目の前に美男美女が並んでる~死にそう
万灯祭――清槐皇国の宮中祭のひとつで、豊穣を願ってたくさんの天燈に火を灯し、夜空へと送る儀式なのだとか。
「手伝ってもらってごめんね、菜明。天燈見たかったよね。私も見たかった」
夜空一面に何百という天燈が飛ぶという。きっと幻想的な光景なのだろう。
今夜は雲も風もなく、絶好の万灯祭日よりなのだとか。
「お気になさらないでください。それに、天燈送りは宴の最後ですから、むしろこちらの甜点をお出しする頃に、ちょうど見られると思いますよ」
「え、すっごい楽しみ」
私は今、万灯祭の料理を作る厨房の一角で、菜明と一緒に料理を作っていた。宴もたけなわという感じで、先ほどまで戦場だった厨房も少しは落ち着いてきている。おかげで、こうして喋りながら、急遽宴席のメニューに追加してもらったデザートを作れている。
「それにしても、冬花様ったら本当にお料理が好きなのですから。冬花様でしたら、宴席で歌舞音曲を楽しみながら飲み食いしていて良いお立場ですのに」
「んー、食べるよりも食べてもらうほうが好きだし。奥さんじゃないのに、後宮に置いてもらってるお礼もしたいし」
「んもうっ! ですから、置いてもらっているのではなく、私達が冬花様にいていただいているんです」
拗ねた声を出しながらも、菜明は牛乳と砂糖が入った鍋を焦がさないように、手は動かし続けていた。
料理を手伝ってもらう機会も増えて、日に日に成長しているのを実感する。
后妃と違って平民の菜明は料理経験があり、簡単な指示でも理解してくれて助かっている。もし、家柄の良い侍女が来ていたら、こうはいかないだろう。
「冬花様、練乳できましたよ」
「こっちも全部焼き終わったところだから、手分けして掛けていこうか」
「ふふ、万灯祭でマントウだなんて。縁起も良いし、何よりきっと皆さんこれがマントウだなんて知ったら驚きますよ。まさかマントウがこんなに美味しい甜点になるだなんて」
「味にうるさい鵬姜様のお墨付きだしね」
宴席のメニューに追加してもらったのは、フレンチマントウだ。
◆
夜空の下で行われる酒宴。外で行われているからか、皆の気持ちも開放的になっている気がする。歌謡やや舞踊が披露されるたびに、はやし立てる太い声や割れんばかりの拍手で、一帯はとても賑やかだった。
そして、声で選ばれたと自慢するのも頷けるほど、鵬姜様の歌は美しかった。
一本の旋律がはるか遠くまで矢が飛ぶように、すっと伸びて聞いていて感動してしまった。
どうやら、今日という大事な日まで、彼女の喉は守られたようで安心した。
「ほう、これが白瑞の巫女殿が手ずから作られた料理とは」
大皿に乗せられたフレンチマントウが次々と宴席に置かれ、陛下の前にもドンと置かれる。
彼の隣には威厳溢れる女性――おそらく皇后様が座り、二人を囲むように左右にふたりずつ、タイプの違うとびっきり美人の妃嬪が並んでいる。こちらは四夫人と呼ばれる最上級妃だろう。
陛下の『白瑞の巫女』という言葉に反応して、五人の后妃が大皿を興味津々に覗き込む。
「まあ、なんでしょう。見たことのない食べ物ですが」
「甘い香りが美味しそうだ」
「まっ、淑妃ともあろう者がそのように鼻をヒクつかせて。おやめなさいな、みっともない」
「香りを楽しめぬとは、風情のないおなごよ」
「おやめなさいまし、淑妃様、貴妃様。このような場で……」
なんだか空気がピリつきかけたが、ひとりの美女の言葉で無事に収まった。中央の皇后様はというと、一触即発しそうになった四夫人を置いて、隣の陛下と談笑していた。なかなか豪胆な方だ。
私はホッと心の中で息を吐いた。
私の料理が原因で、目の前で喧嘩されては堪ったものじゃない。
そう、私は陛下や后妃様達の前にいた。
「こちらはフレンチマントウと言いまして、食後の甜点でございます」
「何、これがマントウなのか」
一斉に陛下や后妃の視線が私へと注がれる。
正面だけではない。背中にも官吏や妃嬪達からの無数の視線を感じる。
生まれてこの方、こんなに注目を浴びたことがなかったから、背中や脇の下が変な汗でびっしょりだ。
(ひぃん! 料理の説明なんて、私がわざわざしなくてもいいのに)
今日の私の格好は、妃嬪達に負けず劣らずの華やかさだった。いつものおさげ髪も、もちろん封印されている。眼鏡だけは、ないと見えないから許してもらった。
(なんで、冬長官の服装チェックが必要だったのか……)
しかし、この場での私の存在意義を考えれば、見た目やこの場に立つことは重要だったのだろう。
実は、冬長官に宴に出てくれと言われた時、同時に頼まれたことがあった。
それこそが、私がこの宴に招かれた一番の理由。
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