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【書籍化】白瑞宮のお料理番~異世界の神様と飯テロスローライフを満喫する~  作者: 巻村 螢
幕間:先生は年下の天才君

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曲者ばっかり!!

 冬長官に案内されてやって来たのは、(ぶん)(りん)(いん)といういわゆる官吏養成学校のようなところだった。官吏と言ってもただの官吏ではない。将来、各部省の長官になるような、出世が約束された選ばれし者達だ。


 文林院がある場所は、後宮の外――外朝にある。

 週に三日。菜明と私はそれぞれの先生の元で、授業を受けることとなった。

 菜明は女官のとりまとめ役である女官長と、後宮内で侍女教育を受けている。

 そして、私の先生はというと……。


「どーも、巫女様。僕は()(ゆう)、よろしくお願いしますね」

「は、はじめまして、冬花です」


 文林院の一室。

 机を挟んで向かい側に座るのは、顔に愛らしさが残る、青年よりも少年に近い男の子だった。


 首を傾げてにっこりという擬音がふさわしい笑顔を作った彼に、親しみやすさを感じる。


 焦げ茶色の髪を首後ろでひとつに纏め、顔の左側にだけ編み込んだ三つ編を垂らしている。ひとつ結びされた髪は、冬長官の黒豹の尾のようなものと違って、その色も相まってキツネの尾のようだ。左側の前髪も一緒に編み込んでいるおかげで、彼のツルッとした額から、猫を想起させる目元や細い顎先までよく見える。


 冬長官の話によれば、この楚雄先生……十四歳で、科挙を一位合格した天才だという。


 科挙とは、身分関係なく受けられる役人になるための唯一の試験だ。

 その難しさは『五十歳で受かれば早いほう』と言われ、倍率は三千倍を超えるという話。受験戦争どころの騒ぎではない。

 その中で、たった十四歳で、しかも一位で合格した彼は間違いなく天才だろう。


「わあ、僕にそんな丁寧な喋り方してくれるなんて、とっても良い人ですね。でも僕、年長者からの敬語って、腹の中を隠されてる気がして嫌いなんですよ。そんで、大抵ろくなことになりゃしない」


 ん? なんか、丁寧な言葉の中にチクッとした棘が混じっていたような気がしたけど……。

 しかし、ニコニコと楚雄君は相変わらず朗らかな顔をしている。気のせいかな?


「だから、普通に喋ってくださって結構ですよ、巫女様」

「だったら楚雄君も先生なんだし、普通に喋ってくれていいからね」


 私のほうが教わる立場なんだし、しかも多分……いや、絶対に楚雄君のほうがしっかりしてる気がする。


「ふふ、巫女様ったら優しいですね。じゃあ、お言葉に甘えて――って、なぁに、巫女様。僕の顔に何かついてる?」

「あ、ご、ごめんね、つい……。とっても若いなって」


 いけない、いけない。見過ぎてしまった。

 楚雄君を見て、自分が十四歳の頃は何をしていたかなと思い出していたのだ。


 学校に行って決められた課題をこなす日々。そこに私は意味など何も見出していなかったというのに、彼はその頃には官吏になると決めて難関試験を突破していただなんて。

 純粋にすごいなと感心していたのだ。


 楚雄君は上品な猫を想起させる、尻上がりの目を「ふぅん」と言って細めた。

 細められた奥から向けられる瞳は陰っていて、決して好意的なものではない。

 むしろその逆で……。


「子供に教わるのは不安ってこと? それとも不満?」

「え? 違うよ、そんなこと思ってない。ただ、私より若いのにしっかりしてるなあって」


 慌てて胸の前で両手を違う違うと振る。

 途端に、楚雄君の顔から陰が晴れ、今度は人好きのしそうな笑顔になった。


「そう、良かった。ごめんね、勘違いして。僕は今年で十七だよ、今はまだ十六だけど」


 良かった。

 やっぱり、若すぎる天才ってそれだけで色々あるのかも。


 元の世界でも、飛び級で大学入ったけど、馴染めずに不登校になるとかいう話を聞いたことがあるし。楚雄君も『若いから』という理由で、色々と苦労することがあるのかもしれない。


「巫女様は良い人だね。後宮に住まう方だって聞いてたから、どんなに着飾った傲慢高飛車が来るのかなぁって緊張してたけど。良かった、随分と親しみやすい方で安心したよ」

「や、やっぱり、芋っぽいかな」


 私は両肩に垂れさがった三つ編みを指先で持ち上げた。

 冬長官にも芋と評判のおさげだ。


「ああ、そういう意味で言ったんじゃないよ。そのままの意味。それに僕はこれ……好きだよ」


 え、と思った時には、手にしていた三つ編みは、楚雄君の手にかすめ取られていた。


「これ、僕とお揃いだしね」

「――っ!?」


 楚雄君は、自身の編み込まれた前髪をトントンと指さして、かすめ取った私の三つ編みに軽い口づけを落とした。

 目線を外さずに言ってくるあたり、こちらの反応を見て揶揄っているのだろう。


「むぅ……楚雄君、本当に十六なの?」


 とっても手慣れている気がする。


「まあ、僕は天才だからね。年相応なんて僕に期待しないほうが良いよ、巫女様」

「ちょっと、君への認識を改める必要があるみたい……」


 瞼を重くして言ってやれば、彼は何食わぬ顔して「頑張ってね」と言ってきた。

 絶対に十六歳じゃないって。


「じゃあ、さっそく授業をはじめるよ」


 楚雄君の顔つきが変わった。


(あ、これ冬長官タイプだ……)


 顔に騙されてはいけないパターン。


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