「【急募】ソーダ●トリーム」
梅仕事から一週間。
「わぁ! すっごく良い香りですね、冬花様」
壺の封を解いた瞬間、立ち上る梅の芳醇な香り。私も菜明も壺の上で何度も深呼吸して、良い香りを目一杯堪能する。
柄杓で壺の中をかき混ぜると、とろみのあるシロップが「たぷんっ」と音をたてた。
「砂糖も溶けてるし良い具合だね」
「では……」
「うん。梅シロップの完成だよ」
ヤッターと二人で拍手した。
さっそく、梅シロップを水で割って梅ジュースを作る。
水は、毎朝菜明が、井戸から汲んで厨房の水瓶に入れてくれているから、すぐに水が飲めるようになっている。水瓶の底には竹炭が敷いてあるから、汲みたての水よりも美味しいんだよね。
「んっ! 美味っしいぃ~」
梅ジュースを飲んだ菜明は、ひと口目は驚いたように手を止めたが、二口目からはごくごくと美味しそうに飲んでいた。
「美味しいよね。私も好きなんだ」
「はい! 甘いのにさっぱりしていて、これはついつい飲み過ぎちゃいますね。以前いただいたハーブ水も美味しかったのですが、あれはどちらかというと水って感じでしたけど、これは甜点のような」
水で割ってるからそこまで濃くはないんだけど、そのおかげで梅の風味がより際立つんだよね。ただの甘いものよりも、梅の酸味が爽やかでするすると喉に入っていく。
「あぁ……きっと甘露水とはこのようなものだったのでしょうね」
頬に手をあてがい、ふうと息を吐く菜明はとても満足そうだ。
「甘露水?」
「天地の気が調和した時に天から降る甘い水のことですよ。古来より伝わる神話です」
「へぇ。空から甘い水が降ってきたら、皆急いで壺持って外に出るよね」
「ふふ、そうですね」
空になった菜明の杯に、もう一度梅シロップと水を注いでおかわりを作ってやる。彼女は「まあっ」と嬉しそうに、また口をつけていた。
「これから暑くなってくるし、梅ジュースは水分補給にもちょうど良いから」
壺にはまだまだ大量の梅シロップがある。
これさえあれば、料理の幅が広がる。
ヨーグルトに掛けても良いし(ヨーグルトないけど)、肉料理のソースにも使えるし(肉が貴重で中々手に入らないけど)、デザートに梅ゼリーなんかも作れるし(ゼラチンないけど)……。
「……ほぼ活用できないじゃん」
今更ながら、現代の豊かさを嫌というほど思い知らされた。
肉は食事で時折使われているけど、あまり食べられていないみたいなんだよね。どちらかというと、魚料理のほうが多い。魚料理に使えないこともないけど、やはり肉料理で食べたい。ただの私の欲望だけど。
しかし、肉を個人的に厨房から拝借するのは気が引けるから、せいぜい今のところは、水で割ってジュースとして飲むしかない。
それも美味しいから良いんだけど、せめて他の飲み方もしたいな。
「おお、その壺はこの間仕込んだ梅の壺か?」
すると、トコトコと子牛が厨房に入ってきた。
「あ、白ちゃん。そうそう、梅シロップができたんだよ」
白ちゃんは、卓の上に置かれていた壺を見るなり、狼の尾のようにもっふりとした尻尾を振る。興味津々なのがダダ漏れだ。
「白ちゃんさんも飲まれますよね。とても美味しいんですよ」
菜明は手慣れたように、白ちゃんをひょいと抱えると椅子に座らせる。
最初は白ちゃんが白澤ということに恐縮しまくっていた菜明だが、今では以前通りのペットに対するような態度まで戻っていた。言葉遣いは敬語になったけど。
実は、この間の梅仕事の後の酒宴(パーティーってより完全に酒盛りになってた)で、酔っ払ってお腹を見せて大の字で寝転がる白ちゃんを見て、菜明は「神様でも人間みたいな寝方するんですね」と、どこか拍子抜けしたように言っていた。
そこから、白ちゃんに対する畏れが薄らいだように思う。ちょっと親しみを感じたのかもしれない。白ちゃんも、菜明に関しては心を許している感じがあるし良かった。
私はというと、起きたら寝台にいて、菜明から冬長官が運んでくれたと聞いた。あと、伝言でなぜか「愚か者」と叱責を受けた。なぜ?
白ちゃんは杯を器用に両手で掴んで、梅ジュースを飲んでいた。
「プッハァ! いけるのう、この水! おかわりじゃ、菜明!」
「はい、白ちゃんさん」
横柄な旦那と貞淑な妻、みたいな図を横目に、私は梅ジュースをもっと美味しく飲めないか考えていた。
「……ソーダがほしい」
数ヶ月後、梅シロップのほかに梅酒の完成も控えている。
梅酒のロックも水割りも良いが、やはりそこは炭酸で割りたいところ。
「白ちゃん、ソーダストリーム……」
「そ、そだ……なんじゃ?」
さすがに全知全能の神でも無理か。
「あー炭酸がほしいよ。炭酸が飲みたいよ」
炭酸の美味しさを思い出したら、途端に口が炭酸の口になってきた。
ぐでんとはんぺんのように、卓に突っ伏す。
「冬花様、炭酸とはなんですか?」
「シュワシュワして、パチパチして、ヂカヂカする水のことぉ」
「何かが弾けているということだけは伝わりました」
菜明の質問から、この国には炭酸水のような飲み物はないと分かった。
つまり、自分でどうにかして作るか、炭酸水の源泉を見つけるしかないということか。炭酸って確か、二酸化炭素が水に溶け込んだやつだよね。つまり、大量の二酸化炭素が出る何かを手に入れれば、炭酸が作れるんじゃない。
え、無理に近くない? 何、二酸化炭素が出るやつって。息しか思いつかない。牛? あ、それメタンガスだ。
「弾ける水ですか……」
「そう。何もしなくても水がぷくぷく泡立つの……なんだけど……」
そんなものありはしな――。
「もしかしたら、私知っているかもしれません」
「えっ、本当!」
「ただ、飲めるかどうかというと……難しいかと思いますけど」
「どういうこと?」




