やっぱり旅にはお弁当!
「神様がいるって言われた池がこんなんじゃ、その神様も悲しくなると思う」
以前なら、神様はただの概念でしかなかったけど、今では私達と変わらない存在で、ちゃんとそこにいるって知っているから。
本当にここに神様がいたかは知らないけど、汚れたものをそのまま残して帰るのって、なんか気分悪いしね。
「ごめんね、私の自己満足でしかないけど。手伝ってもらって良いかな」
「そうですね。私も神様がいたと言われた池の姿を見たいですし、私は冬花様の侍女ですから。冬花様が望むことの手助けをするのが私の役目です」
仕方ないなあ、とばかりの微苦笑で頷いた菜明は、私の髪が汚れないように、頭の高い位置で結い直してくれた。
後ろで「まったく……冬花様は」と小さくぼやいていたが、その声は呆れというよりもどこか楽しげで、つい私も「ごめん」と小さく肩を揺らしてしまった。
菜明は『侍女だから』なんて言うけど、私にしたら面倒見の良いお姉ちゃんみたいに思える。一人っ子だけど、いたらこんな感じなんだろうなって……。ちょっとくすぐったい。
「冬長官も良いですか。身体動かすのとか慣れてなさそうですけど」
いつも座り仕事の人だ。しかも長官なら、掃除もやったことないのではなかろうか。
冬長官はひとつ大きく息を吸って、長く吐き出した。
「……仕方ない。確かに長官になってから身体を動かす機会も減ったからな。ちょうど良い運動だ」
付き合ってくれるらしい。
池を見れば分かると思うが、自分も汚れるというのに。
意外と情はあるのかもしれない。
「しかし、本当に危険はないのか。特にお前の身に何かあったら、俺も菜明も首を斬らねばならんぞ」
同じく菜明に髪を結われている冬長官が、怖い脅しをつけて尋ねてくる。
「大丈夫です、私は白瑞の巫女ですから。なんか多分……神々しい何かで守られてるような気がします!」
「自信満々に曖昧さを押し出すな」
それに白澤図もあるし。何かあれば、白ちゃんに駆けつけてきてもらおう。
「ま、確かにお前は簡単には死ななそうだ」
どういう意味だ。
◆
さすがに掃除道具の用意はしてなくて、村にある菜明の家を訪ねた。
池を掃除すると言ったら驚かれ心配されたが、大丈夫と押し通して掃除の準備を終えた。
袖をまくり裾をまくり格好など気にせず、藻をかき寄せ、泥を掬い、木片を取り除く。水深はそこまで深くはなく膝上程度だ。底の掃除は身長がある冬長官に任せ、私と菜明は大きな物や水面の汚れを掃除していく。
「このままぷくぷく~って泡も復活してくれたら良いのになあ。ああ~炭酸飲みたい~」
「それほどに炭酸とは良いものなのか?」
炭酸を渇望する私の愛おしげな声に、冬長官の耳がピクッと揺れた。
食べ物に関する話題には、すぐに食いつくんだよね、この長官様は。
「飲んでも美味しいですし、料理をさらに美味しくする万能水なんですよ」
天ぷらの衣に炭酸水を使うと、それだけでサクッサクの天ぷらになるし、パンケーキに混ぜるとふわっふわになる。一度使うと、料理のクオリティが手軽に上がるし、やめられないチート材なのだ。
「えっ、冬花様のあのお料理の数々が、まだ美味しくなるんですか!」
「数々? 菜明はそんなに冬花殿の料理を食べたことが?」
なぜちょっと不穏な空気を出すのか、彼は。
「当然ですよ。私、お腹空いたらよく料理してますし、その時は菜明と一緒に食べますから。さすがにひとりだけで食べるとかしませんって」
「侍女の特権でございます」
菜明もあおらないで。
「……次から俺も呼べ」
「なんでですか。仕事が忙しいでしょう」
山のような仕事があるくせに、白瑞宮まで来て休憩している暇はないだろう。
しかも、彼は呼ばなくても勝手に来るし。
「仕事をしてほしければ、お前の料理を食べさせろ」
「その脅しが私にきくって思ってます?」
部下にしかきかないと思う。
そうこうしている内に、池の水の透明度が上がってきた。どうやら水は絶えず湧いては、底のほうから流れ出て循環しているようだ。
「あらかた綺麗になったし、一度休憩して水が落ち着くのを待つか」
冬長官の提案で、私達は池から上がり池の畔で小休憩を取ることに。
「ちょうど良かった。お腹空くかなって、昨日泊まった宿で厨房を貸してもらって、お弁当を作ってたんですよ」
私は風呂敷に包んでいた竹籠を取り出し、広げて見せた。
「わぁっ!」と菜明の喜声と、「おう」という冬長官の感心の声が上がる。
「食材をあんまり使うのは良くないかなって、ちょっとおかずは控えめですけど」
もちろん食材代は宿代と一緒に払った。冬長官が。
竹籠の中身は、笹にくるまれたおにぎりと卵焼き、そして鶏肉の串焼きだ。
青々とした笹の包みからご飯が出て来るの、絵面がもう美味しい。
「笹の葉のこれ……あっ、中身はご飯なんですね」
「おお、粽か。久しぶりに食べるな」
二人は、まず笹包みのおにぎりを手に取った。
笹特有の清々しさと、微かに香る味を邪魔しない程度の甘い匂いは、時間が経ったおにぎりでも食欲をわかせてくれる。
私も二人と同じく、最初におにぎりを手に取って齧りつく。
両側から「ん!」と、二人の驚いた声が上がる。
「ご飯の中に何か入ってます!」




