魃の過去
そうして、青沁さんに教えてもらった王都の東に位置する賀州の漁港・健緑。
青沁さんに地図を見せてもらった時は、結構距離があるなと思ったが、本来の姿に戻った白ちゃんの背に乗って空を翔れば一瞬だった。
「えっと、青沁さんに教えてもらった穴場は……と」
いろんな魚が揚がっては木箱に移され、上裸の逞しい男達がえっさほいさと運んでいる。そんな光景を一歩離れた場所から眺めながら、私は青沁さんが言っていた『水揚場より南にある突き出た小島』を探す。
「冬花、おそらくあの小島だろう」
私の腕の中で、牛の人形のふりをしていた白ちゃんに腕を叩かれた。白ちゃんが短い手を伸ばして教えてくれた先には、確かに人けのない小島がぽつんと浮かんでいた。
さっそく移動する。小島は陸から細い道で繋がっていた。おそらくちょうど干潮で、浅瀬が現れたことでできた道だ。また海に沈まないうちに急いで渡る。
「わぁっ、見て白ちゃん! 底の方に魚の影が見えるよ!」
水の中で、時々尾びれのようなものが、ひらりと翻る姿がチラチラと見えた。これは期待できそうだ。
私は漁港からは見えないよう、山なりになっている場所を背にして座る。隣に白ちゃんもやって来て、海の中を覗いていた。
「さて、魚籠も海に入れたし針に餌もつけたし……じゃあ、いってらっしゃーい!」
ぽーい、とミミズ付きの釣り針を海へと放った。
ちなみに、このミミズは白瑞宮の裏庭産だ。菜明に「おやめくださいー!」ってしがみつかれたけど、そのまま土を掘り起こして捕獲しまくった。実質、裏庭の管理者である月兎が「ココ」って、ミミズがいる場所を都度教えてくれたから労せず大量のミミズをゲットできた。
「気長に待つのも釣りの醍醐味だよね」
竿を転がっていた石で固定して、潮騒に耳を傾ける。天気も良いし、海の上を渡ってきた潮風は、陽射しで熱くなった肌に冷たくて心地良いし、絶好の釣り日和だ。
ずっと海の中を眺めていた白ちゃんも、ポテッと腰を下ろして座った。
「本当、お主はお人好しな娘じゃな。ここまでするかのう……」
「だって、あんな話聞いちゃったら、『あーそうですかー』ですませられないって」
魃様が天上へと戻った後、私は白ちゃんに魃様がなぜ人間を嫌っているのか聞いた。私には、彼女が単純な理由で人間を嫌っているようには見えなかったから。
そこで、白ちゃんが語った魃様の昔話は、私にこんなことをさせるくらいには、つらいものだった。
『魃は、人間と神との間にできた子なのだ』
そう言って、白ちゃんは過去に埋められた記憶を、ひとつずつ丁寧に掘り返すように、言葉を選びながら訥々と語りはじめた。
『もう、随分と昔の話……まだ地上を多くの神が賑わし、人間も少なかった頃じゃ。当時、人間を纏めていた王と女仙が恋に落ち、女仙は子を産んだ。それが魃じゃ』
半人半神の魃様は、人間が持たない力を持っていた。父親は魃様の力を欲し、手元に置いていた。まだ国というものもあやふやで、人間同士絶えず争いが続いていた。そんな中、魃様の力は王という立場の父親にとっては魅力的だったのだろう。
そんなある日、雨や風の力を操る神様の力を借りた王と、魃様の父親は戦うことになった。当然、人間の力で敵うはずもなく、父親は魃様に戦うように命じた。
『魃の他に半人半神はいないというわけではなかったが、やはり存在は稀少だった。人智外の力を持つ者は、いくら王の娘といえど、和を尊ぶ村社会の中ではさぞ生きづらかったであろうな。そんな中、戦えと言われたら、誰だとて懸命に戦ってしまうものよ』
その結果、魃様は見事相手に打ち勝った。
『じゃあ、これで魃様は皆に大切にされるようになったんだね?』
『お主のように、皆がそう素直であれば良かったのだがのう……』
自分達を救ってくれた力でも、強すぎるものは恐怖になり得たのだ。戦いを命じた父親ですら魃様の強大な力を危惧して、魃様を岩屋へと封印した。
他人でも許しがたい所業だ。なのに、魃様はそれを実の父親から受けたのだ。最悪すぎる。話を聞いていて、私はその父親を一発殴りたくなった。もう生きていないだろうから無理だけど、その場にいたら間違いなく水をぶっかけて鍋で殴っていた。
その後、噂を聞きつけた白ちゃんが、魃様を岩屋から助け出したそうだけど……。




