どうしたらよかったんだろう
とはいっても、警戒して毛を逆立てた猫のように、魃様はこちらに近寄る気配はゼロだ。
「どうしたらいいかな……」などと腕組みしていると、ぽんっと肩を叩かれた。
「冬長官?」
「ここは俺に任せろ。こういった女人のご機嫌取りは得意だ」
片口を上げ、実に得意げな顔をしている。
「ご機嫌取りが得意って……」
聞いていて悲しくなってくる。そっか。長官とはいっても、王宮官吏全体から見れば、中間管理職のようなものだ。后妃や表の人達との間で板挟みなのだろう。きっと、彼の執務机に山積みされている書類のほとんどは苦情とかなのだろう。
「……可哀想に」
「その目をやめろ。絶対に勘違いしているだろう。単純に、性格に難がある后妃達を相手にして身につけた技術なだけだ」
その技術の身に付け方もどうかと思うが……。まあ、それが今この場で役に立ってくれるのなら別にいっか。
私は、颯爽と魃様の元へ向かう冬長官の背を、「お願いしまーす」と見送った。
冬長官が、膝をついて柱の陰に声をかけていた。ちょっと遠いが声は聞こえる。さすがに神様相手とあってか、とても丁寧に挨拶している。
私のところからは彼の横顔しか見えないが、見たこともないような笑顔だった。キッラキラだ。自分の顔が良いことを分かっている奴は強いんだなあ、としみじみと思う。きっと、その顔で後宮内を練り歩いたら、冬長官の通った後には、鼻から大量出血した女の人達で死屍累々に違いない。
(冬長官のよそ行き用の顔、つっよ)
そして、その美顔はやはり神様にも通用するようで。
「お主、綺麗な顔をしておるの」
「ははっ、そのようなこと――」
「妾の雨師ほどではないが」
「うぐッ!」
いや、通用してなかった。冬長官は苦しそうに胸を押さえていた。
「まあ、人間にしてはそこそこじゃな」
「そ、そこそこ……っ!?」
そんなにショック受ける?
きっと生まれてはじめて言われたんだろうなあ。この世の終わりみたいな顔になっていた。
「妾に構うな、人間。妾は魃、灼熱と渇きを与える神ぞ。干からびたくなかったら、離れておれ」
シッシと冬長官を手で追い払う魃様。無力を悟った冬長官が、珍しく背中を丸めてトボトボと戻ってくる。ちょっと面白い。
「どんまいです、そこそこ長官」
「……冬花殿?」
「ヒィッ! 菜明助けて、笑う鬼が出た!」
「まあ、冬花様ったら。冬長官を揶揄うからですよ」
「だ、だってぇ……」
芋娘って言ったこと忘れてないからな! しばらくは、このネタを擦りまくってやるからな! 怖いけど!
(にしても……)
柱の方を確認する。魃様はプイとそっぽを向きつつも、時折視線でこちらを気にしている様子だった。
(人間が嫌いって言うけど、邪険にしてるって感じじゃないんだよね)
先ほどから言葉の端々にこちらへの気遣いを感じる。本当に嫌いなら、冬長官が干からびても良いはずなのに、わざわざ離れてろって言うし。
「おもてなししたいけど、近づいたら駄目って言われたらなあ……」
しかし、そこは日本人の性。来客にはお茶くらい出したい!
ということで、私は厨房で飲み物を確保して、魃様のところへと持っていった。
「だから妾には近付くなと――!」
「どうぞ、白瑞宮名物梅ジュースです」
「う、梅……じゅーす……?」
魃様は目を瞬かせ、私と渡された梅ジュースとを交互に見つめていた。
「ご迷惑ならすぐにあっちに戻りますから。でも、せっかく来てくれたんで、お茶……ってかジュースですけど、飲んでいってください。梅さんの梅で作ったんで、とっても美味しいんですよ!」
「梅さん……もしや、ここには梅花精もおるのか」
「いますよ、裏庭に。呼びましょうか?」
そういえば、ここ数日梅さんの姿を見なかったな。基本的には裏庭にいるが、気まぐれに「冬花~」ってフワフワ飛んで、こっちまでやって来るのに。
呼びに行こうと腰を上げるが。
「い、いやいい! 花精の一族は妾を嫌うておる故……」
魃様の声に止められ、再び私は腰を下ろした。
杯を握る魃様の両手は力が入っているのか、杯の側面に爪を立てていた。
「力を抑えていても、妾が持つ灼旱の熱は植物にはつらいものなのじゃ。弱いものだと、妾が近くを通るだけで萎びれてしまう。同じ神でも妾は……殺めることしかできぬ、役立たずなのじゃよ」
彼女の爪が杯を引っ掻く、カリカリとした耳障りな音がいやに耳に響く。自嘲に口端をつり上げる彼女に、なんと声を掛けて良いのかわからなかった。
そこで、白ちゃんが「戻ったぞ」と現れたことで、すべてが曖昧のままで終わってしまった。魃様は、白ちゃんが連れてきた雨師様というハイパーイケメンの神様に連れられ、天上へと戻っていってしまった。




