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【書籍化】白瑞宮のお料理番~異世界の神様と飯テロスローライフを満喫する~  作者: 巻村 螢
七品目:万灯祭とカリッとじゅわ~なフレンチマントウ

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神様ありがたぁ~!

 コンコンと広間の扉を叩く音がした。

 てっきり、また冬長官が空腹の末にやって来たのかと思えば、開いた扉から現れたのは意外な人。


「友の鵬姜ほうきょうが参って差し上げましたわよ~!」


 オペラ歌手のように歌いながら入ってきたのは、充媛という位にいる鵬姜様だった。その歌声はソプラノ顔に似合わずアルト。いや、ソプラノ顔って何?


「鵬姜様、いらっしゃいませ。どうされました?」

「あら、用事がないと来てはいけないのかしら」


 ツンとそっぽ向いてしまった鵬姜様。

 拗ねたように見えるが大丈夫。菜明が傍らでアワアワと狼狽えているが、ツンデレというものを知っている私からしたら、鵬姜様の態度は実に分かりやすい。


 自分の欲望に忠実すぎるところも原因だろうが、きっと色々と誤解されやすい質なのだろう。

 私の反応を窺うようにチラチラと横目を投げられ、あまりの分かりやすさに、ついクスッとしてしまう。


「そんなことありませんよ、鵬姜様。よろしければ、一緒にお茶しませんか」

「ま、まあ、ひとりじゃお茶も味気ないだろうし、一緒にしてあげてもよろしくってよ」


 苦笑を押さえて、私は厨房へと向かった。


 




「殺生鬼、召喚」


 私の声に反応して、パキリと音を立てて空間に縦ヒビが入る。ヒビは口を開けるように両側に広がり、中から頭に角をもった者が出てきた。

 真っ赤な髪と、思わずたじろいでしまうほど逞しい体躯の殺生鬼様。

 闊達なイメージのある彼だが、今日は口角を下げて現れた。不満の表情というより、呆れが強い。


「姫さん……確かにいつでも喚べとは言ったが、ちぃっと喚びすぎじゃねえか? 一昨日も喚ばれた気がするんだがよ」

「まあまあ、それだけ殺生鬼様が必要だってことですよ」


 そう……実は、菜明の村から帰ってきて半月経つのだが、既に殺生鬼様を五回は喚び出している。


「炭酸が有用すぎるのがいけないんですよ。ってことで、今日も炭酸くださーい」

「もうこれ、通ってるよな俺。通い妻か? 俺の身体が目的なのか?」

「どこでそんな言葉覚えたんですか」


 村人達の修羅場でも見たのか。

 あらかじめ用意していた水入りの瓶を、笑顔でずいっと差し出す。殺生鬼様は「はぁ」と溜め息を吐きながらも、瓶に手を当てる。

 瓶の中でシュワシュワと、待ち望んでいた爽やかな音が聞こえてきた。


「やったあ! ありがとうございます、殺生鬼様」

「ったく……まあ、暇だし喚び出されるのは良いけどよ、姫さんのほうが煩わしいんじゃねえの? 面倒なら、井戸の水に霧毒を仕込んでやろうか」


 クイッと肩越しに親指で、厨房の外にある井戸を示される。

 この世界に、ペットボトルなんてあるわけないし、いくら瓶にぎゅうぎゅうに栓をしても、どんどんとガスは抜けていく。もって翌日まで。

 だから、こんな頻繁に来てもらっているわけで、確かに常設の炭酸井戸ができたら便利だろうけど……。


「うぅ……それは惹かれますけど、井戸がひとつしかないんで。今は我慢します」


 やっぱり水も必要だし。

 冬長官に、もうひとつ井戸を掘ってくれってお願いしようかな。


「それに、殺生鬼様も池でひとりじゃ寂しいでしょう」

「おっ。俺のためってか?」


 おためごかしじゃないのか、と殺生鬼様は片口をつり上げた。


「違いますー。気分転換になりますし、時には賑やかな場所も良いって思ったんですよ。それに、私も殺生鬼様に会いたいですし」

「ハハッ! さすが、白澤様に見初められただけはあるな。この、神たらしめ」

「わっ! なななんですか、神たらしって!?」


 大きな手で豪快に頭を撫で回されてしまった。

 おさげ髪だから乱れは少ないものの、これが鵬姜様のように侍女の手技を凝らした結い上げの髪だったら、どうするつもりだ。

 もうっ、と言いながら私は手ぐしで髪を整える。


「だがな、最近の池はそんなに静かでもねぇのよ。毎日誰か彼か村の奴等が来ちゃ、色々話してくし、置いていくわけよ。姫さんが最初に握り飯なんて置いたせいで、俺の飯は毎日握り飯。ったく、飽きるっつーの」


 などと言いながら、クシャッと笑った顔はどこからどう見ても幸せそうだ。


「その調子なら。水神様に会える日も近いですね」


 殺生鬼様は、目を僅かに細めることで返事としていた。


「じゃあ、せっかく来たんだし、俺は白澤様に挨拶でもして帰るな」

「白ちゃんなら多分、梅の香りがする部屋か、側殿の一室にいると思いますよ。今、正殿にお客さんが来てるんで」

「りょーかーい。適当に探すわ」


 背中を向けて手をひらひらさせながら、殺生鬼様は正殿の奥へと入っていく。

 その背が、霧が晴れるように段々と薄くなった。

 きっと、お客さんが来ていると言ったからか、気を遣って姿を消してくれたのだろう。


「さて、私はお茶菓子作りだ」



面白い、続きが読みたいと思ってくだされば、ブクマや下部から★をつけていただけるととても嬉しいです。

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