにネックレスが届いたのかしら?」


 腹の底から感じている疑問をぶつけた。

 そうすれば、自信満々に胸を張る彼女は口を開く。


「実はね。戦場にいるギルバート殿下に手紙を届けていたんです。任務中の癒しになればと思って送っていたのですが、それのお礼ですわ、きっと」


 誇らしげなヘイゼルは、ふふふと笑った。

 やはり納得がいかない……。

 ゲームにそんなエピソードはなかったはずだ。

 バグが起きたせいで生じたことなのだろうか?


 とはいえ名指しで届いたネックレスを、あなたのものではないとも言えない。

 ひとまず「良かったわね」と告げて自室へ戻ってきた。


 私の後ろを、真っ黒なオーラを放つエルナがついてきたかと思えば、部屋に戻るや否や彼女が謝罪してきた。


「申し訳ございません。きちんと確認もとらずにアンドレアお嬢様をご案内してしまい……。お詫びのしようもございません」


「いいのよ。気にしないで」

 すました態度で口にした。

 この場合は、むしろ呼んでくれて良かったと思っている。


 もしもあの場にいなければ、身代わりのネックレスがヘイゼルの元へ届いていることを知らずに過ぎ去るところだった。

 彼女の持ち駒を知らない方が危険だ。エルナを恨む気持ちはない。


「ですが……私の失敗ですわ」

「落ち込まなくて大丈夫よ」


 エルナが私以上にしょげているため、なぜか私が励ます羽目になる。

 すると俯き加減のエルナが顔を上げ、まっすぐ見てくる。


「あの贈り物について、私は納得がいかなくて」

「どうして?」

 ゲームも知らないエルナが、どういった了見があるというのだ。


「アンドレア様は、王族が金色のリボンを使うときの意味をご存じですか?」


「なにそれ? 教えてちょうだい」

「あなたの特別な助けに感謝するという意味で、平時に使用しないのです。それなのに戦場へ手紙を送っていただけで、金色のリボンを巻いてくるなんて、あり得ないと感じてしまいますわ」


 神妙な顔つきのエルナが言っていることも一理ある。


 だが結局、ヘイゼルに届いたプレゼントは撤回されるわけもないため、私たちが疑問を抱こうが、諦めるしかないのだ。


「金色のリボンにそんな意味があったのね。それならヘイゼルも喜ぶはずね、ふふふ」


 悔し紛れに笑っておいたが、内心穏やかではない。


 自分を処刑エンドに持ち込む人物が、次々と魔道具を手に入れている事実は、私がバッドエンドに向かっていく助けになるだろうし。


 なんとかしなくてはと、気持ちだけは焦るが、その策が今のところ見つかっていない。


 うまくこなせないことばかりで、ゲームのリセットボタンを押したいが、そんなボタンはあるわけないしと、肩を落とす。

「はぁ〜あ」

 腑に落ちないことばかりで、大きなため息が漏れた──。


 ◇◇◇


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