くれぇぷぱーてぃー!
そして、完成した壺を寝かせるために、私達はひとりひとつ壺を持って部屋を出た。
白ちゃんと月兎は危ないから、足元をついてくるのみ。ただし、月兎は「モツー」とどうしても一緒に持ちたかったようで、余った黄色い梅を一粒持たせている。ナニコレ珍(略)。
漬けている間、壺は冷暗所で保管が必須となる。正殿の奥まった部屋が陽も当たらず涼しいから良いと、白ちゃんに教えてもらった。
彼に案内された部屋は、物置のようなこぢんまりとした部屋だった。この部屋は、日頃、人間を避けてあちこち逃げ回っている白ちゃんだからこそ、見つけられたのだろう。
「こんな部屋があったんだ、気付かなかった。倉庫代わりにちょうど良さそうだね」
「お主はいつも、広間と私室と厨房の三点生活だからの。少しは散歩でもしたらどうじゃ」
「白ちゃん、お爺さんみたいなこと言うね」
「長生きだからのう」
そうだ、神様だった。
「それで、冬花。これはいつになったら食べられるんじゃ」
「シロップは一週間くらいだよ。梅干しはそのくらいにもう一度手を入れる必要があるけど、出来上がるまで一ヶ月半くらいってところかな」
「待ち遠しいのう」
前足で壺を小突く子牛には、できたら一番に食べさせてあげよう。あれ、牛って梅干し食べられるっけ? 神様だしいけるかな。
「梅酒は?」
冬長官のその質問で、彼が先ほどから梅酒の壺を凝視している理由が分かった。
賄賂だから飲まなかったけど、本当は飲みたかったんだね。高いお酒だし美味しそうだもんね。
「梅酒は三ヶ月から一年くらいですね。長く置けば、それだけ濃くまろやかな味になります」
三ヶ月と聞いた時の冬長官は、先ほどの白ちゃんみたいに口角を下げていた。長いとか思っているに違いない。
「果報は寝て待てですよ、冬長官」
「それもそうだな」
彼はフッと肩から力を抜いて微笑むと、私の頭に大きな手をポンと乗せて外へと出た。
なんなんだ、今の?
◆
「さて! 皆さん、梅仕事を手伝ってくれてありがとうございました」
仕事を手伝ってもらって、「じゃあお疲れ様」で解散させる私ではない。
お手伝いには、ご褒美を。
再び、裏庭の梅の木のところに置いたままにしていた敷物のところに戻ってきた、梅仕事ご一行。
「漬けたものを今すぐに……というわけにはいかないので、別のものですけど」
車座になった皆の真ん中に、ドンと大皿を置いた。
「クレープパーティーをしましょう!」
大皿の上には、きつね色の焼き目がついた薄い小麦生地が、山のように積まれている。
ふんわりと小麦の甘い香りが漂い、皆の目がクレープに注がれた。
「くれぇぷ? ぱーてぃー?」と冬長官が首を傾げる。
「クレープはこの生地のことです。これにこっちのジャムを巻いたり塗ったりして食べるんですよ。パーティーは宴会です」
疲れた身体には、甘い物が一番だ。
「はい、白ちゃん、月兎お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」
半分に折った生地に、梅ジャムをスプーンで塗ってクルクルと円錐形に巻いて渡す。
どこからどう見ても立派なクレープ。
二人は受け取ると、不思議そうに鼻を近づけて匂いを確認していたが、私が手で「早く食べて」と促すと、パクッとかぶりついた。
「んんーーーーっ! こんな薄っぺらいのに美味いぞ!」
「マー!」
一瞬で二人の顔が変わった。
短い足をバタつかせ唸る白ちゃんの目は、キラッキラに輝いている。
月兎の「マー」はなんだろうか。うまいの『ま』か、あまいの『ま』か。
どちらにせよ、気に入ってくれたようだ。むしゃむしゃと小さな口で齧りついている。
食べ方が分からず二人の様子を窺っていた他の三人も、我先にと生地を手にして、同じようにクルクルと巻いて食べる。
「んんっ! 何を作られているかと不思議だったのですが、これは甜点だったのですね。でも、私が知る甜点とは全然違うし……食べるのが止まりません。美味しいですぅ」
「この、もっちりした生地がまたクセになりますわよね」
「分かります、梅花精様」
梅さんの言葉に強く頷きながらも、菜明はあっという間にひとつを食べきって、すでに二つ目を巻き巻きしていた。梅さんののクレープも、もう尻尾しか残っていない。
二人はきゃっきゃっしながら、楽しそうに食べている。すっかり女子会だ。
「冬花殿、生地も美味いが中に塗ったこの甘い黄色のものはなんだ。梅の実と同じ香りがするが」
いつの間にか、二つ目を作りはじめていた冬長官。
皆、ひとつ食べるスピードが異常じゃない?
皿に盛られた透き通った琥珀色の山。これは……。
「梅ジャムです。余っていた黄色い梅で作ったんですよ」
「これも、先ほどの梅からできたものか!」
冬長官は「はぁ」と感心の声を漏らしていた。感心しつつも、食べることは止めない。気に入ってくれたようだ。
「梅には疲労回復効果もあるし、美味しい上に、食べて身体も労れるってすごいでしょ」
「梅花精、お主すごいのう!」
「白澤様にお褒めいただけるだなんて、冬花に感謝ですわ!」
梅さんに抱きつかれてしまった。ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられ、梅の香りが鼻腔をくすぐった。力の強さから、白ちゃんに褒められたのが余程嬉しかったとみえる。
瑞獣というくらいだし、神様界隈において、やっぱり白ちゃんは特別な存在なのだろう。
「それにしても、この短時間で作ったのですか?」
「実は、さっきの休憩時間に、ちょっと仕込んでおいたんだ」
黄色い梅は熟して実が柔くなったものだから、梅酒作りなどには向いていないが、実を潰して作るジャムにはもってこいなのだ。
作り方も簡単。
軽く水洗いした梅を水から下茹でして、アクをとる。終わったら取り出して、さらに柔らかくなった梅から種を取り除いて、手で潰しながら再び鍋へ戻し、砂糖と一緒に煮詰めるだけ。
私が生地を作っている間、菜明に鍋をかき混ぜるのを手伝ってもらっていたのだ。
砂糖はすぐに焦げるから、菜明が手伝ってくれて助かった。
(誰かと並んで料理するの、久しぶりだったな……)
「良い匂い」「美味しそう」などと、誰かと楽しみを分かち合いながら作るのは、とても楽しかった。
(そう言えば……)
改めて、周囲を見回してみる。
「マー!」
「甘い! 酸っぱい! 止まらぬ!」
「わたくしの梅がこんな美味しいものになるのですね。幸せですわぁ」
「この美味さを、百年以上も味わえていなかったのか。なんともったいない……。そうだ、余った酒もあったな。もう空にしてしまうか」
「良いな、雷宗! 早く酌をせんか」
「かしこまりました、白澤様」
苦情が来そうなくらいに騒がしくて、とても賑やかだ。
「冬花様、とても楽しいですね」
いつの間にか私も笑っていたようだ。満面の笑みの菜明に言われて気付いた。
上がった頬が中々戻らない。
(本当……すごく楽しいな)
こんなに賑やかなのも、こんな感情もいつぶりだろうか。
「菜明、また一緒に料理しようね」
「はい!」と大きく頷いてくれた菜明のクレープに、自分のクレープを「乾杯」と言って寄せれば、「なんですか、もう」と言ってまた笑われた。




