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【書籍化】白瑞宮のお料理番~異世界の神様と飯テロスローライフを満喫する~  作者: 巻村 螢
五品目:梅仕事とくるくるクレープ

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では、賄賂酒を注ぎまして……

 いつも、私か冬長官くらいしか使わない長方形の卓に、今はびっしりと人が並んで座っている。(人じゃないのが半分だけど)

 お茶を出したら、皆ひと口飲んでほっと息を吐いていた。


「アク抜きをしている間に、漬けるのに必要な材料を集めましょうか」

「冬花。最初から漬けると言っておるが、あの梅らはいったい何になるんじゃ?」

「えっとね、梅酒に梅シロップに梅酢に梅干し。あ、それと梅ジャムも良いね」


 指を折りながら、アレとソレとと数えていると、白ちゃんが驚いた様子で袖を引っ張った。


「待て待て。確かに梅を大量にちぎったが、そんなにも色々と作れるものなのか」

「ふふふ、梅は万能だからね。ねっ、梅さん」

「万能だなんて、照れますわぁ」


 両手で包んだ頬を赤くして、梅さんはくねくねと腰をくねらせていた。

 彼女には、かつて梅の実が原因で人が死に、それによって花が咲かない呪いを掛けられてしまったという過去がある。だから、梅の実を使わせてもらえないんじゃないかと心配していたが、彼女もノリノリで実をちぎっていたし杞憂だったようだ。良かった。

 冬長官が小さく挙手する。


「冬花殿、梅酒とは酒のことか?」


 そうか。百年も梅の花が咲かなかったということは、実もならず梅酒もないということ。


「そうですよ。梅をお酒に漬け込むんです」

「つまり、漬け込む酒が必要なんだな」

「梅酒には砂糖と酒。梅シロップには砂糖。梅酢と梅干しには塩が必要ですね」


 梅と砂糖の量は、基本的に一対一。甘さ控えめが良いなら減らしても大丈夫だが、保存のことを考えると砂糖はたっぷり使っておきたい。砂糖の量が多いと、それだけで腐りにくくなるのだ。


 梅干しの塩の量は、梅の二割程度。漬け込んでいる過程で梅酢ができるから、梅酢作りは特別何かする必要もない。


「大量の砂糖と塩、そしてお酒を用意してほしいんですけど」


 菜明と冬長官が、同時に立ち上がった。


「それでは、私は食堂に行ってきますね。知り合いがいるので、砂糖と塩を分けてもらってきます」

「ありがとう、菜明」

「俺は酒を用意しよう。どのような酒が良いんだ」

「クセがなくて、度数が高いやつです」

「分かった」





 そうして、ドンッと卓に置かれたものに、つい二度見してしまった。


 壺に仰々しい封がしてある。壺の形もただ丸っこいというわけではなく、表面が波打っていて……こう……名工の意匠が取り入れられた、つまり見るからにとっても高そうな代物である。

 しかも、それが三本。


「どうしたんですか、これ……。すごく高そうですけど、使っても良いんですか」

「以前、とある家から『娘をよろしく』ともらってな。口をつけるのも嫌だったが捨てるには惜しい上級品で、とっておいたんだ」


 なるほど。賄賂わいろの品だ。


「ちょうど良いから使え」


 屈託ない笑みで差し出された。

 娘をよろしくと彼に頼むということは、送ったのは後宮妃の誰かの家族なのだろう。残念ながら、賄賂を送る相手を間違っている。ご愁傷様すぎる。

 そして、ちょうど菜明が袋一杯の砂糖と塩を持って戻ってきたことだし、さっそく漬け作業だ。





 水からあげた青梅を丁寧に拭く。水気が残っていると漬けている途中で腐ってしまう。

 今、卓には梅酒用、梅シロップ用、梅干し兼梅酢用の三つの壺が並んでいる。


 梅酒と梅シロップ用の壺には、底から砂糖、梅、砂糖、梅と交互に敷き詰めていく。砂糖で梅の隙間を埋めるように丁寧に。上まで来たら、最後は必ず梅が見えないように砂糖を被せて蓋をする。


 皆で「砂糖が少なくないか」「隙間ができたから入れなおしだわ」「性格が出るな」と、わいわいしながら作業していく。菜明が、投入する砂糖の量を見て「ああぁ太る……」とおののいていたのが面白かった。


 梅酒のほうは、蓋をする前に賄賂酒をたっぷりと注ぎ入れる。漂ってくる香りだけで分かる、たっかい酒だ。


 梅干しは、水につけた青梅ではなく、さっと水洗いをして拭いた黄色い梅を使う。

 まず壺の内側を賄賂酒で拭いて、全体に薄く塩を振る。先ほどと同じように、塩、梅、塩、梅と交互に乗せていき、最後に梅の倍程度の重石を乗せ、蓋をする。


「これで完成か?」

「とても簡単でしたね」


 冬長官と菜明が抱えた壺をまじまじと眺めていた。


「本当に、ただ砂糖と塩に漬けただけで食べられるようになるのか。まったく味の想像ができないないが……美味いのか?」

「むしろ梅の美味しさを今まで知らなかったことに、私は同情しますよ。梅の芳醇な香りが溶け込んだとろっとろの梅酒やシロップは、爽やかな梅の酸味と甘みで掛けても割ってもよしだし、梅干しは口がすぼまるほどに酸っぱいですが、それがまた食欲を刺激してくるし、キリッとした酸味は料理の主役にも脇役にもなれる万能調味料なんです!」

「そ、そこまで言うほどか……」


 私の梅愛に気圧されたように、冬長官は固唾を呑んでいた。

 いけない、いけない。つい、よだれと一緒に愛が溢れてしまった。

 梅干しなんか最初はびっくりするだろうけど、絶対クセになると思うんだよね。柑橘系の酸味とは違うし、酸っぱしょっぱいっていうのは、この国の料理にはないようだし。


 傍らで梅さんが「もう~やですわぁ~」と、嬉しそうにまた身体をくねらせていた。

 さてはこの神様……おしとやかなフリして結構根は明るいな。



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