バリキャリOLがもう少女にしか見えない
「人間は嘘吐きじゃ! 妾には、白澤様のお気持ちがよくわかるのじゃ。妾も人間には良いように使われてきたわっ!」
彼女が叫ぶ度に熱波が吹きすさぶ。眼鏡がずれ、三つ編みは背後へと吹っ飛んだ。
しかし、顔を腕で覆いなんとか耐える。
火傷するほどではなかったが、轟々と燃えさかるたき火まであと一歩、というほどの熱さはあった。窓も扉も開いていないのに、突然起こったそれは、間違いなく魃様の力だろう。冬長官も菜明も無傷の様子だ。良かった。
「魃ッ! お主……!」
白ちゃんが険しい声を上げるが、私が「大丈夫」とヒラヒラ手を挙げると、それ以上は声を荒げなかった。
彼女を見やれば、うぐっと喉に小骨を詰まらせたように息を詰め、サッと視線を逸らしてしまった。
「大丈夫だよ、白ちゃん。魃様は怪我させようとしたわけじゃないから」
彼女の本当の力は、きっとこんなものではない。
それが白ちゃんも分かっているのだろう。はぁ、と全身から力を抜くと、今度は殊更に優しい声音で彼女を呼ぶ。
「魃……冬花の言うとおりじゃ。ここでワシは困ったことにはなっておらぬ。それよりも、なぜ降りてきていたのならすぐに姿を現さなかった。水くさいではないか」
「そっ、それは……心配で来てみたものの、妾が近付いたせいで宮が暑くなり、白澤様を苦しめる羽目に……だからその……」
「申し訳なくて、顔を出すに出せなかったのか?」
コクリ、と魃様は頷いた。俯いた顔は口先が尖り、胸の前で指先を絡める姿は、親に悪戯が見つかった子供のようだ。やはり先ほどの威嚇のような熱波は、攻撃というよりも感情が昂ぶってやってしまっただけなのだろう。
最初彼女にもった、バリキャリのような強い女性というイメージはもうなく、今はただの白ちゃんを慕う美少女のように見える。
「白ちゃん、こんなに慕われて嬉しいね」
「慕われて……のう……」
あら? なんだか物言いたげな目をしている。
まん丸した金色の瞳が、今は重くなった瞼のせいで半円だ。
「魃。お主、ワシが心配で来たと言ったが、そもそもワシを訪ねた理由はなんだったにだ?」
「えっ……」
明らかに何かある「え」だった。
途端に魃様の目が泳ぎ出す。弄んでいた指先も、高速でカチカチと爪がぶつかっている。
「……雨師はどうした」
「ギクッ!」
わあ、本当に「ギクッ!」って言う人、はじめて見たよ。
「魃ゥ……」
「ぁわ、わっ、あわわっ……」
子牛姿のままのはずなのに、白ちゃんのほうが彼女よりも大きく見えた。
◆
「ふんっ、やはり雨師と喧嘩したのか。まあ、どうせお主が勝手にへそ曲げて飛び出したのじゃろう」
「妾は、わ、悪くないっ! 雨師が……!」
「わかったわかった。まったく、お主はいつもワシのところに駆け込んできおって、毎度仲裁しているワシの身にもなれい」
どうやら、魃様は夫である雨師という神様と喧嘩したらしい。白ちゃんの言葉から、痴話喧嘩の類いだとわかる。しかも、頻繁にある模様。
「落ち着くまで、まだしばらくこの宮にいるか?」
「…………人間に見つかったし嫌じゃ」
あ、数日前から白瑞宮が異様に暑かったってことは、数日前から魃様がいたってことか。もしかして、暑くして申し訳なくて出てこれなかった他にも、私達人間がいたから出るに出られなかったのかもしれない。
「ならば天上に戻るか?」
「…………」
完全に拗ねた子供だ。あの、いつも膝に抱っこされている子牛すら、父親に見えてくる。
「ならば仕方ない。雨師を呼んでくるかの」
白ちゃんはその場でトンと軽く宙返りをした。一瞬にして、抱っこできる大きさだった身体が、冬長官よりも高く、今座っている卓よりも大きな姿へと変貌を遂げる。牛の特徴といえば蹄くらいで、元の姿は、まるで白狼のような神々しさと雄々しさがあった。
「では、すぐに戻ってくるが……。冬花、しばしの間魃の相手を頼んだぞ。根は良い娘なんじゃ」
「はいはーい。気を付けていってらっしゃーい」
天上をすり抜けて姿を消した白ちゃんを、私は手を振って見送った。その傍らで冬長官は「何度見ても驚くな」と瞠目し、菜明は「あひゃぁ」と腰を抜かしていた。
(そっか。菜明が白ちゃんの元の姿を見たのって、これがはじめてだっけ)
いつもちんちくりんな姿を見ていれば、いきなり巨大狼はさすがに驚くか。
私は菜明の手を引っ張って助け起こした。チラと柱の陰を見やる。
(さて、頼まれたはいいけど……)
柱の陰からは、ハリネズミのような威嚇の空気が伝わってくる。
「ど、どうしましょう、冬花様」
菜明も、ひそっと耳打ちしてくる。ハリネズミだからと、このまま無言放置は良くないと思う。なんとなくだけど、あの神様は人間嫌いとか言いながら、そこまで嫌っていないと思うし。
「とりあえず、おもてなしだよね!」
白瑞宮に来たなら、神様でも客人だ。




