美しい夜空にこいねがう
いきなり言われたら断っていただろうが……。
(まあ、これも見世物効果のひとつとして先に聞いてたしね)
私の懐には、料理と関係無い白澤図がしっかりと収めてある。
冬長官から、万灯祭に出席することの他にもうひとつ頼まれていたのだ。
『白澤様がお許しなればなのだが、俺に見せてくれたような神の加護を、皆にも見せてやってくれないだろうか』と。
冬長官が言っている神の加護とは、おそらく梅さんを助けた時や、青清池で月兎の力を借りた時のようなものだ。
視覚的に一発で人智外の力って分かるから、見せられたらそりゃインパクト大きいよね。
私は、いかにも神の使いだという雰囲気を(頑張って)まとい、恭しい手つきで白澤図を出した。見世物効果を出すには、それ相応の格好もつけなくては。
「梅花精、召喚」
白澤図が光った数瞬後、梅の香りが夜風にまぎれて運ばれてくる。
こちらの行いに気付いた者達が、目を瞠っていた。
隣の陛下が息をのむ気配があった。きっと、目の前の人達と大差ない表情をしているのだろう。
天燈のようにふわりと宙に浮いた美女が、いきなり現れたのだ。
宙に浮く人間などいやしない。つまり、この女人は……と、懸命に脳を働かせようとしているのが伝わってきて面白い。
「梅さん、頼みを聞いてくれてありがとう」
「冬花の頼みですもの。あなたはわたくしの主。遠慮はなさらないでくださいまし」
見世物になるなら、うんと派手にしてやろうと思って、先に梅さんにも話を通しておいたのだ。
「季節外れになっちゃうけど大丈夫? 本当に後に影響とか出ない?」
「ご心配無用ですわ。わたくしは梅花精ですよ。梅の木に関してできないことなんてありませんもの」
宮廷や宮廷官吏は彼女にとってトラウマのはず。
呪いを掛けたのが宮廷術士だろうがなんだろうが、同じ宮廷で働いているの者のことも憎くなってもおかしくない。
それでも、こうして私の願いを叶えてくれるのだから、いつも感謝が尽きない。
梅さんの唇が額に触れた。
天燈のような淡い輝きが私の全身を覆う。
方々から「巫女様だ」「本物だ」という声が聞こえてきて、ちょっと笑ってしまった。
役目は無事に果たせそうだ。
「《陽は注ぐ 風は吹き雨は降る 咲き競い溢れこぼれよ銘記せよ 梅花斉放》」
何も起こらない。宴席の周囲には……。
突然、梅の香りが濃くなった。
梅さんの周辺だけではなくて、宴席すべてが梅の香りに満たされている。
「なんだ?」と、誰かが夜空を指さした。
それは、天燈の朱色とも夜空の濃紺とも星の瞬きとも違う、際立った白い花弁。
風がもう一度薙げば、建物を越えてどこからともなくやって来た花弁が、夜空を埋め尽くしていく。
王宮にあった青葉の梅の木を、借りた力で一気に芽吹きから開花までもう一巡させたのだ。
皆、うわごとのように口々に「すごい」と言って、花弁が流れていく様子に見とれていた。后妃様達や陛下も例外ではなく、皆が空を仰いでいる。
(さて、それじゃあ、今のうちにコソッと抜け出そうっと)
梅さんを口パクで『ありがとう』と伝えると、彼女は花びらに紛れるようにして姿を消した。
私も、そろっと端へと移動して、目の前のため息が出るほどに美しい光景を堪能する。
すると、「助かった」と隣から聞こえた。
「あ、冬長官」
いつの間に来たのか。気配を感じなかった。
「役に立てたのなら良かったです」
「この万灯祭は豊穣の祈年祭となっているが、実際は神々へ自分達の存在を忘れないでくれという希いなんだ」
自嘲が含まれた声を聞いて、冬長官の顔を確認してしまった。
冬長官の目は、どんどんと小さくなっていく天燈を追っていて、表情からは何も読み取れない。
「天燈は、はるか高く星になるまで上がっていく……それは天上まで。そして、この幾百の灯りは地上の遠く彼方からでも見える。天上の神にも地上の神にも、天燈は見えるんだ」
高い建物が王宮くらいしかない場所な上、夜になれば明かりがほぼなくなるような場所。そんな中で、空高く昇っていく天燈は一際目立つに違いない。
「じゃあ、もしかしてこのお祭りの始まりって……」
「三百年前だ。大した歴史もない」
三百年前――それは、白ちゃんがこの国を去るような出来事が起こった頃。
『忘れないでくれという希い』の意味が、ストンと腑に落ちた。
自分達人間の罪を理解しているから、大声で戻ってきてなんて言えない。だから、せめて忘れないでと、灯りで密かに伝えるしかなかったのだろう。この、夜空によく馴染むぼんやりとした淡い明かりを灯して。
もしかしたら、私の存在はその三百年の結果なのかもしれない。
本当のところは、白ちゃんしか知らないだろうけど。
でも……。
「私の存在が、少しでも誰かの希望になってたら嬉しいな」
天燈の朱色がぼんわりと夜空に浮かび上がる中、隙間を彩るように夜空を舞い散る、白や薄紅の花びら。
この光景を見た者は、きっと神様の存在を見出してくれるだろう。美しすぎるものに、人は神を見るのだから。
「美しいな……」
思ったことを先に言われ、頷くだけになってしまう。
二人して鮮やかな夜空を眺めていた。
「今度、梅さんにちゃんとお礼言ってくださいね」
「もちろんだ」
不意に、頭にくすぐったい感覚が走る。
何かと思えば、冬長官が私の髪に挿してある簪を、指先でチリンチリン揺らしながら遊んでいた。
「できれば、来年もこの景色を見せてくれ」
向けられた冬長官の顔は、いつものピンと張り詰めたような角が落ちていた。なんとなく、眉がいつもより穏やかに見える。
「長官をクビになってないと良いですね」
「ハハッ! 俺にそんな口をきくのはお前くらいなもんだ」
「私は皇帝命令じゃないと追い出されないっていう自負がありますからね」
「ああ、確かにお前はそうだな」
私のおめかしが珍しかったのか、それとも単に気になったのか。冬長官の指はしばらく簪の飾りを揺らして、そうしてやっと離れていった。
「そうだな。いてくれ……ここに」
「行く当てもないので、しばらくは後宮でお世話になりますよ」
なぜか「チッ」と舌打ちされた。
「お前は本当、馬鹿素直だな。後宮妃だったら、騙されてすぐに死んでいただろうな。もう少し言葉の意味を深読みしろ」
「っば、馬鹿って言いました!?」
「引っ張るところ、そこか……言ってない」
「言いましたよね!?」
「耳が馬鹿になったらしいな」
「ほら! また馬鹿って!」
ベッと舌先を出した彼は、これ以上は取り合わないぞとばかりに、再び視線を空へと向けた。
私も無駄な争いは好まないので、大人しく今はこの幻想的な光景を眺めていようと思う。
(皆、上ばかり見ていたから気付かなかっただろうな)
宴席の奥。ちょうど松明の明かりと明かりの谷部分。
一際影が濃いところに、実は白ちゃんがいたなんて。さすがに本来の姿じゃ目立つから、いつもの子牛姿だったけど。
もしかして、白ちゃん自身で、少しずつ人間に歩み寄ろうとしているのかもしれない。
誰かに必要とされて、好きな料理も自由にさせてもらえて……この異世界は、私の幸せなのかもしれない。
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