奴が来た
白ちゃんは私達の半分の量を、月兎は四分の一サイズを出したんだけど、それにしても瞬殺すぎやしないか。
「出した後に言うのもなんだけど、動物の身体で揚げ物って大丈夫なの?」
「神だからな」
「ヘーキー」
「神様便利だねえー……あ、うまっ!」
こんな可愛い小動物でもやっぱり神なんだな、って感心しつつ羹に口を付けたのだが、思わず感想がそのままぽろっとこぼれてしまった。
油で重くなった口内が、酢で洗い流されリセットされる。そして、喉の奥に飲み込んだ後、微かに残るピリッとした唐辛子の辛味が、次なる食欲を誘う。これは、危険な無限ループだ。羹のなかで揺蕩うくったりとした野菜は、噛まずともするすると入っていくため、羹なのにお茶のようにごくごくと飲んでしまう。
けっこうずっしりとしたミルフィーユフライを食べたというのに、羹を飲んだ後は休む間もなく、もう次の一皿へと手を伸ばしていた。
里芋の梅ジャムソース掛けだ。
素揚げをしてさらに焼いている里芋は、外側は焼き餅のような硬めの皮っぽくなり、しかし内側は里芋ならではのねっとりとした舌触り。
さわやか、すっぱい、辛い、という味のジェットコースター。それも最後に甘味を迎えたことで、ようやく終点に着いたという感慨が湧き上がる。里芋を口に含んで、そのねっとりさを堪能すれば、箸もほっとひと息つく。
甘味とは、こんなにもほっこりする味だったのか。
まとまりのないメニューにも見えるが、あれを食べればこれが食べたくなり、これを食べるとそれが恋しくなるという、見事な連携プレイ。
「どれも酸味が入っているのに、こんなに味に多種多様な変化をつけられるものなんですね」
「梅がシロップやお酒、梅干しって色々と変身できるのと同じように、使い方も色々とできるんだよね。それ単体でも美味しいけど、裏から素材を引き立てるのも得意な食材なんだよ」
他にも、梅と一緒に肉を煮込むさっぱり煮の存在も教えれば、菜明はさらに「まあっ」と目を丸くしてキラキラと輝かせた。
「さすがに、今日はもうお腹いっぱいだからまた今度ね」
「わあっ、楽しみです!」
小さな拍手をして屈託なく喜ぶ菜明を見て、私もフッと頬が緩んだ。
「うむ、満足じゃぁ」
ポンッ、と愛らしい音がしたと思ったら、隣の椅子の上で白ちゃんが、ただでさえ丸かったお腹をさらにまん丸に太らせ、仰向けになっていた。卓の上では同じように月兎が「ケフッ」と転がっている。
「二人とも、食べてすぐ寝たら牛になる……いや、白ちゃんは元々牛だからいいの?」
「うーしーでーはーなーい」
「説得力皆無だね」
どこからどう見ても牛。月兎にいたっては「ナルー」と、むしろ牛になりたい的なことを言っていた。ならないで。子兎のままでいてください。
「私も、こんなに満足した昼食は久しぶりでした。ありがとうございます、冬花様」
「私だけじゃなくて、皆で作ったもんでしょ」
「ふふ、そうですね。皆で作ると料理もこんなに楽しいものなのですね」
「でしょっ!」と、私はグッと親指を立てた。
「また、よろしければ一緒に作ってもよろしいでしょうか」
「もちろん! 私にも菜明の家の料理とか教えてよ」
しばらく、お腹が落ち着くまでこうして談笑して、最後に全員で「ごちそうさま」をした。
この「いただきます」と「ごちそうさま」は、一緒に食事する時の白瑞宮ならではのルールだ。こちらの世界では、食事の挨拶という文化がなかった。だから、私がせめて白瑞宮だけでもとルールを定めたのだ。
食材や、その食材を作ってくれた人、料理した人、そして食事があることすべてに感謝して唱える言葉だと教えれば、皆それは良いと、こうして一緒に挨拶するようになった。
お腹を叩けば、ポンッと満腹を知らせる音がなる。
「はぁ~、いつの間にか暑さも気にならなくなってたわ」
まだ確かに暑いが、美味しいものを食べて英気が養われたようで、先ほどまでではない。
「それにしても、白瑞宮はこうして冬花様のお料理があるから耐えられていますが、他の宮の者達はどのようにしているのでしょうか?」
確かに。食欲がないからって、食事を抜く人が出てないと良いんだけど。
そこで、コンコンッと入り口の扉が叩かれる音がした。
「冬花殿、いるか」
奴だ。
私は目で伺ってきた菜明に、同じく目で頷き返した。彼女は椅子から素早く椅立ち上がり、扉を開けて、奴こと冬長官を広間に招き入れた。
このうだるような暑さにやられて、食を求めに来たのかな……なんて思っていたのだが、入ってきた彼の様子を見て、私は目を瞬かせた。
「おい、この宮だけ変に暑くないか? 異常だぞ」
冬長官は端正な顔をこれでもかと顰め、顎先を拭っていた。
「…………え?」
この宮だけ?




